初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。

 玲と二人、毎日弁当を食べるようになってから、俺たちは趣味についても話すようになった。

 バイトの時はなんとなく年上だと思っていたし、多分俺も『年下モード』に入っていたせいで話せていなかったけれど、俺と玲は、意外と好きなものが似ているらしい。

 まあ、年が近い男同士といえばそれまでだけど。例えば、小さい頃に見ていたテレビの話。朝早起きして戦隊物が好きだったという話をした時は「自分も」だと頷いてくれたし、好きなアニメや漫画なんかでも俺たちは話があった。

 ただ、玲は昔から買うより借りることが多かったそうで手元に本はないらしくて、「レンタルするより俺から借りたらただでお得じゃん!」と言ったら、俺オススメの作品も、今度玲が読んでくれることになった。
 
 玲と話していて気付いたのことだけど、俺の家はもしかしたら、意外と本が多いのかもしれない。
 そういえば昔母さんから、子どもは情操教育? が大事だから、俺や兄さんには子供の頃から絵本を読ませていたし、いつ気になったことがあってもいいように、さまざまな図鑑なども買って家においているのだと言われたような記憶がある。

 世界中の国のこと、偉人や歴史、星の本に空の本。色の名前や月の名前――でも、もしかしたら案外それは普通のことじゃなくて、(癪だけど)マツさんが言っていたように、俺が大事にされていた証拠なのかもしれなかった。

 それは全部、玲との会話のなかで見えたことだ。

 同い年の人間か兄さんの友人のような、年上とばかり話してきた俺にとって、玲は初めての「仲の良い年下」だ。
 俺が一歳上だから、多少気を使われているところはあるんだろうけど、これまで話してきた人たちと玲はどこか空気感が違って、俺はその全部が新鮮で、話していて楽しかった。
 玲と話をしていると、いつも自分に無かった視点が、新しく発見できるような感覚があった。


 ある昼休み。
 母さんが用意した弁当箱の包みを見て、玲がキャラクターの名前を言い当てた。

「それ、わんぱ犬ですよね」
「え!? 玲もこのキャラ好きなの!?」

 【わんぱ犬《けん》】
 たくさんご飯を食べたり、すやすやお昼寝したり、転んで怪我をしたり――。

 このキャラクターは、イラストレーターさんにとにかく愛されて育った『わんぱくな犬』がモデルらしく、漫画本も販売されている。
 なかには、おにぎりに顔を突っ込んでそのまま抜けないで、「……」という台詞付きで不服そうな顔をしたデザインもあって、そのシュールさも俺は割と好きだった。

 そしてわんぱ犬は、世間的には知名度が高いとは言えないかもしれないけれど、最近はクレーンゲームにもキャラクター商品が増えてきている。

 そしてこの包みは、兄さんと出かけた時、クレーンゲームで取ってもらったものだ。でもその兄さんは、今バイトのこともあって俺に対して不機嫌だし、そもそも仕事も忙しそうだし――。
 俺は、意を決して玲に尋ねてみた。
 
「玲。今日の放課後、俺たちバイトないし一緒にゲーセンいかない?」

■

「わ〜〜! いっぱいある!」

 俺の提案を玲が聞いてくれたこともあり、俺たちはその日の放課後、二人でゲームセンターに行くことにした。
 知名度がまだ低いということもあり、学校の近くの古いゲームセンターには、わんぱ犬のグッズは置いていない。
 それもあり、今日来たのは学校から少し離れた場所にあるゲームセンターだ。
 店内は広くて、前に兄さんに連れて行ってもらったところより、明らかに筺体が多い。
 ゲームセンター特有の、キラキラしい室内の作りと音に、少しだけ気圧される。でも、同時に心の中はわくわくする気持ちも大きくて、俺は早く早くと玲を急かすようにして、目的のクレーンゲームを探した。

「玲! あった! あった。これだよ」

 小走りで探していた俺に対し、玲は長い歩幅でゆっくり歩いてついてきていた。
 それを待っていられない俺は、筺の中を覗き込んだ。
 幸い、まだ在庫はあるようだ。俺はほっと息を吐く。
 わんぱ犬のチェーン型のキーホルダー。なんと日本刀を噛んでいて、それでいてキリッとしているつもりのアホ面である。

「まずは俺がやるから! で、駄目だったら玲にもやってほしい!」
「わかりました」

 玲はそう言うと、俺の肩からリュックサックを下ろして持ってくれた。なんという気遣い。こういうことがさっとできるのも、玲の年齢を俺が誤解した理由なのかもしれない。
 そんなことを思いながらプレイすること数回。クレーンのアームの弱さが原因というより俺のプレイングスキルがゼロ過ぎて、縦と横の座標すら合わない。
 見学していた玲が、見かねて俺に尋ねてきた。

「紫苑さんって、もしかしてこういうの苦手ですか?」

 俺は黙った。これまでの人生でほとんどクレーンゲームで景品は取れたことがない。だって仕方ないのだ。腕を磨こうにも、かわりにやってくれる人がいたんだから!

