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・最弱スキル〈修繕〉=壊れた世界の直し方。
・装備も人間関係も、直すほど火力になる。
・壊されても“直せる”者は、最後に勝つ。
〈読了目安〉約9分
・・・
第1話 追放の日
 勇者パーティの控え室に、どんよりとした空気が満ちていた。
 いや、どんよりしていたのは僕だけかもしれない。
「リオン、お前……やっぱり邪魔だわ」
 勇者の剣を肩に担ぎながら、リーダーのカイルがそう言った。
 彼は筋骨隆々、容姿端麗、仲間からも国王からも期待される存在。
 対して僕は――スキル〈修繕〉しか持たない凡人。
「壊れた物を直すだけ? そんなの、冒険に必要ねぇだろ」
「荷物持ちくらいしか取り柄がないもんな」
「いや、その荷物持ちですら、転移魔法で代用できるし」
 聖女ミリアと魔法使いのジルが追い打ちをかける。
 胸にズキリと痛みが走ったが、反論する気力もなかった。
 僕は確かに、戦いの役には立たなかった。
 剣を振れば足をもつれさせ、魔法を唱えれば詠唱を噛む。
 唯一できるのは、戦闘の後に壊れた武具や道具を直すことだけ。
「……だから、お前は今日で追放だ」
 カイルが冷たく言い放つ。
 仲間たちがうなずく。まるで最初から決まっていたかのように。
「え、えっと……」
 僕は口ごもる。
「今まで世話になったな。元気でな」
 軽く背中を押され、荷物を持たされ、僕はパーティから追い出された。
 扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。
 ◇
 国都を出て、僕はあてもなく歩いた。
 財布の中身は雀の涙。行くあてもない。
「……どこで生きていこうかな」
 自嘲気味に笑った。
 だが不思議と、胸の奥にはほんの少しの解放感もあった。
 あのパーティでは、ずっと肩身が狭かったから。
 そうしてたどり着いたのは、王国の辺境にある小さな村。
 畑は荒れ、家屋は古び、村人たちは疲れ切った顔をしていた。
「おや、旅のお方?」
 腰の曲がった老婆が声をかけてきた。
「すまないが、この鍬を直してはくれんかね」
 手渡された鍬は、刃がひび割れ、柄もぐらぐらしていた。
 普通なら鍛冶屋の仕事だ。だが僕の手が自然と伸びる。
「……〈修繕〉」
 スキルを発動すると、鍬が淡い光に包まれた。
 次の瞬間、刃のひびは消え、柄は新品同様にしっかり固定されている。
 それどころか――鍬全体がわずかに輝き、まるで力を宿したかのように。
「ほ、ほんとに直った! いや、それ以上に……軽くて丈夫だ!」
 老婆が目を見開き、感嘆の声を上げる。
 試しに土を耕してみると、刃はするりと大地を割り、硬い土塊すらほぐしてしまった。
「こ、これは……! あんた、ただ者じゃないね!」
 村人たちがざわめき始める。
 僕はぽかんと口を開けた。
(……え、これって、僕のスキル、ただの修理じゃなかったの?)
 ◇
 その日の夜。
 村人たちが集まり、小さな宴が開かれた。
「リオンさん! 明日も農具を見てくれませんか?」
「壊れた井戸の滑車もお願い!」
「うちの魔導ランプも頼む!」
 気づけば、僕の周りに人が集まり、次々と頼まれていた。
 直してみればどれも新品以上に生まれ変わり、時に不思議な力を宿す。
 村人たちの目に、希望の光が灯っていた。
 僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……追放されてよかった、のかもな」
 勇者たちの華やかな冒険譚には、もう関わらなくていい。
 壊れた物を直して、みんなの笑顔を見る。
 ――それが、僕の新しい物語の始まりだった。 
第3話 辺境村に迫る影
 村での生活にも、ようやく慣れてきた。
 朝は畑仕事を手伝い、昼は依頼された道具を直し、夜はみんなと食卓を囲む。
 勇者パーティにいた頃には想像もできない、穏やかで楽しい日々。
「リオンさんのおかげで、村の暮らしがだいぶ楽になりましたよ」
 農夫のガイルが笑顔で言う。
「収穫も増えたし、灯りも戻ったし、井戸の水も使いやすくなった」
「いえいえ、僕はただ直しているだけですよ」
 そう返すが、内心はくすぐったい。
 〈修繕〉がこれほど役立つなんて、自分でも驚きだった。
 ――だが、その幸せは長く続かなかった。
 その日の夕刻。
 村の見張り台から、慌ただしい叫び声が響いた。
「魔物だ! 魔物が来たぞーっ!」
 村人たちが一斉に顔を上げる。
 遠くの森から、黒い影がぞろぞろと現れていた。
 牙を剥いた狼型の魔物、ゴブリンの群れ、そして翼を持つ怪鳥。
 どれも辺境ではよく知られる脅威だった。
「ま、まずい! 村には戦える者が少ないぞ!」「どうするんだ村長!」
 怯える声が広場を包む。
 戦える若者は十人にも満たない。武器も古び、鍛冶屋すらいない。
 このままでは村は滅ぼされるだろう。
「リオン殿……」
 村長が震える声で僕を見る。
「どうか、何か策はないか……?」
「ぼ、僕ですか!?」
 僕は目を丸くした。
 戦闘なんてできるはずがない。僕のスキルは〈修繕〉だ。
 だが、村人たちの不安げな顔を見た瞬間――心が決まった。
「……わかりました。僕にできることをやってみます」
 ◇
 僕は慌てて倉庫を開け、直した道具や修繕済みの武具を引っ張り出した。
 鍬、鎌、古びた剣、割れた盾。
 それらはすでに〈修繕〉によって新品以上に蘇っている。
「これを使ってください!」
 若者たちに武具を配ると、彼らの顔に光が戻る。
 鍬を振るえば軽く、鎌は鋭く、剣は魔力を帯び、盾はびくともしない。
 道具を手にした瞬間、勇気がわいてくるのがわかった。
「すげぇ……! これなら戦える!」
「俺たちにも勝機があるぞ!」
 やがて魔物たちが村の柵を突き破ろうとした、その時――。
「行けぇぇぇっ!」
 若者たちが修繕武具を構え、一斉に突撃した。
 鍬が狼の牙を弾き、鎌がゴブリンの棍棒を切り裂く。
 修繕された武具は、不思議な光をまとい、まるで持ち主を守るかのようだった。
「おおおっ!」
「負けるなぁ!」
 村人たちの声援が飛ぶ。
 戦いの最中、僕は壊れかけた盾を素早く直し、折れそうな矢を補強した。
 そのたびに前線が持ち直し、戦況は次第に村人たちの有利に傾いていった。
 そして――。
 最後の怪鳥が撃ち落とされ、辺境の村に静寂が戻った。
 地面に座り込む若者たちの顔には、達成感と笑顔が浮かんでいる。
「勝った……! 本当に勝ったんだ!」
「リオンさんのおかげだ!」
 歓声が村に広がった。
 僕は胸をなでおろし、力なく笑う。
「……僕は何もしてない。ただ、壊れた物を直しただけですよ」
 そう言うと、村長が力強く首を振った。
「いや、リオン殿。そなたがいたから、この村は救われたのじゃ」
 その言葉に、胸が熱くなる。
 追放された僕が、誰かの役に立てた。
 それだけで十分すぎるほど幸せだった。
 ◇
 その夜、村は祝勝の宴となった。
 笑い声と音楽が響き、皆が僕を称えた。
 だが一方で、心の奥に小さな不安が芽生えていた。
 ――この力のことが広まったら、勇者パーティはどう思うだろうか?
 それでも、今は考えない。
 村の人々の笑顔を見ながら、僕は杯を掲げた。
「……これからも、この村を守ろう」
 辺境でのスローライフは、少しずつ「救世主の物語」に変わり始めていた。
第4話 王都からの使者
 魔物襲撃から数日後。
 村は以前よりも活気に満ちていた。
 修繕した農具のおかげで畑はどんどん耕され、壊れていた水車も復活し、川の水を利用した新しい畑が広がっている。
 子どもたちは修繕したおもちゃで遊び、夜は明るいランプの光のもとで歌や踊りが絶えなかった。
「リオンさんが来てから、村が別の場所みたいになったよ」
 老婆がしみじみと言う。
 僕は頭をかき、苦笑いを浮かべるしかなかった。
(ただ直しているだけなのに……なんだかすごいことになってるな)
 穏やかな時間が続く――そう思っていた、その矢先だった。
 ある昼下がり。
 村の門に、一団の騎士が姿を現した。
「……あれは、王都の紋章?」
 村人たちがざわめく。
 白銀の鎧をまとった騎士たちが馬を駆り、先頭には緋色のマントを羽織った青年がいた。
 端正な顔立ちに冷たい瞳。どう見てもただの巡回兵ではない。「村長殿、そして村の者たち。王都から参った」
 青年は馬から降り、澄んだ声で告げた。
「我が名はロイ・ハーヴィス。王国直属の使者である」
 村人たちが息を呑み、緊張が走る。
 王都の人間など、辺境に来ること自体が珍しい。
「この村で“奇跡の修繕士”が現れたと聞き、調査に来た」
 ロイの視線が、まっすぐ僕に突き刺さる。
「お前がリオンか?」
「は、はい……そうですが」
 ごくりと唾を飲み込む。
 なぜ王都が僕のことを?
 魔物襲撃で戦ったことが、どこかに伝わったのだろうか。 ロイはゆっくりと歩み寄り、僕の目の前で立ち止まった。
 その気迫に、村人たちが息を詰める。
「王都に戻ってこい。お前の力は、国のために使われるべきだ」
 村人たちがざわめいた。
「そ、そんな……リオンさんを連れて行くなんて!」
「この村に必要なのはリオンさんだ!」
 僕は慌てて手を振る。
「ちょっと待ってください! 僕はただ、壊れた物を直しているだけで――」

「直すだけ、だと?」
 ロイの瞳が鋭く光る。
「ならばこの剣を直してみろ」
 差し出されたのは、真っ二つに折れた王国騎士の剣。
 古びた紋章が刻まれているが、長年の戦いで完全に砕けていた。「王都の鍛冶師ですら直せなかった代物だ。できるものならやってみせろ」
 僕は剣を受け取り、深呼吸する。
(できるだろうか……でも、やるしかない)
「……〈修繕〉」
 剣が淡い光に包まれる。
 折れた破片がぴたりとつながり、刃が美しく輝きを取り戻す。
 さらに紋章の部分が淡く光り出し、まるで剣そのものが再び命を宿したかのように。
「なっ……!」
 ロイの目が見開かれる。
 騎士たちもざわめき、村人たちは歓声を上げた。
「やっぱりリオンさんだ!」
「奇跡の修繕士だ!」
 ロイはしばらく剣を見つめ、そして低く呟いた。
「……信じられん。本当に直した、いや、それ以上だ」 やがて彼は真剣な眼差しで僕を見た。
「リオン。お前の力は危険だ。国にとっても、敵国にとっても」
 村人たちが不安げに顔を見合わせる。
「だからこそ、王都に来い。国王陛下自らがお前を求めている」
 ――王都に呼ばれる。
 追放された僕が。
 ただの〈修繕〉スキルしか持たないと思っていた僕が。
 胸が高鳴り、不安と期待が入り混じる。
「……どうする、俺?」
 辺境スローライフを続けるか、それとも国のために立つのか。
 新たな選択が、僕の前に突きつけられていた。
第5話 村に残るか、王都へ行くか
 王都の使者ロイの言葉は、村に重くのしかかった。
「国王陛下が……僕を?」
 信じられない気持ちで、思わず聞き返す。
 ロイは真剣な眼差しのまま頷いた。
「お前の力は、ただの村で収まる器ではない。国全体を支える力だ」
 村人たちがざわめく。
「だ、だめだ! リオンさんは村の救世主なんだ!」
「いなくなったら、この村はどうなるんだ!」
「魔物がまた来たら……」
 皆の声に、胸がきゅっと締めつけられる。
 僕がいなければ不安だと言われるのは、正直うれしい。
 でも――。
「リオン殿」
 村長がゆっくりと歩み出た。
「王都へ行くか、この村に残るか……決めるのはそなたじゃ」
 静かな声だったが、誰よりも重みがあった。
「我らはそなたに救われた。感謝しておる。だが同時に……その力を小さな村だけに留めるのは惜しいとも思う」 村人たちの顔が一斉に村長へと向く。 反対の声が上がるかと思いきや、誰も否定しなかった。
 ――みんなも分かっているのだ。
 僕の力が村を越えて広がることを。
 夜、広場で一人、僕は焚き火を見つめていた。
 炎の揺らめきに、勇者パーティで過ごした日々が浮かぶ。
「役立たず」
「邪魔者」
 あの言葉は今も耳にこびりついている。
 けれど、この村に来て初めて「必要とされる喜び」を知った。
 壊れた物を直すだけで、人の笑顔につながる。
 それがたまらなくうれしかった。
(だけど、王都……国王陛下が僕を求めている?)
 頭では理解していても、実感は湧かなかった。
 ただ一つ分かるのは、この選択が僕の人生を大きく変えるということ。
「……決めたか?」
 声をかけられ振り向くと、ロイが立っていた。
 炎の光に照らされた彼の表情は、いつもより柔らかかった。
「すぐに答えを出す必要はない。だが、魔物の襲撃は頻発している。
王都でも強力な戦力が求められているのだ」
「僕が……戦力に?」「修繕はただの便利スキルではない。武具を超える力を宿す。それは戦況を一変させる力だ」
 ロイの言葉に、背筋が冷える。
 つまり、僕が戦争の道具になる可能性もあるということだ。
 その時――。
「リオンさん!」
 子どもたちが駆け寄ってきた。
「明日、またおもちゃ直してくれる? 壊れちゃったんだ!」
「ランプも少し暗くなっちゃって……」
 無邪気な笑顔に、心が揺さぶられる。
 僕はこの子たちを守りたい。
 でも、ロイの言葉も重い。
「……僕は、どうするべきなんだろう」
 焚き火の炎が空へと舞い上がる。
 辺境スローライフか、王都での大きな役割か――。
 リオンの選択の時が、迫っていた。

