初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。

 これ、は――。
 俺は、冷静になって彼女たちを観察した。

 彼女たちの構成要素。
 一人目は、髪色明るいちょっとギャル・ピアスあけててやや派手め。
 二人目は、少しフリルが多めの服に、白い肌。ぷるんとした唇に、しっかりあげられた睫。
 これらのことから分析して――。

 ――ナンパだ!!!!

 俺は、玲がナンパされているという事実を受け入れた。
 
 ――ええ~〜! 人生で初めて見た! 友だちがナンパされるとこ!
 
 そう思うと、何故か心が落ち着かない。兄さんは一週回って別枠として、顔を隠しても溢れ出る芸能人オーラでバレてそうなときはあるけど、兄さんのファンは兄さんに迷惑をかけるようなことはしないから――というか、ナンパって、一般人が普通されるものなのか!?

 俺としたら、街を歩いていてスカウトされるのと同じくらい確率が低いという認識だった。
 確かに芸能人くらい顔が良かったら別だけど――……いや、今の玲なら普通に有り得そうだ。芸能人並みに顔がいい。

「すいません。俺は人と来ているので」

 普通の男なら乗っかりそうなところ。
 だが女の子たちの申し出を、玲はさらっと断った。
 
「え〜〜? じゃあ、その人も一緒にでいいからぁ。ね? いいでしょ?」

 でも、相手も一筋縄じゃいかない。
 俺まで巻き込もうとする彼女たちに、俺は驚きが隠せなかった。俺みたいな凡人をオマケにしても玲と一緒に過ごしたいなんて、なんという心意気だろう。
 意志が強くて、生き物として尊敬する。

「駄目です」

 だがその再度の申し出も、玲は断った。

「俺は、この人と用があるので。貴方たちとは一緒に遊びません」

 玲の手の中で、俺とお揃いのわんぱ犬が揺れて、チャリっという音を立てる。その音を聞いて、俺は自分の分のわんぱ犬を握っていた手の力を強くした。
 彼女たちの申し出を断ってでも、俺との時間を優先してくれたことが嬉しくて。
 そして――。

「すっっっげーー!!!」

 男として、確固たる意志を示してみせた玲に、俺は男気を感じて羨望の目を向けた。

「何今の!? なんであんなにはっきり言えるの!?」

 俺に声をかける人なんていないだろうけれど、同じ状況になったとき、同じ対応ができるとはとても思えない。俺がきらきらした眼差しを送ると、玲は照れたような、困惑が含んだような表情をした。

「……別に、ただ断っただけですよ」
「でも俺には、あんなふうには断れないし」

 そんな言葉を口にしたあとに、俺は気になっていたことを玲に尋ねてみた。

「ていうか玲って、もしかしてだけど、やっぱりめちゃくちゃモテる?」
「……」
「中学の時とか……彼女いたり、した?」

 質問して、少しだけ後悔する。
 何故だろうか。質問したのは俺なのに、俺の知らない玲が女の子に優しく笑いかけているのを想像すると、少しだけモヤモヤする。
 俺の知らない玲がいることなんて、当たり前のはずなのに。
 玲は俺の問いに少し悩んだような顔をしてから、俺を見て何か言いかけたあと、苦笑いしながら言った。

「……実は俺、女の人は苦手なんです」
「え?」
「正確に言うと、俺に言い寄る女の人が苦手で……」
「ええ……?」

 玲の言葉に、純粋に俺は驚いた。
 玲はかっこよくて、真面目でちゃんとしてて優しくて、年上の俺から見ても尊敬できるところが沢山あるのに、なんで苦手なんだろう。

「昔から、妙に人に好かれるというか……それで、昔は今みたいにはっきり態度で示せなかったので、バレンタインの時とか本当に大変で……」

 玲の話を黙って聞いていた俺は、その後の玲の言葉に驚きが隠せなかった。

「チョコを割ったら、髪の毛が入ってました」
「!?」
「他にも、血が入ってたこともあって……」
「うわっ!」

 思わず声に出てしまう。玲は今高校一年生。つまり、中学の時以前に起こったことかと思うと、余計に玲が可哀想すぎた。
 
「それ、大丈夫だったの!?」
「大丈夫じゃないです」

 玲はすぐにこたえた。

「しかも女子って、お返し期待したりするじゃないですか。実はあれも困って。だって名前書いてないのもあるんですよ。向こうはいいかもしれませんけど、送り主不明のお菓子が下駄箱とか机に突っ込まれるの、普通に怖くないですか?」

 確かに怖い。しかも、たぶん当事者にしかわからない怖さの可能性が高い。
 恋する女子からしたらドキドキイベントでも、やられる方はたまったものじゃないのかもしれない。
 せめて名前くらい明記しろ、と。
 
「……もしかして、それがバイトであの格好の理由?」
 
 玲の話を聞きながら、俺はある可能性が頭に浮かんでしまった。
 もしかして玲があの店でバイトをして、顔を隠しているのには、これが関わっているじゃないかって。

「そうですね。できるだけ顔を見えなくして、学校から離れたところでバイトすれば、いくぶん静かかなと思って……」

 顔が良すぎるのも考えものである。
 俺は、そっと玲に耳打ちした。

「玲、大丈夫? 今からでも変装する?」

 できれば目を見て話したいけれど、昔悲惨な目にあった玲に、これ以上女の子が声をかける事態は避けたい。またさっきの子たちみたいなのが、玲に話しかけてこないとも限らないし。

「いえ」

 俺はそれが心配だったけれど、玲は静かに首を振った。それから、じっと俺の目を見て笑う。

「今日は、せっかく紫苑さんと一緒なので。このままで過ごしたいです」

 その声は、さっきの女の子たちを前にしていた時の声とは明らかに違った。
 柔らかくて、でもどこか甘えるみたいで。
 いつもより少し素が混じったような、幼さを感じる笑い方だった。
 その笑顔を見ていると、俺は――。

「……紫苑さん?」

 玲が、心配するかのように俺の名を呼ぶ。でも、すぐに俺は言葉を返せなかった。
 何故だろう。今、顔が少し熱い気がする。
 
「ぐーー」

 だが、どんな時でも腹は減るらしい。
 大きな音が聞こえて、俺は慌てて手でお腹を押さえた。
 聞かれた! 今の、絶対聞かれてた!

「い……いつもはバイト前になんか食べてるんだけど、今日は何も食べてないからっ!」
「じゃあ、軽くご飯食べてから帰りますか?」

 慌てて言い訳すると、玲が俺を見てくすくす笑った。笑ってくれるのはいいけれど、玲に映る俺が子どもっぽかった気がして、俺は少しそれが嫌だった。

「……うん。そうしようかな」

 ご飯を食べで帰るなら、とりあえず母さんに連絡しなければならない。俺はスマホを取り出して、メッセージを打ち込んだ。

「【ご飯食べて帰ります】、と」

 相変わらず母さんの既読は早い。返信はすぐに返ってきた。

【母 連絡ありがとう。遅くはならないよう、気をつけて帰ってきてね。】