『ほら。紫苑はこれが欲しかったんだろ』
『ありがとう。お兄ちゃん!』
 子どもの頃からよく兄さんとしていたやりとりを思い出して、俺は頭を押さえた。最悪だ。余計なことを思い出してしまった。

「今までも、あまり取れてなかったんですか? あの包みも、誰かに取ってもらったものだったり……?」
「……」

 痛いところを突かれて、俺は玲から自分のリュックをふんだくった。それから、ゲームセンターにあったコイン入れのなかに入れていた小銭をずいっと玲に渡す。

「じゃあ、次は玲がやって。お金はこれ使っていいから!」
「……わかりました」

 玲は少し迷ったあとに、俺からコイン入れを受け取った。
 それから玲は、クレーンゲームの筺を前から見るだけでなく、横からも観察した。それから、スマホで何か調べたかと思うと、ようやくゲームにお金を入れた。
 真剣な目だ。
 諦め半分とりあえずチャレンジという俺とは違い、玲は考えながら機械を操作しているように見えた。

「え!? 今なんで2回押したの!?」
「この筺は、二回押したら昇降が止まるらしいので」
「そんなのあるの!?」
「はい。さっき調べました」

 俺は、玲の周到さに驚いた。兄さんはクレーンゲームで俺の欲しいものを取ってくれるけれど、『とれるまでやる』人でもあって、こういう情報について話してくれたことはない。
 だから、多分兄さんは知らないんだ思う。
 
 俺が感心しているうちに、パカっと開いたアームがわんぱ犬を持ち上げる。だが残念なことに、あともう少しというところで、わんぱ犬は落ちてしまった。しかも、景品が少し重なってしまっている。

「惜しい!」
 俺は思わずそう口にしていた。けれど、玲は口元に指を当てて、何か少し考えているような顔をしたあとで、再び小銭をゲームに入れた。

「今のでだいたいわかった気がします」

 俺がゲームセンターで、言いたくても言えないかっこいい台詞ナンバーワン。それを玲はさらっと口にして、再び先ほどの景品を狙った。
 するとーー。

「えっ!? えっ! えっ!?」
 
 なんと、玲が持ち上げた景品に引っかかった下の景品が、同時に持ち上げられた。しかもそれは落ちることなく、景品口まで運ばれる。
 がちゃん、という硬い音がしたかと思うと、玲は黙って景品口に手を突っ込んで、そのまま俺にそれを差し出した。

「どうぞ。紫苑さん」

 俺はぷるぷる震えたあとに、感動のあまり玲を羨望の眼差しで見上げた。
 本当に、玲は何なんだ。何が出来ないんだろう。あまりにもスマートが過ぎる。

「すごい玲! 天才! 同時に二つも!」
「取れてよかったです。ただ、デザインが被ったのが残念でしたね。違うものだったらよかったのに」

 普通なら喜ぶところだろうに、玲はなぜか、少し残念そうにしていた。俺にはその気持ちが、よくわからなかった。
 
「ううん。これでいいよ」

 俺は玲から景品を受け取ると、一つを玲に差し出した。

「もう一個は、玲にあげる!」
「……いいんですか?」

 玲が目を瞬かせる。まさか、俺が二つとも玲から奪うとでも思っていたんだろうか?

「? だって玲も好きなんだろ……? 玲が取ったのに、玲の分がないのはおかしいじゃん」

 当然のことなのに、なんで玲はそんなことをいうんだろう。
 二つあったら、分け合うのが我が家の基本だ。
 玲は一度手を伸ばし、手を開こうとして手を留めて、それから少しの間があって、俺の手からわんぱ犬をうけとった。

「ありがとうございます。大事にします」

 ふ、と静かに玲が笑う。
 その笑顔を見ていると、俺はなんだか胸の奥が熱くなった。玲は俺とは違って感情をあまり面に出さないけれど、嬉しいときは嬉しいって、声や顔を見ていればわかる。
 そして玲が喜んでいてくれることが、俺は嬉しかった。
 
「お揃いですね」

 少し遠出したけどよかったな、無事目的のモノは手に入れられてミッションクリアだ。満足して俺が頷いていると、玲がそんなことを言って、俺はピタリと動きをとめた。

「えっ?」

 『お揃い』
 その事実についてあまり考えていなかった俺は、少し慌ててしまう。
 
「あ! 確かにそうか……」

 冷静になれば、どうなんだろう。
 男子高校生、同じバイト、学校の先輩と後輩で、同じグッズをつけるのって。

「玲どう思う? あんま良くないかな……?」

 女子たちならお揃いはアリだろうけど、俺は友だちとお揃いなんてこれまでしたことがない。スニーカーとか、アイテムが意図せずしてかぶったことは別にして。

「まあ、バレたらマツさんあたりからは揶揄われそうですね」
「ええ……それはちょっとやだな」

 確かに、マツさんなら確実にからかってきそうだ。『やっぱ仲良しなんだ(笑)』とか、『二人でゲーセン行ったの?』とか言われそう。
 それは少し面倒だな、と俺は思ったけれど、予想外なことに玲は気にしていないようだった。

「別に、俺は良いですけど。紫苑さんとおそろいなら」

 玲が、機嫌が良さそうに俺に笑いかける。
 俺はそれを見て、何故か胸が少し苦しくなった。
 その言い方は少しずるい。そんなふうに言われて微笑まれたら、誰だって、嬉しくなってしまうに決まってる。

「あのさ。れ、玲……」

 だが、俺が話しかけようとしたその言葉は、乱入者によってかき消された。
 
「すいませーん。お兄さん、これから私たちと遊びませんかぁ?」