第6話 決断!リオンの選ぶ道
 翌朝。
 村の広場に、再び王都の使者ロイと村人たちが集まった。
 みんなの視線が、ひとり僕に集まっている。
「リオン殿」
 村長が一歩前に出る。
「答えを聞かせてくれぬか。この村に残るか、王都へ行くか」
 村人たちは不安げに顔を見合わせる。
 子どもが母親の手を握り、老婆が震える声で「行かないで」と呟くのが耳に入った。
 僕は深呼吸し、胸の奥を確かめる。
「……僕は、この村に残ります」
 静かに、けれどはっきりと告げた。
「えっ!?」
 驚きの声が広場に響く。
 ロイの眉がぴくりと動いた。
「理由を聞こう」
「僕は……勇者パーティにいた時、自分の居場所がなかった。
 でもこの村では、必要としてくれる人がいる。農具を直せばみんなが喜び、灯りを直せば夜が明るくなる。
 その笑顔を守りたいんです」
 言葉を吐き出すたび、胸が軽くなる。
 僕が本当に望んでいたのは、戦場の華やかな栄光じゃなく、人の暮らしを支える日々だった。
 沈黙のあと、村人たちから歓声が上がった。
「やった! リオンさんが残ってくれる!」
「これで安心だ!」
「ありがとう……本当にありがとう!」
 涙ぐむ者までいる。
 その光景に、胸がじんわりと熱くなった。
「なるほど」
 ロイは静かに言った。
「己の意志を持ち、居場所を選んだか。それもまた一つの強さだ」
 そう言って背を向けたかと思えば――
「だが、王都は諦めん。いつか再び迎えに来る。その時は……覚悟しておけ」
 馬に跨り、騎士たちを引き連れて去っていくロイの背中は、やけに大きく見えた。
 村に安堵の空気が広がる。
 子どもたちが笑顔で駆け寄ってきて、僕の手を取った。
「リオンさん、これからも一緒だね!」
「ああ、もちろんだ」
 そう答えた瞬間、心の奥に強い決意が芽生えていた。
 たとえ王都に呼ばれようと、戦争に巻き込まれようと――。
 僕はこの村を守り抜く。
 追放されて始まった物語は、ようやく「僕自身の選んだ物語」へと変わったのだ。 
第7話 辺境に訪れる新たな商人
 王都の使者ロイが去ってから数日。
 村の空気は再び穏やかさを取り戻していた。
 僕は相変わらず、農具や井戸の滑車を直したり、子どもたちのおもちゃを修繕したりしていた。
 ちょっとした日常の繰り返し――けれどそれが心地いい。
「よし、これでまた耕せるぞ!」
「リオンさん、本当に助かるよ!」
 村人たちの笑顔が、僕の毎日の報酬だった。
 そんなある日。
 村の入口で見張りをしていた青年が、慌てて駆け込んできた。
「し、商隊が来たぞ!」
 村人たちが一斉に色めき立つ。
 辺境の村には滅多に商人が来ない。年に一度か二度ほど、食料や道具を売りに来る程度だ。
 やがて土煙をあげて現れたのは、十数台の荷馬車。
 色鮮やかな幌をかけ、陽気な歌を歌いながらやって来る。
「おやおや、ここが噂の辺境村かい?」 先頭に立つ男が、にやりと笑った。 丸い体格に派手な羽帽子。腰には分厚い帳簿。見るからに商人だ。
「わしは行商人ギルバート。王都でも有名な噂を聞いて、遠路はるばるやってきたのさ」
「噂……?」
 僕は首をかしげる。
 ギルバートは大仰に両手を広げた。
「“壊れた物を奇跡のように直す修繕士がいる”ってな! ほら、折れた剣や壊れたランプを新品以上に直すっていう……」
「えっ」
 思わず声が裏返った。
(……王都の使者ロイのせいか!? いや、あの人が口外したとは思えないけど……どこから漏れたんだ?)
 村人たちは「リオンさんのおかげだ!」と胸を張る。
 ギルバートは目を輝かせて僕に詰め寄った。
「リオン殿! ぜひ商売を一緒にやろうじゃないか!」
「し、商売!?」
「そうとも! あんたが直した品を王都で売れば、一財産どころか国を動かすほどの富が手に入る! 名声も、地位も思いのままだ!」
 ギルバートの鼻息は荒い。
 けれど僕は、慌てて手を振った。

「い、いやいや! 僕はそんなつもりじゃ……ただ村のみんなの役に立ちたいだけで」
「おやぁ? もったいない! この力を世に広めないなんて!」
 商人は必死に食い下がるが、僕は首を横に振るしかなかった。
 そんなやり取りを見ていた村長が、ゆっくりと前に出た。
「ギルバート殿。リオン殿は村に残ると決めた身。無理に引き抜こうとしても無駄じゃろう」
 するとギルバートは、しばし考え込んでからにやりと笑った。
「じゃあ、こうしよう。俺が持ってきた“壊れた品”をいくつか直
してくれ。その代わり、辺境にしか手に入らない品を安く提供する」
「……なるほど、それなら」
 僕は頷いた。
 村に必要な物資が手に入るなら、それは悪くない取引だ。
 ギルバートが荷馬車から取り出したのは――。
 ひび割れた魔導ランプ、錆びた剣、折れ曲がった兜。
 どれも王都で見捨てられた品らしい。
「……〈修繕〉」
 僕がスキルを発動すると、品々は淡く光り、新品以上に蘇っていく。
 その光景にギルバートの目がぎらぎらと輝いた。「こ、これは……本物だ! 本当に奇跡だ!」
 村人たちは笑顔になり、ギルバートは歓喜の声を上げる。
 辺境の小さな村に、また新しい風が吹き込もうとしていた。 
第8話 商隊との取引と、新たな脅威の影
 商人ギルバートの荷馬車から降ろされた品々は、どれもボロボロだった。
 ひび割れた魔導ランプ、折れた剣、曲がった鎧。
 王都で「もう使い物にならない」と捨てられた品らしい。
「さて、リオン殿。腕の見せどころだぞ!」
 ギルバートがニヤリと笑う。
「えっと……じゃあ、一つずつ」
 僕は手をかざす。
「……〈修繕〉」
 淡い光が品々を包み、ひびは消え、刃は輝きを取り戻し、鎧は新品同様に蘇った。
 それだけではない。修繕を終えた品は、どれも本来以上の力を宿している。
「な、なんだこれは……!」
 ギルバートの目がギラリと光った。
「王都で売れば、金貨百枚は下らん! いや、千枚かもしれんぞ!」
 僕は苦笑いを浮かべる。
「いやいや、そんなに大げさな……」 だが、ギルバートは本気だった。「リオン殿、俺と契約してくれ! 修繕した品を定期的に商隊に卸すんだ。そうすれば村は裕福になるし、あんたも名を上げられる!」 村人たちがざわめく。
「確かに、物資が安く手に入るなら助かるな」
「子どもたちの服や薬も、もっと揃えられる!」
 村長も腕を組んでうなずいた。
「悪くない話じゃのう……ただ、あまりに目立つと王都や隣国が黙っておるまいが」
 その言葉に、村人たちの表情が引き締まる。
 僕も胸がざわついた。
 王都の使者ロイが言っていた通り、〈修繕〉は国を揺るがす力になり得る。
 もし噂が広まりすぎれば、敵国に狙われるかもしれない。
「大丈夫大丈夫!」
 ギルバートが笑って手を振った。
「俺の商隊は信用第一だ。余計な噂は広めやしない。だが……」
 ふと声を潜める。
「すでに“別の連中”も、リオン殿の存在を嗅ぎつけてるかもしれん」
「……別の連中?」
 僕は眉をひそめた。
「ならず者か、盗賊か、あるいは……他国の密偵かもな」 ギルバートの言葉に、空気がぴりりと張り詰めた。

 その夜。
 宴の最中も、僕の胸は落ち着かなかった。
(……村を豊かにするために商隊との取引は必要だ。でも、外の世界に知られるのは危険だ)
 焚き火の炎を見つめながら、胸の奥で小さな決意が芽生える。
「……もし敵が来るなら、僕が直して、僕が守る」
 〈修繕〉はただの最弱スキルじゃない。
 村を守るための、僕の誇りだ。
 その時――。
 村の外れで、犬のような遠吠えが響いた。
 宴のざわめきが止まり、誰もが顔を上げる。
 炎の向こうに、黒い影がちらついた。
 ――新たな脅威が、辺境の村に迫ろうとしていた。
第9話 盗賊団の襲撃!? 修繕スキルで村を守れ!
 夜の静寂を破るように、低い角笛の音が鳴り響いた。
 村の外れから、松明の列が近づいてくる。
「な、なんだ……魔物か!?」
「いや……人だ! 武装した盗賊団だ!」
 見張りの青年が叫んだ瞬間、村人たちがざわめきに包まれる。
 松明の灯りの中に浮かび上がったのは、粗末な鎧に剣や斧を持った二十人ほどの集団。
 顔には布を巻き、目は獲物を狙う獣のようにぎらついている。
「へっ、噂の修繕士はここか!」
 頭領らしき大男が、豪快に笑った。
「王都に売り渡せば、一攫千金ってわけだ!」
 僕の背筋に冷たいものが走った。
 やはりギルバートが言っていた“別の連中”が動いてきたのだ。
「落ち着け! 武器を持て!」
 村長が叫ぶが、村人たちの手にあるのは農具ばかり。
「俺たちじゃ勝てない……」
「どうすれば……」
 絶望の色が広がる中、僕は前に出た。
「みんな! 僕に任せて!」
 そう言って、倉庫から修繕済みの武具を取り出す。
 鍬、鎌、弓、盾……どれも新品以上の性能を持つ、僕の“相棒たち”だ。
「これを使って戦ってください! 絶対に負けません!」
 村人たちが目を見開き、恐る恐る武具を手にする。
 その瞬間、不思議と背筋が伸び、勇気が湧いてくるのが分かった。
「来やがれ、盗賊ども!」
 若者が叫び、盗賊団と村人たちがぶつかり合った。
 ガキンッ!
 鎌が盗賊の剣を受け止め、逆に刃を欠けさせる。
 鍬が唸りを上げて大男の斧を弾き飛ばす。
 修繕武具はまるで生き物のように持ち主を守り、力を引き出していた。
「な、なんだこの力は……!」
 盗賊たちが狼狽える。
 その間も僕は後方で動き続けた。
 折れそうな矢を直し、ひび割れた盾を修繕し、魔導ランプに光を宿す。
 戦場の真ん中で、僕の〈修繕〉が次々と仲間を支えていく。
「リオンさんのおかげで戦える!」
「押し返せ! 俺たちにも勝てる!」

 村人たちの士気はどんどん高まり、盗賊団は徐々に追い詰められていった。
 だが、頭領だけは違った。
「舐めるなよ、小僧ォ!」
 大男が振り下ろした巨大な戦斧が、若者の盾を粉々に砕いた。
 ――その破片が宙に舞う。
「危ない!」
 僕は叫び、咄嗟に飛び出した。 砕けた盾の破片に手をかざす。
「……〈修繕〉!」
 光が走り、破片が空中で結合し、再び一枚の盾へと戻る。
 そのまま大男の斧を受け止め、ガキィィィン! と火花を散らした。
「なっ、なにィ!?」
 盗賊頭領が目を剥く。
 村人たちの歓声が一斉に上がった。
「押し返せぇぇ!」
 勢いづいた村人たちが総攻撃を仕掛け、ついに盗賊団は松明を投げ捨てて逃げ出した。
 広場には勝利の雄叫びが響き渡る。「勝った……本当に勝ったんだ!」
「リオンさんのおかげだ!」
 みんなの笑顔を見ながら、僕は胸をなでおろす。
(……修繕は、やっぱりただの便利スキルじゃない。人を守れる力なんだ)
 だが同時に、胸の奥で小さな不安が渦巻いていた。
 盗賊団ですら僕を狙ってきた。
 もし今度は――もっと大きな存在が動いたら?
 焚き火の残り火が、風に煽られてゆらめく。
 その炎の奥に、僕はこれから訪れるであろう大きな波を感じていた。
第10話 王都の暗雲 ― 修繕士の名が広まる時
 盗賊団を退けたその夜。
 村は安堵と勝利の宴に包まれていたが、僕の胸には消えないざわめきがあった。
(……もう、ただの辺境村の話じゃ済まない。必ず外の世界に広まっていく)
 その予感は、すぐに現実となった。
 ◇ ◇ ◇
 ――王都・王城会議室。
 豪奢な円卓の上には、修繕された剣と兜が並べられていた。
 それはギルバート商隊が持ち帰ったものだ。
「これが……例の修繕士の品か」
 鎧姿の将軍が眉をひそめる。
 剣を手に取った別の騎士が、試しに振るう。
 ――シュッ!
 空気が震え、刃はまるで魔剣のように軌跡を描いた。
「な、なんという切れ味……! この剣は、王都最高の鍛冶師ですら再現できなかったはずだ!」
「兜もだ。防御の魔力が宿っておる……修繕ごときでありえん」 重苦しい沈黙が会議室を覆った。
 やがて玉座に座る国王が、低く口を開いた。
「――修繕士リオン。辺境の村に住まう青年だと聞く」
 王の言葉に、誰も逆らえない。
 その瞳は静かでありながら、確かな興味を帯びていた。
「この力は、国にとって希望となり得る。だが同時に、敵国にとっては脅威だ。放置すれば必ず争いの火種となろう」
 将軍が険しい顔で頷く。
「すでに盗賊団が動いたという報告もございます。放っておけばいずれ他国の間者も動きましょう」
「……ロイを呼べ。彼には再び辺境へ向かわせる。リオンを王都に迎え入れるのだ」
 国王の決断が、王国全土を揺るがす波紋を生み出すことになる。
 ◇ ◇ ◇
 一方その頃、辺境の村。
 僕はまた農具を直し、子どもたちに頼まれた木の剣を修繕していた。
 村は笑顔であふれ、魔物や盗賊を退けたことで自信もついている。
「リオンさんがいれば、もう怖いものなんてないな!」
「次は水車小屋も直してくれる?」「はは……まあ、壊れてるなら任せてください」
 そんな日常に安堵しながらも――心の奥には、不安の影が消えなかった。
(王都は……必ず僕を放っておかない。もう一度、あの使者が来るはずだ)
 遠く、空にそびえる王城を思い浮かべる。
 暗雲が広がるような感覚が、胸を締めつけた。

第11話 再び現れる王都の使者
 ある昼下がり。
 村の子どもたちと川辺で釣りをしていた僕の耳に、蹄の音が響いた。
 ドドドド――。
 見上げると、白銀の鎧をまとった騎士団が土煙を上げて近づいてくる。
 その先頭にいるのは、見覚えのある緋色のマントの男。
「……ロイさん」
 王都の使者、ロイ・ハーヴィス。
 彼は相変わらず冷たい瞳で、しかしどこか誠実さを秘めた表情で僕を見下ろしていた。
「久しいな、リオン」
 馬から降りると、彼は真っ直ぐ僕に歩み寄ってきた。
「前に言っただろう。王都はお前を求めている。――そして今、陛下の命令により迎えに来た」
 その言葉に、村人たちの間にざわめきが走った。
「ま、またか……!」
「リオンさんを連れていかないで!」
 子どもが僕の服の裾を掴み、涙目で見上げてくる。「リオンさん、行っちゃうの?」
 胸が痛む。
 僕は優しく子どもの頭を撫でながら、ロイに向き直った。
「僕は……この村に残ると決めました」
 静かに、しかしはっきりと告げる。
 だがロイは首を振った。
「前回と状況が違う。今や“修繕士”の名は王都全土に広まっている。
 敵国はお前を狙い、盗賊団が動いたのもその一端だ。辺境にいれば、いずれ大きな犠牲が出る」
 彼の瞳に、一瞬だけ迷いが宿った。
「……これは俺の言葉でもある。リオン、お前を戦場に駆り立てたいわけじゃない。だが、守るべきものを守るためには、力を隠してはいけないんだ」
 沈黙が広場を包んだ。
 村人たちの視線が痛いほどに集まる。
 誰もが「残ってほしい」と願っている。
 でも同時に、ロイの言葉も理解している。
 僕自身も分かっていた。
 修繕の力は、もう村だけで抱えきれない。
「……ロイさん」
 僕はゆっくりと口を開いた。
「もし僕が王都に行ったら、この村はどうなる? 魔物や盗賊から守れるのか?」
「心配はいらない。王国騎士団が駐留する。村は手厚く守られる」
 ロイの言葉に、村人たちの表情が揺れた。
 不安と期待が入り混じる。
 胸の奥で何度も反芻する。
 村に残るか、王都へ行くか。
 どちらを選んでも、後戻りはできない。
 だが――。
「……分かりました」
 僕は大きく息を吐いた。
「王都へ行きます。ただし――この村を必ず守ってくれると約束してください」
 ロイの瞳が、わずかに柔らかくなった。
「もちろんだ。お前の村は、この国が責任を持って守る」
 村人たちの間に、驚きと安堵の入り混じった声が広がる。
 子どもたちが泣きそうな顔で僕に抱きついた。
「リオンさん……」
「大丈夫。また帰ってくるよ」
 そう優しく答え、僕は決意を固めた。
 ――辺境スローライフの日々は、ここで一旦幕を下ろす。
 けれど新しい舞台で、修繕士としての物語が始まろうとしていた。第12話 王都への旅立ち
 翌朝。
 村の広場には、人が溢れていた。
 老若男女、子どもから大人まで――村の全員が見送りに集まっている。
 僕の荷物は小さな鞄ひとつ。修繕用の道具と、直したおもちゃの木の剣が入っているだけだ。
「リオンさん……本当に行っちゃうの?」
 昨日泣いていた子どもが、また目を赤くして僕を見上げる。
 僕は膝をつき、目線を合わせて微笑んだ。
「大丈夫。また帰ってくるよ。その時までに、いっぱい強くなっておいてな」
「うん……!」
 子どもが力強く頷くと、今度こそ涙をこらえ、笑顔を見せてくれた。
「リオン殿」
 村長が前に出る。
「そなたの決断、わしらは尊重する。……だが無理はするでないぞ。
帰る場所はいつでもここにある」
 その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます。僕は……この村が大好きです」 村人たちから一斉に拍手が起こり、あたたかな空気が広がる。
 僕はその光景を胸に刻みながら、馬車に乗り込んだ。
 馬車がゆっくりと村を離れていく。
 見送りの人々の姿が小さくなり、やがて森の影に隠れていった。
 隣にはロイが座っている。
 彼は窓の外を見ながら口を開いた。
「……後悔はしていないか?」
「ええ。少し寂しいですけど、これが僕の選んだ道ですから」
 そう答えると、ロイがわずかに口元を緩めた。
「強いな。辺境に残っていた方が、楽だったはずだ」
「楽なだけじゃ、意味がない気がします。僕は修繕を通して、人を守りたいんです」
 その言葉に、ロイは一瞬だけ目を見開き、やがて静かに頷いた。
 馬車の外は、緑の森から次第に石畳の道へと変わっていく。
 王都へ向かう大街道。商隊や旅人とすれ違うたびに、僕は少しずつ現実感を増していった。
(……僕が王都に行くなんて、少し前までは考えもしなかったな)
 勇者パーティを追放され、絶望の中でたどり着いた辺境村。
 あそこで得た笑顔や信頼が、僕の力になっている。 だからこそ、どこへ行っても――きっと大丈夫だ。
「リオン」
 ふいにロイが声を低くした。
「王都に着いたら、お前はただの“村の修繕士”ではいられない。 陛下はお前を“国の宝”として迎え入れるだろう。……それは同時に、自由を失うことを意味する」
「……自由を?」
「お前の力は強すぎる。利用したい者、奪おうとする者……必ず現れる。
 だからこそ、心しておけ」
 ロイの言葉は重かった。
 けれど僕は静かに答える。
「分かりました。それでも……僕は、修繕で人を救いたいです」
 ロイはしばし沈黙し、そしてわずかに笑った。
「やはり、お前は不思議な奴だな」
 馬車は夕日に照らされながら進み続ける。
 遠くに見えたのは、そびえ立つ城壁――王都の影。
 心臓がどくん、と高鳴った。
(さあ、次は……王都での物語だ)
第13話 王都到着 ― 修繕士の歓迎と陰謀 夕暮れ時。
 長い道のりを越えた馬車が、ついに巨大な城壁の前にたどり着いた。
 石造りの高い城壁、見上げるほどの城門、そしてその向こうに広がる大都会。
 辺境の小さな村とは比べものにならない、人と物と情報が渦巻く場所――王都だ。
「す、すごい……」
 思わず息を呑んだ。
 行き交う馬車、煌びやかな衣装の商人たち、そして魔導灯で照らされた大通り。
 村の子どもたちに見せてやりたい光景が、目の前に広がっていた。
「修繕士リオン殿のお出ましだ!」
 門番の声とともに、王都の人々の視線が一斉にこちらに注がれる。
 ひそひそ声が飛び交い、やがて歓声へと変わった。
「本当にいたのか、奇跡の修繕士が!」
「盗賊を退けたって話だろ!」
「いや、折れた剣を蘇らせたとか……」 噂はすでに広がっていたらしい。 僕は顔が赤くなるのを感じながら、必死に苦笑いを浮かべた。
 王宮の広間に通されると、そこには豪華な晩餐が用意されていた。
 煌めくシャンデリア、長いテーブルに並ぶ豪華な料理。
 貴族や高官たちが並び、僕を好奇の視線で眺めている。
「リオン殿、遠路ご苦労であった」
 国王が重厚な声で告げる。
「そなたの修繕の力、すでに多くの者から耳にしておる。――王国はそなたを歓迎する」
 王の言葉に、広間が拍手で包まれる。
 けれど、その視線の中には羨望だけでなく、明らかな敵意や打算も混じっていた。
「修繕士殿、我が領地の古代遺物を見てもらえぬか?」
「いやいや、まずは王国騎士団の武具を!」
「いっそ、我が家に婿入りしてはどうだ?」
 貴族たちが次々と僕を取り囲み、好き勝手なことを言い始める。
 押し寄せる言葉の波に、頭がくらくらした。
 そんな中で、ロイがさりげなく僕の前に立ち、低く告げる。
「気をつけろ、リオン。ここに集まるのは友ばかりではない」
 その言葉に、背筋が冷たくなる。
 ――その頃、広間の片隅。
 仮面をつけた一人の人物が、赤いワインを揺らしながら笑っていた。
「なるほど、これが“修繕士”か。噂以上だな……」
 声は低く、視線は冷たい。
「だが、この力……必ず我らのものにせねばならん」
 その目には、王国とは別の思惑が宿っていた。
 暗雲が、静かに王都を覆い始めていた。 
第14話 王宮での試練 ― 修繕士の実力を証明せよ
 王の歓迎の言葉に続き、広間は拍手と歓声で包まれた。
 だが、その中に混じる冷たい視線を僕は感じ取っていた。
「ふん……“修繕士”など眉唾だ」
 低く響く声に振り返ると、豪奢な衣を纏った老人――宰相のドレイクが立っていた。
 鋭い鷹のような眼光が、僕を射抜く。
「折れた剣や鎧を直した程度で、奇跡などと騒ぐとは愚かしい。王都には腕の立つ鍛冶師が山ほどいる」
「ですが宰相殿、修繕士リオンの力は確かに――」
 ロイが口を開くが、ドレイクは一蹴した。
「証拠もなく軽々しく認めるわけにはいかん。国を揺るがす存在なのだぞ」
 広間の空気が重くなる。
 王は沈黙を守り、ただ僕を見据えていた。
「よろしい。ならば試すがいい」
 ドレイクが手を叩くと、騎士たちが巨大な木箱を運び込んできた。
 蓋が開けられると、中には――。
 ひび割れ、砕け散った大盾が収められていた。
 表面には複雑な紋章が刻まれ、かつては王国を守る至宝だったと分かる。「これは《聖盾アークレア》。千年前の戦で砕け、以来誰一人直せなかった王国の遺産だ」
 ドレイクの声が広間に響く。
「もし本当に奇跡の修繕士ならば、この盾を直してみせろ」
 ざわめきが広がる。
 僕の喉がごくりと鳴った。
(千年前の遺産……僕にできるのか?)
 不安が胸を締め付ける。
 けれど、村人たちの笑顔や、子どもたちの声が頭に浮かんだ。
「僕は……逃げない」
 深呼吸し、盾に手をかざす。
「――〈修繕〉」
 次の瞬間、広間が光に包まれた。
 砕け散った破片が宙に舞い、淡い糸のような光がそれらを結び付けていく。
 ゴゴゴゴ……。
 重厚な音を立てながら、聖盾が一つに形を取り戻していく。
「ば、馬鹿な……!」
「本当に……直っていくのか!?」 貴族や騎士たちの驚愕の声。 やがて光が収まったとき、そこにあったのは――傷一つない、美しい大盾。
 紋章が輝き、まるで千年前から蘇ったかのようだった。 僕がそっと手を離すと、盾が低く唸るように共鳴した。
 持ち上げた騎士は、その軽さと強度に目を見開いた。
「まさしく奇跡……!」
 広間はどよめきと歓声に包まれる。
 国王はゆっくりと立ち上がり、僕を見据えて告げた。
「修繕士リオン。その力、疑いようはない。我が国はそなたを“国の守護者”として迎え入れる」
 その言葉に、広間の人々が一斉に頭を下げた。
 だが――。
 宰相ドレイクの瞳には、なお鋭い光が宿っていた。
(あれは……承服していない。必ず何か仕掛けてくる) 胸の奥で、不穏な予感が膨らんでいった。
第15話 宮廷の陰謀 ― 修繕士を巡る策謀
 王の宣言とともに、僕は“国の守護者”として迎え入れられた。 広間の拍手と歓声は耳に痛いほど大きく、場違いな自分に戸惑うばかりだった。
(……これが、王都での僕の立場なんだ)
 けれどその裏で、確かに冷たい視線が僕を射抜いていた。
 宰相ドレイク。
 彼の目は、獲物を捕らえた猛禽のように鋭く、敵意を隠そうともしなかった。
 ◇ ◇ ◇
 その夜。
 宮廷の奥にある薄暗い一室。
 ドレイクはワイングラスを揺らしながら、数人の影と対峙していた。
 黒い外套に身を包んだ者、異国風の衣をまとう者――いずれも表立って宮廷に出ることのない顔ぶれだ。
「……修繕士リオン。確かに力は本物だ。だがあのような小僧に王国の命運を託すなど、笑止千万」
 ドレイクが低く吐き捨てる。
「しかし宰相閣下、陛下はすでに認められましたぞ」「だからこそだ。――表では従うふりをする。だが裏では、我らが先に“利用”するのだ」
 影の一人が不気味に笑う。
「ほう……つまり、奴を我らの手に引き込むか、さもなくば――」
「排除する」
 ドレイクの瞳が妖しく光った。
 ◇ ◇ ◇
 翌朝。
 僕は与えられた宿舎の部屋で目を覚ました。
 辺境の質素な小屋とは比べものにならない、豪奢な部屋。だが心は少しも落ち着かない。
 窓から見える王都の街並みは美しく、賑やかで、どこか眩しすぎた。
「リオン」
 ノックとともに入ってきたのはロイだった。
 彼はいつもの冷静な顔で言う。
「今日は陛下の御前で、正式に“守護者”としての任命式がある」
「……守護者、か」
 自分には大層すぎる肩書きだと思いながらも、逃げるわけにはいかなかった。
「ロイさん……」
 僕は少し迷ってから、思い切って口を開いた。「宰相のドレイクさん……僕のこと、嫌ってますよね」
 ロイは短く息を吐いた。
「気づいていたか。あの男は保守的だ。新しい力を恐れ、同時に利用したがる」
「利用……」
「お前は気を抜くな。王都は辺境の村とは違う。ここには笑顔と同じ数だけ、牙を隠した者がいる」
 ロイの忠告に、胸の奥がざわついた。
(……村でのスローライフとは、もう違う。ここでは生き方を間違えれば、すぐに飲み込まれる)
 けれど僕は、心に誓った。
 修繕の力は、人を幸せにするために使う。
 利用されるためじゃない。奪うためでもない。
「僕は僕のやり方で、守り抜いてみせます」
 そう呟いた時、遠くで鐘の音が鳴り響いた。
 王都での新しい一日が始まり、同時に僕を巡る策謀の幕も開こうとしていた。
第16話 任命式と新たな試練
 王都の中心にそびえる白亜の大聖堂。
 その鐘楼が高らかに鳴り響く中、僕は長い赤い絨毯を歩いていた。
 左右には整列した騎士団、豪奢な衣を纏った貴族たち。
 全員の視線が僕に注がれる。
 辺境の小さな村で道具を直していた自分が、こんな場に立つなんて――未だに夢のようだ。
 壇上には国王が立ち、重々しい声で告げた。
「修繕士リオン。そなたの力はすでに証明された。ゆえに我が王国は、そなたを“守護者”として迎え入れる」
 騎士が一歩進み出て、黄金の紋章をあしらったマントを僕の肩にかける。
 広間に響く拍手と歓声。
 僕は深呼吸し、震える声で答えた。
「……身に余る栄誉です。けれど僕はただ、壊れたものを直したいだけなんです。その力で、人々を守ると誓います」
 その言葉に、歓声がさらに大きく広がった。
 だが、その空気を切り裂くように、重苦しい声が響いた。
「……ならば、守護者としての力を示してもらおうか」 宰相ドレイクだ。
 彼は杖を突きながら壇上に進み出て、冷たい眼差しで僕を射抜いた。
「噂や小手先の修繕では足りぬ。国の至宝を預けるには、さらなる証明が必要だ」
「ドレイク……」
 国王が眉をひそめるが、宰相は一歩も引かない。
「この場で“試練”を課す。受けられぬならば、守護者の任は取り消す」
 広間がざわめきに包まれた。
「試練……ですか」
 僕は思わず聞き返した。
 ドレイクが指を鳴らすと、数人の兵が巨大な布に包まれたものを運んできた。
 布が外され、現れたのは――黒ずんだ巨大な魔導具。
 内部は焦げ付き、歯車は砕け、魔力の結晶はひび割れている。
「《機神兵の心臓》。古代戦争で破壊され、以来一度も動かなかった。これを修繕できるなら、守護者として認めてやろう」
 どよめきが走る。
 伝説級の遺産を、その場で直せというのか。
(千年前の遺物を……僕が?)

 不安が胸を締め付ける。
 けれど逃げれば、守護者の任を失い、村を守る後ろ盾も消える。
 拳を握りしめ、僕はゆっくりとうなずいた。
「分かりました。その試練、受けます」
 宰相の口元に、にやりと冷たい笑みが浮かんだ。
「よかろう……では、見せてもらおう。奇跡の修繕士とやらの真価を」
 広間の空気が一層重くなる中、僕は黒ずんだ魔導具に手をかざした。
「――〈修繕〉」
 光がほとばしり、試練が幕を開けた。
第17話 動き出す古代機神 ― 修繕士の真価
 広間の空気は張り詰めていた。
 宰相ドレイクの挑発的な笑み、貴族たちの好奇と不安が入り混じる視線。
 そのすべてを背中に浴びながら、僕は古代魔導具《機神兵の心臓
》に手をかざした。
「――〈修繕〉」
 淡い光が走る。
 砕けた歯車が浮かび上がり、バラバラの破片が光の糸で結ばれていく。
 焦げ付いた魔力回路が滑らかに繋がり、ひび割れた魔結晶が再び輝きを宿す。
 ゴウン、ゴウン……!
 まるで巨大な心臓が脈打つように、低い振動が大聖堂全体に響いた。
「な、なんだ……地響きか!?」
「まさか……動いているのか!」
 ざわめきが広がる。
 やがて《機神兵の心臓》の中心部が眩く光り、重厚な機械音を鳴らしながら脈動を始めた。
「……ば、馬鹿な。千年動かなかったものが……」 ドレイクの顔から笑みが消え、愕然とした表情に変わる。
 僕は額に汗をにじませながらも、両手を離した。
 そこにあったのは――完全に修繕された、古代の動力装置。
 その瞬間、広間が大きく揺れた。
 大聖堂の床下から、何かが目覚めるような重厚な振動。
 石壁が軋み、奥に隠されていた巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
「こ、これは……!」
「古代機神……!?」
 壁の奥から現れたのは、錆びつきながらもなお威容を放つ巨人の鎧。
 《機神兵》――千年前、古代戦争で使われたと伝わる戦闘兵器。
 その胸部に、僕が直した“心臓”がはめ込まれていく。
 ドンッ!
 巨体が動いた。赤い光が両目に宿る。
「……起動、確認」
 無機質な声が広間に響き、騎士や貴族たちが悲鳴を上げた。
「し、修繕士! これは制御できるのか!?」
「暴走でもしたら、この王都が……!」
 僕自身も動揺した。
(まさか、こんなものまで動かしてしまうなんて……!) しかし機神兵は暴れ出すことなく、その場で膝をつき、巨大な手を床についた。
 そして――僕に向かって頭を垂れたのだ。
「……主、認識」
 広間は静まり返った。
 誰もが息を呑み、信じられない光景を見つめている。
「し、主だと……?」
「修繕士が、古代機神の主に……?」
 国王がゆっくりと立ち上がった。
 その瞳は驚愕と同時に、強い決意を宿していた。
「リオン。そなたはただの修繕士ではない。千年前の遺産すら従える者……王国の未来を背負うにふさわしい」
 騎士たちが一斉にひざまずく。
 だが、ドレイクだけは唇を噛みしめ、怒りを隠そうともしなかった。
(……やってしまった。これで完全に、僕は国の中心に巻き込まれる)
 胸の奥が重くなる。
 けれど同時に――村の笑顔、守りたい人々の姿が浮かんだ。
 ならば、この力を恐れず使うしかない。 僕は深く息を吸い込み、呟いた。
「……僕は必ず、この力で人を守ります」
 だがその決意を見透かすように、広間の隅で仮面の人物が小さく笑った。
「――修繕士。面白い。ならば、この力……必ず奪ってみせよう」 王都の陰に潜む闇が、静かに牙を研いでいた。 
第18話 機神兵の主 ― 王国の切り札となるか
 広間に跪いた巨人――古代機神兵。
 その赤い双眸が僕を見つめ、「主」と呼んだ瞬間、空気が凍りついた。
「し、主……?」
「修繕士が、機神を従えた……!」
 貴族たちがどよめき、騎士たちは畏怖と敬意を込めて頭を垂れる。
 国王はしばらく黙したまま巨人を見上げ、やがて重々しく口を開いた。
「……これで決まったな。修繕士リオン。そなたは王国の切り札、我らの守護者である」
 広間が一斉に拍手と歓声に包まれる。
 けれどその熱気の中で、宰相ドレイクだけは冷ややかな瞳を僕に向けていた。
 ◇ ◇ ◇
 数日後。
 僕は王都に設けられた宿舎の一室で、巨人――機神兵と向き合っていた。
 石造りの訓練場に座すその姿は、圧倒的な威容。
 しかし僕が呼びかければ、静かに反応を返す。「……自己紹介をお願いできますか?」
「我は《機神兵アークレア》。千年前の戦にて破壊され、今、主により蘇生した」
 低く機械的な声が響く。
 僕は息を呑んだ。
 本当に、僕を“主”と認識しているのだ。
「すごい……君は僕の命令に従って動くの?」
「肯定。主の命に従う。だが……」
 機神の目がわずかに光を強めた。
「主の心が曇れば、我は暴走する」
「ぼ、暴走!?」
「修繕の力は、秩序をも修繕する。だが不純な心であれば、秩序は乱れ、破壊に転ずる」
 その言葉に背筋が寒くなる。
 つまり僕の在り方次第で、この巨人は“守護者”にも“破壊者” にもなるということか。
 ◇ ◇ ◇
 一方、王城の会議室。
「修繕士を切り札とするのは危険すぎる」

「だが他国との戦が避けられぬ以上、今は必要だ」
 重臣たちが口々に議論する中、ドレイクが立ち上がった。
「諸君。あの小僧を信用するなど愚かしい。力を手にした途端、王国を裏切るやもしれぬ」
「宰相殿、それは杞憂では……」
「杞憂ではない。だからこそ、制御策を講じねばならぬ。――例えば、“人質”を用意するとか」
 その一言に、室内が凍りついた。
 ◇ ◇ ◇
 僕は宿舎の窓辺に立ち、遠くにそびえる王城を見つめていた。
 アークレアの言葉が胸に響く。
(……僕は、この力をどう使う? 守るため? それとも……誰かの思惑に利用される?)
 その時、ロイが部屋に入ってきた。
「リオン。今夜、陛下から直接の呼び出しがある。準備を整えろ」
「……呼び出し?」
「おそらくは、“修繕士を国の戦略にどう組み込むか”の決定だ。
覚悟しておけ」
 胸が重くなる。
 辺境でただのんびり暮らしていたはずが、今は国の未来を左右する立場。
(僕は……選ばなきゃいけないんだ)
 修繕の力で、王国の盾となるのか。
 それとも――別の道を探すのか。
 答えを出す時が、迫っていた。 
第19話 国王からの密命 ― 修繕士の進むべき道
 夜の王城。
 豪奢な廊下をロイに導かれ、僕は玉座の間へと足を踏み入れた。
 赤い絨毯の先、玉座に座る国王が静かにこちらを見据えている。 背後には数人の重臣が控えていたが、宰相ドレイクの姿はなかった。
「来たか、修繕士リオン」
 低く響く声に、背筋が自然と伸びる。
「まずは感謝を伝えよう。そなたの力により《機神兵》が蘇り、王国は大きな希望を得た」
 国王はゆっくりと言葉を続けた。
「だが同時に、それは危うさも孕む。機神の力は、国を救うか、滅ぼすか――すべてはそなた次第だ」
 その瞳は、威厳と同時に深い憂いを宿していた。
「……僕は人を傷つけるために修繕をしてきたわけじゃありません。
これからも、そのつもりはありません」
 正直な気持ちを告げると、王の唇がわずかに緩んだ。
「うむ。だからこそ、そなたに頼みたい」
 王が手を挙げると、騎士が一枚の地図を広げた。 王都から遠く離れた国境付近。そこには赤い印が記されている。「敵国アルヴェリアが、国境の砦に兵を集めつつある。魔導兵器の残骸を掘り起こし、戦力に加えようとしているとの報せだ」
 ロイが険しい顔で付け加える。
「もしそれが本当なら、戦争は避けられません」
 胸が冷たくなる。
 辺境で村を守っていただけの僕に、国境の戦いを左右する使命が託されようとしている。
「リオン。そなたに密命を下す」
 国王の声が、広間に重く響いた。
「国境へ赴き、敵の手に渡る前に遺物を修繕し、我らのものとせよ」
「……僕が、国境へ……?」
「そうだ。そなたの力ならば、崩壊した魔導兵器を蘇らせられる。
味方につければ我が国は優位に立てるだろう」
 僕は思わず拳を握りしめた。
(村を守りたいと願っただけなのに……今は国の未来を背負えと…
…?)
「拒むこともできる。だがその場合、機神の制御権は王国が預かることになるだろう」
 王の声は淡々としていたが、逃げ場を残さぬものだった。
 沈黙。

 重苦しい空気の中、ロイが小さく言った。
「……リオン。選べ。だが、どんな決断をしても俺はお前を支える」
 胸の奥が熱くなる。
 僕は深呼吸し、国王を真っ直ぐに見据えた。
「分かりました。僕は――」
 言葉を続けようとしたその瞬間、玉座の間の扉が乱暴に開かれた。
「陛下! 緊急の報告です!」
 駆け込んできた兵士が叫ぶ。
「国境の砦が……すでに敵国の奇襲を受け、陥落寸前とのこと!」
 広間に衝撃が走った。
 国王が立ち上がり、ロイの瞳が鋭く光る。
 そして僕は悟った。
 選ぶ時間すら残されていない――戦いは、すでに始まっていたのだ。
第20話 国境の砦へ ― 修繕士、初陣!
 夜明け前。
 王都を発った馬車の列が、国境へと続く荒野を駆けていた。
 空はまだ暗く、東の地平線がうっすらと白み始めている。
「……本当に行くんだな、リオン」
 隣に座るロイが、静かに言った。
「はい。逃げるわけにはいきません。村を守りたいなら、国をも守らなきゃ」
 自分の声が少し震えていた。
 けれどそれは恐怖だけじゃない。胸の奥には、不思議な高揚感もあった。
 数時間後。
 国境の砦が見えてきた。
 石造りの高い防壁はあちこち崩れ、煙が立ち上っている。
 敵国アルヴェリアの兵が迫り、矢が飛び交い、魔法の光が空を走っていた。
「やばいな……持ってあと数時間ってところか」
 ロイが低く呟く。
 僕は馬車を降り、深く息を吸った。
「……行きましょう」
 砦の中は混乱していた。
 血に染まった兵士、折れた剣を握る騎士、倒れた仲間を必死に運ぶ者。
「だめだ、武器がもたねえ!」
「盾が割れた! もう守れない!」
 絶望の声が飛び交う。
 その中に飛び込み、僕は叫んだ。
「僕が直します! 壊れた武具をここに!」
 最初は誰も信じなかった。
 だが、目の前で折れた槍を〈修繕〉で繋ぎ直すと、兵士の目が見開かれた。
「な、直った……! いや、それ以上だ!」
 次々と武具が運ばれてくる。
 剣、盾、鎧、魔導具……すべてが光に包まれ、新たな力を宿して蘇っていく。
「突撃だぁぁ!」
 修繕された武具を手にした兵士たちが、一斉に雄叫びを上げて前線へ駆け出した。
 剣は敵の刃を弾き、盾は火球を受け止め、鎧は矢をはじく。
 絶望しかなかった砦に、再び希望の炎が灯った。「すげえ……俺たち、まだ戦える!」
「修繕士様だ! 修繕士様がいるぞ!」
 歓声が広がり、士気が一気に高まる。
 その時だった。
 敵陣の奥から、巨大な影が現れた。
 鉄の外殻に覆われた四足獣のような姿。
 背には砲塔を載せ、目には赤い魔力の光。
「なっ……あれは、アルヴェリアの魔導兵器だ!」
「まさか……奴らも遺物を掘り起こしていたのか!」
 砦が再び絶望の声に包まれる。
 僕は歯を食いしばった。
(ここで立ち止まるわけにはいかない……!)
「アークレア!」
 僕の声に応じ、背後で大地が揺れた。
 古代機神兵アークレアが、ゆっくりと姿を現す。
 砦の兵たちが息を呑み、敵もまた足を止める。
 赤い双眸が輝き、巨人は静かに僕へ頭を垂れた。
「命令を」
 僕は拳を握りしめ、叫んだ。「――敵の魔導兵器を止めろ!」
 次の瞬間、機神兵が大地を踏み鳴らし、砦を震わせながら前線へと歩み出した。
 辺境の修繕士にすぎなかった僕の初陣が、こうして始まった。 
第21話 機神兵 vs 魔導獣兵器 ― 国境の激突 大地が揺れる。
 機神兵アークレアが前に進むたび、砦の石壁が震え、兵士たちが息を呑んだ。
「う、動いている……!」
「本物の古代機神だ……!」
 その圧倒的な存在感に、味方も敵も言葉を失っていた。
 一方、敵陣から現れた魔導獣兵器は、鉄の四足獣に砲塔を載せた異形。
 口から赤い魔力を凝縮した光を漏らし、唸り声を上げる。
「グオオオオオオッ!」
 砦の兵士たちが恐怖に後ずさった。
「アークレア!」
 僕は叫ぶ。
「敵の魔導兵器を押さえ込んで!」
「承認――命令を実行する」
 アークレアが巨腕を振り下ろし、大地を割る轟音とともに突進した。
 魔導獣兵器も咆哮を上げ、背の砲塔から赤い光弾を放つ。 ドガァァァァン!
 衝撃波が砦を揺るがし、兵士たちが必死に身をかがめた。
「アークレア、大丈夫か!?」
 僕が叫ぶと、巨人は盾のように腕を掲げ、光弾を受け止めていた。
 装甲は黒く焦げているが、倒れる気配はない。
「損傷――軽微。戦闘続行可能」
 機械的な声に胸をなでおろす。
「よし、今度はこちらから!」
 アークレアが巨腕を振り抜くと、魔導獣兵器が地面に叩きつけられた。
 だがすぐに起き上がり、背の砲塔を大きく展開する。
「まずい……! あれは一斉砲撃だ!」
 ロイが顔を青ざめさせた。
 次の瞬間、無数の光弾が雨のように降り注いだ。
 砦の兵たちが叫び声を上げる。
「もうだめだ!」
「避けられない!」
「……僕がやる!」
 僕は駆け出し、砦に並ぶ破損した盾や壁の残骸に手をかざした。
「〈修繕〉――連結!」

 光の糸が走り、砕けた石壁や盾がつながり、巨大な光の防壁を形作った。
 ドドドドドッ!
 光弾が防壁に直撃し、まぶしい閃光が広がる。
「なっ……耐えている!?」
「修繕士様が防いでるんだ!」
 兵士たちの声が、再び士気を取り戻させていく。
「アークレア、今だ!」
「承認――反撃開始」
 機神兵が巨体を揺らし、胸部から青白い光を放った。
 凝縮された魔力が槍のように伸び、魔導獣兵器を貫く。
 ガガガガァァァン!
 爆炎が巻き起こり、敵の魔導獣兵器が崩れ落ちた。
 地鳴りのような轟音が響き、戦場に静寂が訪れる。
「か、勝った……!」
「修繕士様だ! 本物の救世主だ!」
 砦の兵士たちが歓声を上げ、武器を掲げた。
 僕は膝に手をつき、大きく息を吐く。
(……やっと、止められた) しかし胸の奥には、不安が消えなかった。
 今の戦いで、僕の力も、機神兵の存在も――敵国に知られてしまったのだ。
 勝利の声の裏で、確実に戦争の炎が広がり始めていた。 
第22話 戦の影 ― 敵国アルヴェリアの動き
 ――アルヴェリア王国、黒鉄の城砦。
 暗く冷たい会議室に、将軍や魔導師たちが集まっていた。
 長い石の卓上には、砕け散った魔導獣兵器の残骸が並べられている。
 煙の匂いがまだ漂うそれを見下ろし、将軍の一人が怒声を上げた。
「馬鹿な! 最新の魔導獣兵器が、一撃で沈められただと!? いったい何者だ!」
「報告によれば……王国が蘇らせた古代機神兵だそうです」
 怯えた声で答えた兵士に、場がどよめいた。
「古代機神兵……!? まさか、千年前の遺物が動いたというのか」
「信じがたいが、確かに砦の兵からの証言でも確認されている。そして……」
 兵士は一枚の羊皮紙を差し出した。
 そこには、戦場で人々が叫んだ名前が記されていた。
『修繕士リオン』
「修繕士……? 聞いたこともない職だ」
「いや、噂では小さな村で壊れた道具を直していた者だという」
「そんな小僧が……我らの兵器を打ち倒したと!?」 怒りと困惑が入り混じり、将軍たちの声が飛び交う。
 やがて一人の女魔導師が口を開いた。
 白銀の仮面をかぶり、全身を黒衣で覆った異様な存在。
「……面白いではありませんか。修繕士。古代の遺産すら蘇らせる力……」
 その声は甘く響きながらも冷たく、背筋を凍らせるようなものだった。
「ならば我らも、その力を手に入れるまで。方法は二つ――奪うか、堕とすか」
「だがどうやって……」
 将軍の一人が言いかけた時、女魔導師は静かに笑った。
「リオン……という名の若者は、決して王都の生まれではない。辺境の村を拠点としていたそうです」
 その一言で、場が凍りついた。
「……まさか」
「そう、その村を狙えばいい」
 仮面の奥の瞳が赤く光った。
「国境での敗北など些細なこと。修繕士の心を折り、力を我らのものとする……。そのための舞台は、すでに整いつつあります」
 ◇ ◇ ◇
 一方その頃、王国の砦では――。
 勝利の余韻に包まれる兵士たちの中で、僕はひとり胸の奥のざわめきを抑えられずにいた。
(敵は必ず、僕を狙ってくる。……そして、村も)
 ふと遠くの空を見上げる。
 夜の帳の向こう、黒い雲がじわりと広がっていくような気がした。
「……みんな、無事でいてくれ」
 その祈りは、まだ届かない。
 確実に、次なる嵐が迫っていた。

第23話 暗雲迫る ― 辺境の村の危機
 ――辺境の小さな村。
 修繕士リオンが王都へと旅立ってから数週間。
 村は以前よりも整備され、畑には新しい道具が並び、水車小屋も元気に回っていた。
 リオンが残していった修繕の恩恵が、人々の暮らしを守っていたのだ。
「リオンさんのおかげで、今年の収穫はきっと豊かになりますね」
「ええ、また帰ってきたら驚くでしょう」
 村人たちは笑顔を交わしながらも、心のどこかで彼の不在を寂しく思っていた。
 その夜。
 村の外れで見張りをしていた青年が、森の中に奇妙な灯りを見た。
「……火? いや、あれは……」
 赤黒い光が木々の間を漂い、不気味な影が幾つも揺れている。
 次の瞬間、闇から黒い外套の一団が現れた。
「報告通りだな。ここが“修繕士”の出身地か」
「油断するな。奴を縛るには、この村を掌握するのが一番だ」 低い声が夜風に混じり、青年の背筋に冷たい汗が流れた。 翌朝。
 村長の家に、見張りの青年が駆け込んだ。
「村長! 昨夜、森に怪しい影を見ました! きっと盗賊か、敵国の兵に違いありません!」
 村長は深刻な顔をして頷く。
「……やはり来たか。リオンが王都で名を上げれば、必ずここも狙われると思っておった」
 村人たちがざわめき、不安が広がる。
 しかし老人は拳を握りしめた。
「だが、守らねばならん。この村は……リオンが命を懸けて守った村じゃ」

 一方その頃。
 敵国アルヴェリアの仮面の女魔導師は、森の奥で手下を率いていた。
「修繕士リオン。お前を支える拠点を潰せば、いずれ心は折れる。
 我らが望むのは、ただ一つ――その力だ」
 紅い瞳が妖しく光り、黒い瘴気が森に広がっていく。
 その気配は確実に、村へと忍び寄っていた。
 ◇ ◇ ◇
 国境の砦にて。
 勝利の後も修繕を続けていた僕は、不意に胸騒ぎを覚えた。(……村が呼んでいる?)
 説明のつかない不安が、強く強く胸を締めつけた。
 そしてその直感は、決して間違いではなかった。

第24話 救援の決意 ― 修繕士、故郷へ帰還 国境の砦。
 修繕作業に追われていた僕のもとに、一人の斥候が駆け込んできた。
「リオン殿! 報告です! 辺境の村に、不審な影が迫っているとの情報が――!」
 心臓が跳ね上がった。
「……村に!?」
 砦の喧噪が遠のき、耳の奥で血の音だけが響く。
 まさか――予感は当たっていたのだ。

「敵はアルヴェリアの工作部隊と見られます」
 斥候の声は冷静だったが、僕の胸は焦燥でいっぱいだった。
 あの村は、僕の始まりの場所。
 壊れた道具を直して笑顔をもらった場所。
 守ると誓った――大切な人々が暮らす場所。
 僕は迷わず口を開いた。
「ロイさん! すぐに村へ戻らせてください!」
 ロイは険しい顔で僕を見つめた。
「……国境はまだ不安定だ。お前が抜ければ戦線が揺らぐぞ」「分かってます。でも……僕にとって村は全てなんです。
 守れなかったら、何のために修繕を続けてきたのか分からない!」
 声が震えていた。
 けれどその奥には、揺るぎない決意があった。
 しばしの沈黙の後、ロイは小さく息を吐いた。
「……やはりそう言うと思った。ならば俺も行く。勝手に死なれるわけにはいかないからな」
 その言葉に胸が熱くなった。
「ありがとうございます……!」
 すると背後で、低い機械音が響いた。

「……主、帰還を望むのか」
 機神兵アークレアが、ゆっくりと膝をついた。
「はい。僕の村を守りたいんです」
「承認。目的を共有。村の防衛に向かう」
 その声は無機質でありながら、不思議と温かかった。
 ◇ ◇ ◇
 翌朝。
 王都から派遣された小規模の騎士団を伴い、僕たちは村へ向かうことになった。
 砦を離れる馬車の中で、僕は強く拳を握る。(必ず守る。あの村を……僕の居場所を!)
 遠く、朝焼けの空に黒い雲が漂っていた。
 それはまるで、村に迫る暗雲そのもののように見えた。

第25話 黒き影、村へ ― 修繕士の帰還戦
 村の近くに差しかかったとき、僕は息を呑んだ。
 あの懐かしい畑や水車小屋の向こう――空に黒煙が立ち昇っていた。
 子どもたちの笑い声が響いていた広場からは、悲鳴が風に乗って届いてくる。
「……間に合わなかったのか」
 胸が冷たくなる。
「リオン!」
 ロイの鋭い声が僕を現実に引き戻した。

「まだ終わっていない。救える命は残っている!」
 その言葉に我に返り、僕は大きく頷いた。
 村の門をくぐると、そこには黒い外套をまとった敵兵の姿があった。
 仮面をつけた女魔導師の配下――アルヴェリアの闇部隊だ。
「ここが修繕士の故郷か。噂通り質素な村だな」
「燃やせ! 従わぬ者は捕らえろ!」
 奴らの剣が振り下ろされ、家々に火が放たれていく。
 村人たちは怯え、必死に逃げ惑っていた。
「やめろぉぉぉ!」
 僕は叫び、前に飛び出した。
「リオンさん!」
 泣きながら駆け寄ってくる子どもを抱きとめ、僕は敵兵の前に立ちふさがった。
「……お前が修繕士リオンか」
 敵兵の一人が冷たい声で吐き捨てる。
「我らの主は、お前の力を欲している。抵抗せずに来るなら、村の命は助けてやろう」
 その言葉に、背筋が凍る。
 村を人質に、僕を従わせようというのだ。

 けれど迷う余地はなかった。
「ふざけるな! 僕は……この村を守る!」
 その瞬間、地面が震えた。
 巨人の影がゆっくりと現れる。
 ――機神兵アークレア。
 赤い双眸が敵兵を睨みつけ、その圧に彼らが一斉にたじろぐ。
「主の命令を」
 アークレアの低い声が響く。
 僕は拳を握りしめ、力強く叫んだ。
「村を守れ! この黒き影を、一人残らず追い払え!」 轟音とともに巨腕が振り下ろされ、敵兵の列が吹き飛んだ。
 火に包まれた家を、僕は次々と〈修繕〉して炎を鎮めていく。
 割れた水瓶を直し、井戸を蘇らせ、村人たちが水を運んで火を消す。
「リオンさんが……帰ってきた!」
「もう大丈夫だ、負けない!」
 絶望に沈んでいた村人たちの瞳に、再び光が戻っていった。
 だがそのとき、広場に立つ黒衣の魔導師が冷たく笑った。
「なるほど……やはりただ者ではないな、修繕士」
 仮面の下から、紅い瞳が妖しく光る。

「面白い。ならば、私自ら相手をしよう」
 周囲の空気がねじれ、黒い魔力の奔流が村を覆った。
 村の救援は、ただの戦いでは終わらない。
 ここからが本当の――修繕士と敵国の闇との激突だった。第26話 仮面の魔導師 ― 修繕士との対峙
 村の広場に立つ黒衣の影。
 仮面をつけた女魔導師が、ゆっくりと杖を掲げた。
「修繕士リオン……ようやく会えたな」
 冷たい声が、空気を震わせる。
 村人たちが息を呑み、怯えて後ずさる。
「お前が……この村を狙ったのか」
 僕は歯を食いしばり、彼女を睨みつけた。
「狙ったのは村ではない。“お前”だ。力を持たぬ者を守ろうとする愚かしさ……その甘さこそが、私にとって最高の餌となる」
 仮面の奥から覗く紅い瞳が、妖しく輝いた。
「アークレア!」
 僕の声に応じ、機神兵が巨体を揺らして前に出る。
 だが魔導師は、ひるむどころか不敵に笑った。
「古代機神を従えるか……。だが忘れるな。千年前、我らの祖が機神を滅ぼしたことを」
 彼女が杖を振ると、地面から黒い鎖のような魔力が立ち上がり、アークレアの腕に絡みついた。
「ぐ……!」
 巨体がきしみ、動きが鈍る。
「主、抑制……作動」
 機械音のような声が響き、アークレアの光が揺らいだ。
「やめろ! アークレアは僕の仲間だ!」
 僕は咄嗟に叫び、両手を鎖に向ける。
「〈修繕〉!」
 光が走り、黒い鎖がひび割れ、次々と砕け散っていく。
 アークレアが再び立ち上がり、低く唸った。
「主の命令を」

「村を守れ! この魔導師を近づけさせるな!」
 轟音とともに巨腕が振り下ろされ、女魔導師との衝突が始まった。
 しかし彼女は素早く身を翻し、黒い炎を生み出す。
 その炎は木々や家屋を焼くだけでなく、触れたものの“命”そのものを蝕んでいくようだった。
「直せるか? 修繕士よ」
 挑発的な声が広場に響く。
 僕は咄嗟に駆け寄り、炎に包まれた木の家に手をかざした。
「〈修繕〉!」
 炎は霧散し、家屋が元の姿を取り戻す。
 村人たちが歓声を上げた。
「やっぱり……お前の狙いは僕の力を試すことか」
「ふふ……そうだ。試し、削り、やがて奪う。お前が守ろうとするほどに、その力は私のものとなる」
 ロイが剣を抜き、僕の隣に立った。
「リオン、一人で背負うな。俺も戦う!」
「ありがとう、ロイさん……でも気をつけて。相手はただの魔導師じゃない」
 黒い仮面が、不気味に月明かりを反射する。

 村を舞台にした戦いは、ついに“宿敵との対峙”へと変わろうとしていた。
第27話 守る力、奪う力 ― 修繕士の限界
 黒衣の女魔導師が振るう黒炎が、次々と村を飲み込んでいく。
 井戸、畑、木の家……人々の暮らしそのものが蝕まれていくのを、僕は見過ごせなかった。
「〈修繕〉――!」
 手をかざすたびに光が走り、崩れた家は元通りに、燃え尽きた畑は青々と芽吹きを取り戻す。
 しかしその代償に、体の奥から力が抜け落ちていくのを感じた。
「ほう……際限なく修繕を繰り返すか。だがその身は保たぬだろう」
 女魔導師が仮面の奥で笑う。
「修繕とは“代償”。壊れたものを直すたび、主の命を削っているのだ」
「なっ……!」
 ロイが息を呑む。
「リオン、お前……そんな無茶を!」
 僕の呼吸は荒く、額には汗が滲んでいた。
 それでも――。
「構いません……! この村を守れるなら……!」
 アークレアが敵の炎を拳で払い、村人を守る。
 だがその装甲も焦げ、ひびが入っていく。
「損傷率、上昇……」
 巨人の声が淡々と響く。
「アークレア……!」
 僕は駆け寄り、そのひびに手をかざす。
「〈修繕〉!」
 光が走り、装甲が再生する。
 だが同時に、胸を締めつけるような痛みが走った。
 視界がかすみ、足元がふらつく。
「見ろ! 守れば守るほど、その身は削られる!」
 女魔導師が高らかに叫んだ。
「修繕士よ、お前の力は“守る力”ではなく、“奪う力”だ。己の命を差し出し、誰かを救う――愚かで愛おしい力だ!」

 嘲笑が村に響く。
 村人たちが怯え、涙ぐみながら僕を見ていた。
「リオンさん……もうやめて……」
「あなたがいなくなったら、私たちは……」
 その声が胸に刺さる。
(僕は……守るために力を使ってきた。でも、そのせいで自分が消えてしまうなら……?)
 一瞬、心が揺らいだ。
 その隙を狙い、女魔導師が黒い槍を放つ。「死ぬがいい、修繕士!」
 ロイが叫んだ。
「リオン、避けろ!」
 だが僕は、一歩も退かなかった。
 代わりに両手を広げ、迫り来る黒槍に手をかざす。
「……〈修繕〉!」
 閃光が弾け、黒槍が砕け散る。
 だが同時に、僕の膝が崩れ落ちた。
「リオン!」
 ロイが駆け寄り、肩を支える。

 女魔導師が冷たく嗤った。
「限界は近い。だが良い……その命を削り尽くすまで、私は見届けてやろう」
 村を覆う黒い炎の中、僕は荒い呼吸を繰り返しながら、まだ諦めていなかった。
(僕は……倒れない。この村を、みんなを……守り抜くんだ!)第28話 命の修繕 ― 村人たちの願い
 膝をついた僕を支えながら、ロイが必死に叫んだ。
「リオン! もう無理だ、これ以上は命を削るだけだ!」
「……でも、やめられない……僕がやめたら、村が……」
 声が震え、視界が揺れる。
 それでも、まだ手を伸ばそうとしたその時。
 村人たちが一斉に僕の周りへ駆け寄ってきた。
「リオンさん!」
 涙を浮かべた子どもが、僕の手を握った。
「もう一人で頑張らないで!」

 老婆が、かすれた声で続ける。
「わしらを救うために、命を削らんでよい。今度は、わしらが守る番じゃ」
 青年たちが農具を構え、必死に敵兵の前に立つ。
「リオンさんが村を守ってくれたんだ! 今度は俺たちがリオンさんを守る!」
 その声が重なり、広場全体に広がった。
 女魔導師の紅い瞳が揺れる。
「……人間どもが、この状況で立ち上がるか」 僕は震える手で、子どもの手を強く握り返した。
「みんな……」
 胸の奥に熱いものが込み上げ、崩れかけた意志が再び形を取り戻していく。
(そうだ……僕一人で戦ってるんじゃない。僕の力は、みんなの願いで強くなるんだ)
「アークレア!」
 僕は叫んだ。
「村人たちの願いを力に変えて! この村を守り抜け!」
「承認。主の願いを最優先とする」
 機神兵が再び立ち上がり、光を放った。

 その光は僕だけではなく、村人たちをも包み込む。
 砕けた農具が修繕され、まるで武器のように輝き始めた。
 小さな鍬も、大きな鋤も、今や村を守る刃と盾だ。
「すごい……!」
「これなら戦える!」
 村人たちが一斉に声を上げ、敵兵へ立ち向かう。
 ロイも剣を抜き、村人たちと肩を並べた。
 その光景を見て、女魔導師が仮面の奥で歯噛みした。
「馬鹿な……人間ごときが修繕の力を共有するなど……!」 黒炎が再び広場を覆う。 けれど、今度は村人たちが声を合わせて叫んだ。
「リオンさん、任せろ!」
 修繕の光と村人たちの意志が重なり、黒炎を押し返していく。
 僕はふらつきながらも立ち上がった。
 村人たちの願いに支えられ、力が再び湧いてくるのを感じる。
「僕の修繕は……命を削るための力なんかじゃない。みんなの願いを繋ぎ直す力だ!」
 光が迸り、黒炎が一気に砕け散った。
 村人たちの歓声が広がり、女魔導師の肩が小さく震えた。
「……なるほど。やはりただの小僧ではないな。ならば――次は、私自らすべてを奪いに行こう」
 不気味な言葉を残し、女魔導師は闇に溶けるように姿を消した。
 静寂の中、村人たちが泣きながら笑顔で僕を囲んだ。
「リオンさん……ありがとう」
「あなたがいてくれる限り、この村は大丈夫だ!」
 僕は膝をつき、みんなの手を握り返した。
(そうだ……僕一人じゃない。みんなと繋がっているから、何度でも立ち上がれる)
 夜明けの光が村を照らし、長い戦いの終わりを告げた。第29話 一時の安息 ― それぞれの胸に灯る光
 戦いの翌朝。
 村の空は、雲ひとつなく澄み渡っていた。
 焼け落ちた家の跡地からは煙がまだ立ち昇っていたが、村人たちの表情には昨夜の絶望ではなく、確かな希望が宿っていた。
「よし、こっちの梁はリオンさんに直してもらおう!」
「いや、俺たちでできる。昨日の力を思い出せば、きっとやれる!」
 壊れた家々を修繕するため、村人たちは自ら手を動かしていた。
 僕は必要なところだけに〈修繕〉を使い、残りはみんなに任せた。
 それが、この村が本当に強くなる方法だと思ったからだ。

 広場では、子どもたちが僕の足にまとわりつきながら笑っていた。
「リオンさん、昨日かっこよかった!」
「黒い炎を消したとき、ぼく泣いちゃったけど……ほんとにヒーローみたいだった!」
 顔が熱くなったけれど、僕は笑って答えた。
「僕一人じゃできなかったよ。みんなが一緒に立ち上がってくれたから、守れたんだ」
 その言葉に、子どもたちが誇らしげに胸を張った。
 村長は、井戸のそばで深いため息をついていた。
「……リオン。おぬしが王都へ行ったと聞いたときは、正直不安じゃった。だがこうして帰ってきて、また村を守ってくれた。……おぬしはもう、この村だけの人間ではないのじゃろうな」
 その声には寂しさと誇りが混じっていた。
 僕は小さくうなずいた。
「ええ……でも、僕の心の中にある居場所は、ずっとここです」
 村長は目を細め、しわだらけの手で僕の肩を叩いた。
 その夜。
 村の復興を祝うかのように焚き火が焚かれ、ささやかな宴が開かれた。
 焼きたてのパンの香り、歌声、笑い声――すべてが温かく胸に沁みた。

 隣でロイが杯を傾けながら言った。
「……お前の修繕は、物だけじゃなく人の心まで繋いでいるようだな」
「心、ですか?」
「ああ。村人たちの顔を見ろ。昨日まで絶望していたのに、今はお前を信じて笑っている」
 焚き火の光に照らされた笑顔たちは、確かに力強かった。
 空を見上げると、星が村を覆うように瞬いていた。
(この安らぎを、ずっと守りたい……)
 胸の奥で願いを噛みしめたとき、アークレアの低い声が響いた。「主。安息は一時に過ぎぬ。次なる戦いは必ず訪れる」
「……分かってる。でも、この時間があるから僕は戦えるんだ」
 星空を見上げながら、心に小さな灯がともるのを感じた。
 それは――再び立ち上がるための希望の光だった。

第30話 王都からの召集 ― 修繕士に課される新たな使命
 村の復興が進み、ようやく人々の笑顔が戻ってきた頃。
 朝靄の中、一騎の馬が土煙をあげて村へ駆け込んできた。
「王都からの急報だ!」
 騎士が馬から飛び降り、息を切らせながら広場に集まった人々へ声を張り上げた。
 その表情は険しく、ただならぬ事態を告げていた。
「修繕士リオン殿!」
 騎士が僕を見つけ、巻物を差し出す。
「これは陛下より直々の召集状。至急、王都へ戻られよとの命です

!」
 村人たちがどよめいた。
「またリオンさんを……?」
「今度は何が起きたんだ……」
 僕は巻物を受け取り、封を切った。
 そこには王の署名とともに、厳しい文言が記されていた。
『修繕士リオン、速やかに王都へ参上せよ。
 他国の影は深まり、王国の未来を左右する試練が迫っている』
「リオン……」
 ロイが小さく呼びかけた。 僕は巻物を握り締め、深く息を吸った。
「……分かりました。行きます」
 村人たちの視線が、一斉に僕に注がれる。
 寂しげな目、心配そうな顔、そして誇らしげな笑み。
「リオンさん、行ってきてください!」
「私たちはもう大丈夫。昨日だって一緒に戦えたんですから!」
「だから……帰ってきてね」
 その言葉に、胸が熱くなる。
 出立の準備を終え、村の門を出るとき。
 アークレアが背後から低く告げた。

「主。王都の呼び声は、戦乱の兆しに等しい」
「……そうだろうな。でも、避けては通れない。
 この村を守るためにも、僕は国の中枢と向き合わなきゃならないんだ」
 巨人の赤い瞳が静かに輝き、無言の承認を示した。
 村人たちの声援を背に、僕は再び王都へと馬車を進めた。
 あの安らぎの日々は一時のもの――けれど、胸に残る灯は消えない。
(必ず守る。この村も、王国も。修繕の力で、僕にできる限りのすべてを)
 王都からの召集は、新たな戦いの始まりを告げていた。

第31話 王宮会議 ― 修繕士を巡る決断
 再び訪れた王都は、前回よりも緊張感に包まれていた。
 城門をくぐると、広場には兵士たちが慌ただしく行き交い、空気は重苦しい。
 敵国アルヴェリアの影が、確実に迫っているのだと感じた。
 僕は王宮の大広間へ通され、王と重臣たちの前に立った。
 黄金の椅子に腰かける国王は、鋭い眼差しで僕を見据えていた。
「修繕士リオン。そなたの力はすでに国中に広まっておる」
 国王の声は重く、広間全体に響き渡った。
「敵国はそなたを狙い、村すら襲撃した。――このままでは、王国の未来すら危うい」

 宰相が一歩前に出て言葉を続ける。
「ゆえに陛下は決断を下されました。リオン殿、あなたを“王国直属の守護官”として任じたい」
 広間がざわめいた。
「守護官……!」
「それは、国の象徴たる役職ではないか!」
 僕は驚きに息を呑んだ。
「守護官……僕が?」
「そうだ」宰相が頷く。
「修繕の力は、国の柱となりうる。だが同時に危うい。そなたが独りで動けば、国はその力を制御できぬ。ゆえに陛下は“王国の名の下”にその力を使ってほしいと願っておられる」
 王の眼差しが真っ直ぐに僕を射抜く。
「リオン。これは国を救うための使命である。――受ける覚悟はあるか」
 広間の視線が一斉に僕に注がれた。
 貴族たちの中には賛成の目もあれば、嫉妬や警戒の光もある。
 彼らにとって僕は“英雄”であると同時に、“制御不能の存在” でもあった。
(僕が守護官に……王国を背負うなんて……)
 胸が重くなる。
 だが思い浮かんだのは、村人たちの笑顔だった。100
(村を守るためにも、この力を国と繋げる必要がある。逃げるわけにはいかない……)
 僕は深く息を吸い、はっきりと答えた。
「……僕にできることなら、やります。国も、村も、守るために」
 広間に静寂が走り、やがて国王が大きく頷いた。
「よくぞ言った。――この瞬間より、そなたを“修繕の守護官”とする!」
 高らかな宣言に、兵士や文官たちが一斉に拍手を送った。
 けれどその陰で、冷たい視線を向ける者たちもいた。
「……王国の犬となったか、修繕士」
 広間の隅で、誰かが低く呟いた。
 僕は振り返らなかった。
 ただ前だけを見据え、心に誓った。
(必ずやり遂げる。この力で、人々の未来を繋いでみせる!)

第32話 修繕の守護官 ― 新たな仲間と試練
 王の宣言から数日後。
 僕は王宮の一角に用意された執務室にいた。
 豪華な机や棚に囲まれても、心は落ち着かない。
 辺境の村で釘を打ち直していた自分が、いまや国の守護官……。
 重みを感じずにはいられなかった。
「リオン殿、失礼いたします!」
 扉を開けて入ってきたのは、若い騎士だった。
 栗色の髪に真剣な瞳。緊張で背筋を張りつめている。
「私はルシア・ヴァレンティーノ。陛下の命で、修繕の守護官殿に仕えることになりました!」102
 丁寧に頭を下げる姿に、僕は慌てて立ち上がる。
「し、仕えるって……僕に?」
「はい! 私は剣しか取り柄がありませんが、命に代えてもお守りします!」
 まっすぐな瞳に圧倒され、僕は苦笑いを浮かべた。
「守られるなんて柄じゃないんだけどな……。でも、ありがとう。
よろしく頼むよ」
 さらに別の日。
 王都の魔術師団から派遣された女性がやって来た。「わたしはセリーヌ。修繕士殿の研究担当を任されました」
 白衣の裾を翻し、冷静に名乗る。
「あなたの力は国にとって未知そのもの。記録し、分析しなければなりません」
「え、研究って……僕を調べるの?」
「当然です。力が国を救うか、滅ぼすかは、あなた次第なのですから」
 厳しい口調だったが、その目には好奇心と責任感が光っていた。
 ルシアとセリーヌ。
 新たに加わった仲間たちと共に、僕は“守護官”としての第一歩を踏み出した。103
 しかし安堵も束の間。
 執務室に飛び込んできた伝令が、息を切らして叫んだ。
「修繕の守護官殿! 王都近郊の橋が爆破されました! 犯人はアルヴェリアの工作兵と見られます!」
 僕はすぐさま立ち上がった。
「橋……!? あの橋は交易の要だ。放っておいたら王都が孤立してしまう!」
 セリーヌが険しい顔で言った。
「修繕士殿、初任務ですね。直せますか?」
「直すしかない! 壊されたものを繋ぎ直すのが、僕の役目だから
!」
 ルシアが剣を抜き、力強く声を張った。
「私が護衛します! 一緒に参りましょう!」
 仲間たちの心強い声に、胸の奥で灯が大きく燃え上がる。
 僕は深く頷き、決意を固めた。
(村だけじゃない……この国全てを守る。そのために、“修繕の守護官”になったんだ!)
 新たな使命が、今まさに幕を開けようとしていた。

第33話 崩れた橋 ― 修繕士の初任務
 王都から半日。
 僕たちが到着したのは、深い渓谷をまたぐ巨大な石橋だった。 かつては商人や旅人が行き交い、王都と地方を繋ぐ重要な道。
 しかしその橋は、無残に砕け落ちていた。
「……ひどい」
 瓦礫が谷底に散らばり、残った橋脚も黒焦げになっている。
 炎と爆薬による破壊だと一目で分かった。
「これでは商隊も兵の補給も止まってしまう」
 セリーヌが険しい顔で呟く。
「アルヴェリアの狙いは明白ですね。王都を孤立させるつもりです」 105
 そのとき、瓦礫の影から矢が飛んだ。
「敵だ!」
 ルシアがすぐに剣で弾き、駆け出した。
 森の中から現れたのは、黒衣の工作兵たちだった。
「修繕士を阻止しろ! あの橋を直されては困る!」
「やっぱり狙いは僕か……!」
 胸の奥が冷たくなる。
「リオン殿、修繕に集中を!」
 ルシアが叫び、剣を振るって敵兵を押し返す。 セリーヌも魔術で防壁を展開し、僕の周囲を守ってくれた。
「急ぎなさい! 橋を直せばこちらに有利になる!」
「分かりました!」
 僕は深呼吸し、崩れ落ちた橋に両手をかざした。
「〈修繕〉――繋がれ!」
 光の糸が奔り、谷底に散らばった瓦礫が空中を舞い上がる。
 砕けた石が組み合わさり、ひび割れた橋脚が再び形を取り戻していく。
「す、すごい……!」
 守りを固めていた兵士が思わず息を呑んだ。106
 だが同時に、胸を締めつける痛みが走る。
 橋の規模は大きく、修繕の負担も膨大だ。
(耐えろ……この橋を繋ぎ直せば、人々の暮らしも、国も守れる!)
「阻止しろぉぉ!」
 敵兵の一人が叫び、爆薬を抱えて橋脚へ突進してきた。
「させない!」
 ルシアが剣を構え、激しく火花を散らす。
「リオン、急げ!」
 セリーヌの声に背を押され、僕はさらに光を強めた。「……あと少し……!」
 最後の欠片がはまり込み、眩い光とともに橋が完全な姿を取り戻す。
 大地を揺るがすような轟音が響き、橋は堂々と渓谷を跨いだ。
「や、やった……!」
 兵士たちが歓声を上げた瞬間、敵兵たちが一斉に撤退を始めた。
「撤退しろ! 修繕士の力は本物だ!」
 崩れたはずの橋が蘇った光景に、味方の兵も村人も声を震わせた。
「これが……修繕の守護官……!」
「本当に国を救う力だ!」

 汗だくになりながらも、僕は微笑んだ。
「……よかった。これで、繋がった」
 渓谷に吹き抜ける風が、どこか祝福のように感じられた。第34話 敵の策謀 ― 闇に潜む影
 渓谷の橋を修繕し終えたその夜。
 僕たちは野営地に戻り、ほっと息をついていた。
 兵士たちは焚き火を囲み、笑顔で戦勝を語り合っている。
「リオン殿、よくぞやり遂げました!」
 兵士長が頭を下げる。
「この橋が戻ったことで、補給路は再び繋がりました。王都は救われます!」
 僕は苦笑して首を振った。
「僕一人の力じゃありません。ルシアさんやセリーヌさん、みんなが守ってくれたから……」108
 安堵の空気が広がる。
 ――だが、その裏では。
 ◇ ◇ ◇
 敵国アルヴェリア。黒鉄の城砦。
 仮面の女魔導師は、暗い大広間で冷たい声を響かせていた。
「……やはり修繕士は厄介だ。橋を直されれば、我らの策は台無しだ」
 膝をつく部下たちが怯えながら答える。
「も、申し訳ございません……奴の力は想定以上で……」 女魔導師はゆっくりと杖を床に突いた。
 カンッ、と乾いた音が響き、部下たちの背筋が凍りつく。
「責めはしない。だが次は失敗を許さぬ。修繕士を討つための“器
”を用意するのだ」
「……“器”、でございますか?」
 一人の将軍が恐る恐る尋ねる。
「そうだ。彼の力を上回るには、彼と同じ――“修繕”を模倣する力を持つ存在が必要だ」
 仮面の下の口元が、不気味に笑みに歪んだ。
「人造の修繕士を作り出す。奪った命と器を繋ぎ合わせ、我らの忠 109
実な兵としてな」
 その言葉に、広間の空気が凍りついた。
 ◇ ◇ ◇
 一方その頃。
 野営地の焚き火の前で、ルシアが剣を磨きながら僕に尋ねた。
「リオン殿、これからも敵はあなたを狙い続けるでしょう。……恐ろしくはないのですか?」
 僕はしばし考え、正直に答えた。
「怖いです。でも、守りたいものがあるから、立ち止まれません」 その言葉に、ルシアの瞳が揺れた。
「……私も同じです。あなたが立ち止まらぬなら、私はその背を守り続けます」
 焚き火の炎が、彼女の横顔を照らしていた。
 そのとき、セリーヌが巻物を手に近づいてきた。
「リオン、王都から新たな報せです」
 差し出された巻物には、震えるような文字が記されていた。
『敵国アルヴェリア、禁忌の術により“不明の兵”を製造しているとの情報あり』
 僕は息を呑んだ。110
「……まさか、敵も修繕の力を……?」
 胸の奥に、不気味な予感が広がっていった。
第35話 影の修繕士 ― 禁忌の兵器 翌朝。
 王都への帰路を急いでいた僕たちは、森の中で異様な気配を感じ取った。
 鳥の鳴き声が途絶え、風さえ止まったかのような静けさ。
「……何か来る」
 ルシアが剣を抜き、周囲を警戒する。
 次の瞬間、闇そのものが森の奥から染み出すように現れた。
 それは人の姿をしていた。
 だが瞳は虚ろで、全身を黒い鎖のような模様が覆っている。

「リオン……」
 セリーヌが声を震わせた。
「……噂は本当だった。アルヴェリアは“人造の修繕士”を生み出したのよ」
 その存在はゆっくりと手を掲げ、枯れた木に触れた。
 すると、木は瞬時に青々と葉を茂らせた。
 ――修繕の力。僕と同じ力が、そこにあった。
「な……!」
 思わず息を呑む。
「対象確認……修繕士リオン」
 無機質な声が闇の中から響いた。
「命令――排除」
 影の修繕士が腕を振るうと、地面のひび割れが光り、石が組み合わさって鋭い刃となった。
 まるで破壊と修復を同時に操るかのように。
「来るぞ!」
 ロイが前に出て剣で受け止める。
 激しい衝撃に腕が痺れるほどだった。
「リオン殿、これは……!」
 ルシアの声が震える。
「あなたの力を完全に模倣している……!」
 僕は必死に叫んだ。112
「でも違う! あれは“命を繋ぐ”んじゃない。“奪って縛る”修繕だ!」
 影の修繕士が再び手を掲げ、倒木や岩を無理やり繋ぎ合わせ、巨大な怪物のような形を作り出した。
 黒い光に歪められたそれは、生命の気配を持たない不気味な存在だった。
「守る修繕」と「奪う修繕」。
 同じ力を持ちながら、まるで正反対の存在。
 僕は強く息を吸い、仲間たちに叫んだ。
「みんな、力を貸して! 僕は絶対に負けない! “修繕”は壊すためじゃなく、未来を繋ぐための力なんだ!」
 影の修繕士と僕。
 ふたりの〈修繕〉が、ついに正面からぶつかろうとしていた。

第36話 守る修繕、奪う修繕 ― 初めての激突
 森の広場に、光と闇が渦を巻く。
 僕と影の修繕士――同じ“修繕”を冠する存在が、対峙していた。
「命令……修繕士リオン、排除」
 無機質な声が響くと同時に、影の修繕士が両手を地面に突いた。
 ドンッ――!
 大地が裂け、砕けた岩が黒い光で無理やり繋ぎ合わされ、巨大な石の獣となって立ち上がる。
「また“奪う修繕”……!」
 僕は歯を食いしばり、両手を広げる。114
「〈修繕〉――繋がれ!」
 光の糸が奔り、倒れかけた木々が蘇り、兵士たちを守る防壁となる。
 守る修繕と奪う修繕――ふたつの力が、火花のように激突した。
「リオン殿、後ろは任せてください!」
 ルシアが剣を振るい、迫る黒兵を斬り伏せる。
「あなたは影を止めるのに集中して!」
 セリーヌが魔法で火球を放ち、敵の牽制を続ける。
 僕は仲間の声を背に、影の修繕士と向き合った。(同じ修繕でも……目的が違う。あいつは繋ぎ直すふりをして、すべてを“縛り支配する”だけだ!)
「お前には……負けない!」
 僕は叫び、倒れた橋材を光で繋ぎ合わせて槍に変え、石の獣に突き立てた。
 ズガァァァン!
 石の獣は粉々に砕け散る。
 だが影の修繕士は表情ひとつ変えず、再び手を掲げた。
「破壊確認。再構築開始」
 砕けた破片が宙に舞い、今度は兵士の姿を模した黒い人形へと変わっていく。115
「くっ……!」
 その光景に背筋が冷える。
 死をも嘲笑うかのような力だった。
 影の修繕士が無感情に告げる。
「修繕……は奪う力。壊れたものを縛り直すために、代償を差し出す。
 お前の命も、やがては我の糧となる」
「違う! 僕の修繕は、人を繋ぐための力だ!」
 僕は声を張り上げ、胸に手を当てた。
 そこには村人や仲間たちの願いが宿っている。
 その温かさが僕を支えていた。
「アークレア!」
 僕が呼ぶと、森の奥から機神兵が巨体を揺らして現れた。
「主、命令を」
「影を止める! みんなを守るんだ!」
 巨腕が振り下ろされ、黒い人形たちを一掃する。
 だが影の修繕士は一歩も退かず、こちらをまっすぐ見据えていた。
「次回行動――本格的排除」
 無機質な声とともに、闇の気配がさらに濃くなる。

第37話 影との死闘 ― 修繕士の限界試験
 森を覆う空気が、重く淀んでいた。
 影の修繕士が歩を進めるたび、木々は黒く枯れ、地面にひびが走る。
 闇そのものが彼の周囲にまとわりついているようだった。
「修繕士リオン……命の残量を、試す」
 無機質な声が告げられる。
 次の瞬間、影の修繕士の腕が振り抜かれ、黒い鎖が無数に奔った。
「来る!」
 僕は両手を掲げ、叫んだ。117
「〈修繕〉――結合防壁!」
 光が走り、倒れた木々と石片が繋がり合い、光の壁となって仲間を守る。
 しかし鎖は容赦なく突き刺さり、防壁は軋んだ。
「耐えろ……!」
 額から汗が滴り落ちる。
 胸の奥が焼けるように痛み、視界がにじむ。
「リオン!」
 ロイが背後から声をかける。
「もう無理だ、退け! お前の命が削れてる!」
「……退けない! 僕が止めなきゃ、みんなが……!」
 限界を越えた痛みの中でも、僕は立ち続けた。
 影の修繕士が再び地面に手をつき、砕けた岩や枯木を組み合わせて巨大な巨人を作り出す。
 それはアークレアに匹敵するほどの大きさを持っていた。
「……影の機神……?」
 セリーヌが青ざめる。
「修繕の力で造り出した、模造の存在……!」
「アークレア、行け!」
 僕の命令に応じ、機神兵が轟音とともに突進する。

 闇の巨人と光の機神が激突し、大地が揺れた。
「主。防衛優先……戦闘継続困難」
 アークレアの声がわずかに乱れる。
 装甲にひびが入り、光が不安定に瞬いていた。
「アークレア……!」
 僕は駆け寄り、必死に修繕を施す。
 しかし力を注ぐたびに、心臓を掴まれるような痛みが走った。
「はぁ……はぁ……!」
 足元がふらつき、倒れそうになる。
「リオン! もうやめろ!」 ルシアが必死に叫んだ。 影の修繕士が静かに近づいてきた。
 無機質な声が、冷たい刃のように胸を刺す。
「確認……お前の修繕は、自己を削る愚行。限界は近い」
 その言葉が突き刺さる。
 本当に……僕は倒れてしまうのか。
 だが次の瞬間、村人たちの顔、仲間たちの声が脳裏に浮かんだ。
(僕は――一人じゃない!)
 崩れかけた心に、再び熱が宿る。
 僕はよろめきながらも立ち上がり、光を握りしめた。119
「違う……! 僕の修繕は、命を削るためじゃない! 繋ぐための力なんだ!」
 光と闇が交錯する中で、二人の修繕士の力が正面からぶつかり合った。
 その衝撃は、森全体を震わせるほどだった。
第38話 揺らぐ心 ― 影に映る自分
 光と闇の奔流がぶつかり合い、森が震えた。
 木々は裂け、地面は抉れ、戦場はもはや廃墟のようだ。
 影の修繕士の瞳が赤く輝き、僕をまっすぐ見据える。
「お前も……同じだ」
「なに……?」
「命を削り……守るためと称し……死へ向かう。その姿は我と同じ」
 言葉が胸を抉った。

 思い出す。
 村を守るために何度も無理をして、膝をつきそうになった日。
 王都の橋を修繕したとき、命が削れる感覚に怯えた瞬間。
(……僕は……本当に違うのか?)
 影の修繕士の声が、まるで心の奥を見透かすように響いた。
「繋ぐ力? 所詮は言い訳。己を削る行為に変わりはない」
 胸が締め付けられ、光が揺らぐ。
 修繕の糸が細く途切れかけた。
「リオン!」
 ルシアの声が、必死に響く。
「あなたの修繕は違う! 昨日だって、私たちを立ち上がらせてくれた!」
「そうよ!」
 セリーヌが叫んだ。
「奪うためじゃない、希望を繋ぐための力。それを一番知っているのは、村の人たちじゃない!」
 仲間たちの声に、揺らいでいた心が少しずつ戻っていく。
「……僕は……」
 荒い呼吸の中で、胸に手を当てる。
 浮かんだのは、笑顔でパンを分け合う村人たち、焚き火を囲んで笑った夜、手を握って泣いてくれた子どもたちの姿。

「僕は……違う!」
 光が再び強く輝き出す。
「僕の修繕は、命を繋ぐ! 誰かのために立ち上がる力なんだ!」
 その瞬間、影の修繕士の瞳が微かに揺れた。
 まるで心の奥に眠る“何か”が反応したかのように。
「……否定……できぬ……?」
 無機質な声に、かすかな迷いが混じる。
「お前……まさか……!」
 僕は気づいた。
 影の修繕士はただの兵器ではない。
 その奥には、かつて人であった“心”が残っている。「リオン! 今の揺らぎを突け!」
 ロイが剣を構えて叫ぶ。
「……うん! でも斬るだけじゃダメだ。あの人を……繋ぎ直さなきゃ!」
 僕は光を両手に集め、再び影の修繕士へ向き合った。
 闇に映る自分の姿を――必ず乗り越えるために。

第39話 繋ぐ糸 ― 影の奥に眠る声
 闇の中に、確かに揺らぎがあった。
 影の修繕士の赤い瞳がわずかに震え、声が掠れる。
「……なぜ……胸が……痛む……?」
 それはただの兵器の言葉ではなかった。
 人としての、迷いの響きだった。
「あなたは……人だったんだね」
 僕は一歩踏み出し、両手を差し伸べる。
「命を奪う修繕に縛られているけど、奥にある心は……まだ残っている」123
「我は……兵器……命令に従うだけ……」
「違う!」
 僕の声が森に響いた。
「修繕は命令じゃない。誰かを想う気持ちがあるからこそ、壊れたものを繋ぎたいって思えるんだ!」
 光の糸が僕の手から伸び、影の修繕士の胸に触れた。
 その瞬間、闇がざわめき、断片的な記憶が流れ込んでくる。
 ――泣きながら弟を抱きしめる青年の姿。
 ――病で倒れた家族の手を握り、何度も「助けたい」と願う声。
 ――だがその願いが叶わず、彼は禁忌の術に囚われた。「これは……」
「やめろ……見るな……!」
 影の修繕士が呻き、黒い鎖が暴れ出す。
「リオン!」
 ルシアが叫び、駆け寄ろうとする。
 しかし僕は首を振った。
「大丈夫……これは僕にしかできない!」
 痛みと共に流れ込む記憶を必死に受け止めながら、僕は強く言葉を紡いだ。
「あなたは、ただ守りたかったんだよね……。大切な人を失いたくなくて……!」124  影の修繕士の瞳が大きく揺れた。
「……なぜ……分かる……」
「僕も同じだから!」
 僕は叫んだ。
「守りたい人がいるから、何度だって立ち上がれる! だから…… 一緒に繋ごう!」
 光の糸がさらに強く輝き、闇を裂いていく。
 影の修繕士の体を覆っていた黒い鎖が、一部ほどけて消えた。
 その下から現れたのは――普通の青年の面影。
 疲れ切った表情と、それでも消えない優しい瞳。「……僕は……誰だった……?」
 その声は、かすかに震えていた。
 僕は糸を握り締め、真っ直ぐに応えた。
「あなたは人間だ。奪うための影なんかじゃない!」

第40話 人の名を呼ぶ ― 闇を裂く修繕
 光の糸が闇を裂き、影の修繕士の胸奥に届く。
 赤い瞳がわずかに揺れ、彼はかすれた声を漏らした。
「……僕は……誰だった……」
 その問いに、僕の中へ断片的な記憶が流れ込む。
 小さな村で弟と笑い合う姿。
 母のために、壊れた椅子を必死に直そうとしていた少年の手。
 ――その手には、確かに“繋ぎたい”という願いが宿っていた。
「……分かった」
 胸が熱くなり、言葉が自然にこぼれた。126
「あなたの名は――《アレン》」
 その名を呼んだ瞬間、影の修繕士の体が大きく震えた。
 赤い瞳が揺れ、仮面のような無機質な顔に、人の感情が戻りかけていた。
「アレン……僕の……名前……?」
「ああ!」
 僕は強く頷いた。
「あなたは人間だ! 誰かを守りたいと願った、優しい修繕士だったんだ!」
「やめろォォォォッ!」
 突如、森に轟く絶叫。
 仮面の女魔導師が闇から現れ、杖を振り下ろした。
「その器は私のもの! 影は人に戻らぬ! お前に渡すものか!」
 黒炎が渦を巻き、アレンの体を再び覆い隠そうとする。
「くっ……!」
 僕は光の糸を必死に握り締めた。
「リオン!」
 ルシアが叫び、黒炎に剣を突き立てる。
「持ちこたえろ! お前は一人じゃない!」
 セリーヌも呪文を紡ぎ、光の防壁を張る。127
「私たちも繋がってる! だからその糸を切らせない!」
 仲間たちの声に背を押され、僕は全力で叫んだ。
「アレン! 戻ってこい! 君は影じゃない、命を繋ぐ修繕士だ!」
 光が一気に広がり、闇を押し返す。
 黒い鎖が次々と砕け、アレンの体から闇が剥がれ落ちていった。
 炎の中で、アレンの瞳が涙に濡れた。
「……僕は……守りたかっただけなのに……」
「それでいいんだ!」
 僕は手を伸ばし、彼の腕を掴んだ。
「その想いは間違ってない! だから一緒に繋ぎ直そう!」 光が奔り、最後の鎖が砕け散る。
 闇が消え去った跡に立っていたのは――疲れ切った青年の姿だった。
 仮面の女魔導師が絶叫する。
「馬鹿な……! 人の心が闇に勝つなどありえぬ!」
 だがアレンは震える声で言った。
「……僕は……影じゃない……。リオンのおかげで……思い出せた」 その言葉に、女魔導師の表情が歪み、怒りに満ちていった。

第41話 闇の逆襲 ― 女魔導師の真の力
 アレンが闇の鎖から解き放たれたその瞬間、森を覆う空気が変わった。
 冷たい風が止まり、代わりに息苦しいほどの瘴気が辺りを満たしていく。
「……くだらぬ」
 女魔導師が低く呟き、仮面に手をかけた。
 ギリ、と硬い音を立てて仮面が外れる。
 現れたのは、白磁のような顔に浮かぶ深紅の紋様。
 その瞳は血のように赤く、底なしの狂気を湛えていた。

「人の心など、幻にすぎぬ。弱さの象徴だ。だがいい……ならば見せてやろう」
 杖を振り下ろすと、地面から黒炎が噴き上がった。
 森の木々が一瞬で灰と化し、大地そのものが軋んだ。
「なんて力……!」
 セリーヌが震える声を漏らす。
「これは人の魔力じゃない。禁忌の核を……自身に取り込んでいる
!」
「禁忌の核……?」
 僕が問うと、アレンが苦しげに頷いた。
「……アルヴェリアの禁呪。人の魂を削り取り、闇の器にする……。僕も、その実験で……」
 女魔導師は口元を歪め、嘲笑した。
「そうだ。影の修繕士は試作品にすぎん。だが私は完成品だ。――
“人と闇の融合体”となったのだ!」
 次の瞬間、漆黒の翼が彼女の背から広がった。
 森全体を覆うほどの大きさで、羽ばたくたびに空が歪み、光がかき消されていく。
「……これは……」
 ルシアが剣を握り締め、顔を青ざめさせる。
「まるで……魔王……」
 女魔導師が冷笑する。130
「名を与えよう。私こそが、“終焉の修繕士”だ」
「リオン!」
 ロイが叫ぶ。
「今のお前の力では太刀打ちできない!」
「でも……逃げられない!」
 僕は必死に立ち向かおうとする。
「ここで退いたら、村も国も闇に飲まれる!」
 アークレアが前に出て、赤い瞳を光らせた。
「主、命令を。戦闘継続可能。ただし……勝率、極めて低」
 無機質な言葉に、喉が渇く。
 それでも拳を握りしめ、僕は叫んだ。
「勝てなくても、繋ぐ! みんなを守るために!」
 女魔導師が翼を広げ、黒炎の嵐を放つ。
 森が一瞬で焼き尽くされるその光景に、誰もが息を呑んだ。
 その絶望の中――僕たちの決戦が、本格的に幕を開けた。

第42話 絶望の翼 ― 修繕士たちの連携
 黒炎の嵐が森を焼き払い、空を覆った。
 木々は灰となり、地面は黒くひび割れる。
 まるで大地そのものが、彼女の翼に喰われていくようだった。
「これが……“終焉の修繕士”の力……」
 セリーヌが防御の魔法陣を展開しながら、声を震わせる。
「世界を繋ぐはずの修繕を、終わらせるために使っているなんて…
…!」
「リオン、退け!」
 ロイが叫ぶ。
「今のお前じゃ命を削り尽くすだけだ!」132
 だが僕は首を振った。
「違う! 一人じゃ無理でも、僕たちには仲間がいる!」
 その言葉に、ルシアが剣を高く掲げる。
「私が道を切り開く! リオン殿は修繕に集中を!」
 そしてアレンが一歩前へ進む。
 かつて影に囚われていた彼の瞳は、今は確かな光を宿していた。「……僕も、もう逃げない。奪う修繕しかできなかったけど……リオンが示してくれた。“繋ぐ”ために、この力を使う」
 女魔導師の紅い瞳が彼を射抜く。
「愚か者め。お前は私の器であったはずだ。それを捨て、人間に戻ったつもりか?」
 アレンは静かに答えた。
「人間に戻ったんじゃない。思い出しただけだ。“誰かを守りたい
”って気持ちを」
 その言葉に、僕の胸も熱くなる。
「アレン……!」
 黒炎の矢が一斉に放たれる。
 ルシアが剣で切り払い、ロイが盾で受け止める。
 セリーヌの魔法が炎を相殺し、僕とアレンは力を合わせて大地を修繕し、崩れる戦場をつなぎ直した。
「行け、アークレア!」133
 僕の声に応じ、機神兵が巨腕を振り下ろす。
 黒炎をまとった翼と激突し、轟音が森全体を揺らした。
 光と闇が拮抗する中、女魔導師が嗤う。
「無駄だ。人の連携など脆い。やがて亀裂が走り、崩れる!」
 僕は叫んだ。
「違う! 修繕は亀裂を繋ぐ力だ! どれだけ壊れても、何度だって繋ぎ直す!」
 アレンも声を重ねる。
「奪うためじゃない! 未来を守るために!」
 僕たち二人の修繕士の力が共鳴し、光の糸が空を駆け抜ける。
 それは黒炎の翼を裂き、夜空に一筋の輝きを刻んだ。

 一瞬だけ、女魔導師の瞳に苛立ちが走る。
「……ほう。少しは楽しませてくれるようだな」
 次の瞬間、彼女の翼がさらに広がり、闇が夜空そのものを覆った。
 まるで世界が終焉へと引きずり込まれるかのように。
「みんな……ここからが本当の戦いだ!」 僕は拳を握り、再び前へ踏み出した。 
第43話 終焉の修繕士 ― 闇に呑まれる王都前夜
 黒炎の翼が大きく羽ばたき、森全体を呑み込んでいった。
 木々は次々と灰となり、大地は黒い結晶に覆われる。
 その中心で、女魔導師は冷たく笑った。
「遊びはここまでだ。次なる舞台は――王都」
 漆黒の翼が夜空を切り裂き、王都の方角へと広がっていく。
 その先に待つのは、民が暮らす街、国の心臓部。
「……まずい!」
 セリーヌが蒼白な顔で呟いた。
「このまま進めば、王都そのものが闇に飲まれる!」135
 ルシアが剣を握りしめ、震える声を押し殺す。
「リオン殿……どうしますか?」
 全員の視線が僕に注がれる。
 胸が重くなり、喉が渇く。
 けれど迷う時間はなかった。
「追う。王都を守るために……ここで決戦だ!」
 アレンが静かに前へ出る。
「僕も行く。過去に囚われていた分、今度は前を向く。あの女を止めるのは、僕の役目でもあるから」
 ロイも頷いた。
「命を削ってでも戦うつもりか? ……なら俺も一緒だ。お前一人じゃ背負わせない」
 仲間たちの声に、胸の奥が熱くなる。
(僕はもう、一人じゃない……)
 その夜、王都は不穏な影に包まれていた。
 空には黒い雲が渦巻き、街の灯りが次々と呑まれていく。
 人々は怯え、城門には兵士たちが集められていた。
「終焉の修繕士が来るぞ!」
「守れ! 王都を絶対に渡すな!」
 緊張と恐怖が広がる中、僕たちは王宮前に立った。
「リオン」
 国王が厳しい面持ちで僕に言う。
「お前の力が王都を繋ぐ最後の希望だ。――頼む」
 僕は深く頭を下げ、拳を握った。
「必ず守ります。この街も、この国も……」
 夜空を見上げる。
 そこには、迫り来る黒炎の翼がうねっていた。
(ここで決める。修繕の力が“終焉”じゃなく、“未来”を繋ぐものだって!)
 ――王都決戦の前夜が、静かに幕を開けた。
第44話 王都決戦 ― 修繕士の誓い
 夜空を覆う黒炎の翼が、王都の上空に迫る。
 街の灯火が一つ、また一つと呑まれていき、住民たちの悲鳴が響いた。
「来たぞ! 終焉の修繕士だ!」
 兵士たちが盾を掲げるが、その顔には恐怖が色濃く浮かんでいた。
「守れ! ここが最後の砦だ!」
 城壁の上から指揮官の声が響く。
 弓兵たちが矢を番え、魔術師たちが詠唱を始める。
 だが女魔導師は嗤い、漆黒の翼を広げただけで矢も魔法も霧散さ 137
せた。
「虫けらども……抗うほどに愉しい」
 地面から闇が溢れ出し、兵の形をした黒き人形が次々と現れる。
 その数は数百――闇の軍勢が王都を埋め尽くした。
「リオン殿!」
 ルシアが剣を構え、振り返る。
「ここが決戦の場です!」
「ええ。もう逃げられませんね」
 セリーヌが震える声で答えつつも、瞳は決意に満ちていた。
 ロイが盾を打ち鳴らし、兵士たちへ叫ぶ。
「聞け! 俺たちには“修繕士”がいる! 闇を裂く光を、この目で見ただろう! 恐れるな!」
 その言葉に、兵士たちの動揺が少しずつ収まっていった。
 僕は前に出て、夜空を仰ぐ。
「……この国を、みんなを、必ず守る」
 胸の奥から、力が込み上げる。
 修繕の糸が無数に広がり、折れた槍を、砕けた盾を、壊れた城壁を繋いでいく。
「〈修繕〉――繋がれ!」
 光が奔り、王都全体を包み込むように広がった。
 絶望に沈みかけていた人々の瞳に、再び希望の炎が宿る。
「修繕士リオン……」
 女魔導師が紅い瞳で僕を見下ろし、声を低く響かせた。
「貴様こそが終焉を呼ぶ存在だ。だからこそ、ここで葬ろう」
 黒炎の翼が大きく羽ばたき、闇の軍勢が一斉に動き出す。
「みんな……!」
 僕は叫んだ。
「ここで終わらせるんじゃない! 未来を繋ぐために――戦うんだ
!」
 アークレアが轟音とともに立ち上がり、闇の巨兵と激突する。
 ルシアの剣が光を弾き、ロイの盾が仲間を守る。

 セリーヌの魔法が空を裂き、アレンの修繕が僕と共鳴して黒炎を打ち消す。
 光と闇がぶつかり合い、王都決戦が幕を開けた。 
第45話 繋がる命 ― 守護官たちの覚悟
 王都の大地を揺らす激突の音。
 闇の巨兵が城壁を叩き、黒炎の雨が街を焼こうとする。
 それでも光の糸は切れなかった。
 僕とアレンの修繕が重なり、砕けたものを繋ぎ続けていたからだ。
「リオン殿!」
 ルシアが血に濡れた頬で叫ぶ。
「私の剣は、あなたの光を通すためにある! どうか前を!」
 彼女の剣筋は冴え、黒の兵を次々と斬り伏せる。
 その背中は、命を燃やす覚悟そのものだった。
「俺は盾だ!」
 ロイが大声を張り上げ、兵士たちの前に立ちはだかる。
 黒炎の波を受け止め、盾ごと体を焼かれながらも一歩も退かない。
「後ろは絶対に通さん! だから安心して突き進め!」
 仲間を守るために命を削るその姿に、胸が熱くなる。
 セリーヌも魔力を限界まで高め、震える声で詠唱を続けていた。
「この身が砕けても構わない……光よ、未来を照らせ!」
 放たれた光の柱が黒炎を打ち砕き、兵士たちに勇気を与える。
「リオン……あなたの修繕に、私の魔法を重ねるわ。だから必ず―
―勝って!」
 そしてアレン。
 かつて影に囚われていた彼は、今は確かな決意を宿していた。
「僕は……同じ過ちを繰り返さない。命を奪う修繕じゃなく、命を繋ぐ修繕で――君と並んで戦う!」
 その言葉に、僕は力強く頷いた。
「……ありがとう、みんな」
 声が震えた。
「僕一人じゃ届かない。でも、みんなが繋いでくれるから……修繕は力になる!」
 胸の奥から熱がこみ上げ、光の糸がさらに広がっていく。
 城壁を包み、街を繋ぎ、人々の命を繋ぎ直していく。
「終焉じゃない。これが……未来を繋ぐ修繕だ!」
 女魔導師が紅い瞳を細め、冷笑した。
「くだらぬ。だが愚かに足掻くその姿……叩き潰す価値はある」
 漆黒の翼が広がり、王都全体を覆った。
 圧倒的な闇が迫る中、僕たちは肩を並べ、同じ方向を見据える。
 ――命を繋ぐために。
第46話 未来を繋ぐ糸 ― 絶望の中の光
 王都の夜空を完全に覆い尽くす黒炎の翼。
 人々の悲鳴が遠くから響き、街の灯火はひとつ、またひとつと消えていく。
 まるで未来そのものが呑み込まれていくようだった。
「見よ、これが終焉だ!」
 女魔導師の叫びとともに、闇の奔流が城下へと押し寄せた。
 兵士たちは必死に防ぐが、絶望の色が広がっていく。
「くっ……これ以上は……!」
 ロイの盾が砕け、兵たちが後退する。
「まだだ!」
 ルシアが前に出て、全身で剣を振るった。
「この街を、誰一人として渡しはしない!」
 だが黒炎の波は止まらない。
 セリーヌの防壁もひび割れ、アークレアの巨体さえ揺らいでいた。
「リオン!」
 アレンが僕を振り返る。
「もう限界だ……でも、君ならできるはずだ! 繋ぐ力で、この絶望を跳ね返せる!」
 胸が痛む。
 命を削る痛みが、今までで一番激しく襲いかかっていた。 視界が霞み、膝が震える。
(本当に……僕にできるのか?)
 頭をよぎるのは、これまで繋いできた無数の命。
 村の子どもたちの笑顔。
 兵士たちの叫び。
 仲間たちの背中。
「……僕は……一人じゃない」
 拳を握りしめる。
 全身を駆け巡る痛みよりも、胸に宿った熱の方が強かった。
「〈修繕〉――未来を繋げ!」
 光の糸が爆発するように広がり、街全体を覆った。
 崩れかけた建物を繋ぎ、倒れた兵を立ち上がらせ、絶望に沈みかけた人々の心を結び直す。
「なっ……!」
 女魔導師の瞳がわずかに揺れる。
「人の心ごと繋ぐだと……そんな修繕はありえぬ!」
「ありえるさ!」
 僕は叫んだ。
「命も心も、壊れるたびに繋ぎ直せる! それが……僕たちの未来だ!」
 光が王都の空を照らし、闇と真正面からぶつかり合う。 光と闇がせめぎ合い、夜空が裂けるように震えた。
「……見せてみろ、修繕士リオン!」
 女魔導師が翼を広げ、全力の闇を放つ。
「行くぞ、みんな!」
 僕は仲間たちに叫ぶ。
 剣と盾と魔法と修繕――全ての力が重なり、未来を繋ぐ糸となる。
 絶望の中に差し込んだ光は、確かに闇を押し返していた。

第47話 命を賭して ― 修繕の極致
 黒炎と光が夜空で激突し、王都全体が震えた。
 轟音が鳴り響き、建物の瓦が崩れ落ちる。
 それでも僕は光の糸を張り続けた。
「リオン! もう無理だ!」
 ロイが叫ぶ。
「命が……お前の命が削れてる!」
「分かってる……」
 吐き出した息は白く濁り、体温が急速に奪われていく。
 胸の奥が焼けるように痛み、足は鉛のように重い。

 それでも――手を止めることはできなかった。
「僕が倒れたら……ここでみんなが終わる」
 掠れた声で呟き、光をさらに注ぎ込む。
 街を覆う修繕の糸は網目のように広がり、兵士たちを守り、壊れた武具を繋ぎ直す。
 絶望に沈みかけた人々の心さえも、温かな光で包み込んでいた。
「これが……リオンの修繕……」
 セリーヌが涙を浮かべて呟く。
「命を削りながらも、人を救うために……」
「リオン!」
 アレンが必死に駆け寄り、僕の腕を支えた。
「これ以上は本当に死んでしまう! だったら――僕に託せ!」
「……違う。託すんじゃない」
 僕は弱々しく首を振る。
「一緒に……繋ぐんだ。僕一人じゃ届かない。でも、僕たちなら…
…」
 その言葉に、アレンの瞳が強く輝いた。
「……ああ。なら僕も、命を賭ける」
 二人の修繕が共鳴し、光が一層強くなる。
 女魔導師が嘲笑を響かせる。
「愚か者ども。命を削って得た光など、闇に呑まれるだけだ!」 146
 翼を広げ、終焉の黒炎が王都全体を覆い尽くした。
 空は裂け、大地は軋み、すべてが闇に沈もうとする。
「リオン殿!」
 ルシアが剣を振りかざし、叫ぶ。
「私たちも共にある! ここで――未来を切り拓く!」
 ロイが盾を叩き、セリーヌが詠唱を重ねる。
 仲間たちの力が糸となり、僕の修繕へと流れ込んだ。
「……みんな……ありがとう」
 視界が白く霞み、体が限界に近づいていく。
 それでも胸の奥に宿った願いだけは、決して揺らがなかった。「命よ……燃え尽きても構わない……!
 この街を、この未来を……繋げ――!!!」
 叫んだ瞬間、光の糸が奔流となり、王都全体を覆い尽くした。
 黒炎と正面から激突し、世界そのものを揺らす衝撃が走る。
 女魔導師の瞳が初めて大きく揺れた。
「この力は……まさか……!」
 修繕の極致――命そのものを繋ぎ直す力が、今まさに開花しようとしていた。

第48話 終焉の修繕士との決着 ― 命を超えて
 光と闇がぶつかり合い、王都全体が震動した。
 黒炎の翼は空を覆い尽くし、夜が永遠に閉ざされるかのようだった。
 だがその闇を裂くように、修繕の光が奔流となって広がっていく。
「馬鹿な……! 命を削る程度で、この闇を凌げるはずが……!」
 女魔導師の叫びが響く。
「違う……!」
 僕は震える声で応える。
「これは“命を削る”力じゃない。みんなの命を……“繋ぐ”力だ
!」148
 光の糸は僕だけでなく、ルシアの剣、ロイの盾、セリーヌの魔法、アレンの修繕――仲間全員と結ばれていた。
 さらに兵士たち、市民たちの願いまでもが糸となって絡み合い、王都全体を包んでいく。
「この光は……!」
 女魔導師の瞳が初めて怯えに揺らいだ。
 闇の軍勢が一斉に咆哮し、黒炎の波となって押し寄せる。
 だがルシアの剣が光を纏い、道を切り裂く。
 ロイの盾が砦となり、兵士たちを守る。
 セリーヌの魔法が夜空を照らし、闇を打ち砕く。
 アレンの修繕が僕と重なり、絶望そのものを繋ぎ直していく。「これが……僕たちの修繕だ!」
「やめろォォォォッ!!!」
 女魔導師が翼を大きく広げ、終焉の黒炎を解き放った。
 世界そのものを呑み込むかのような闇。
 人々の悲鳴が響き渡る。
「みんな、力を!」
 僕は最後の力を振り絞り、光の糸を束ねた。
「〈修繕〉――未来を繋げ!!!」
 光が爆発的に広がり、黒炎と正面からぶつかり合う。
 闇と光が拮抗し、やがて――光が闇を飲み込んでいった。

「馬鹿な……私が……人の心ごときに……!」
 女魔導師の身体に亀裂が走り、闇が剥がれ落ちていく。
 その奥から見えたのは、ひとりの若い女性の面影だった。
 疲れ切った瞳で、それでも確かに涙を浮かべていた。
「私も……守りたかったのに……どうして……」
 その声は、かつてアレンが抱いた願いと同じだった。
「……あなたも、本当は誰かを守りたかったんだね」
 僕は静かに手を伸ばした。
「奪うためじゃない。繋ぐために……一緒に戦えばよかったのに」
 女魔導師の瞳から涙が零れ、次の瞬間、闇は完全に崩れ去った。
 黒炎の翼も消え、王都の夜空に月が戻る。 ――終焉の修繕士との戦いは、ついに終わりを告げた。
 膝をついた僕の耳に、歓声が届く。
 兵士たち、市民たち、仲間たちの声。
 そのすべてが光の糸に結ばれ、確かな未来へと繋がっていくのを感じた。
(これが……修繕の極致……命を超えて繋がる力……)
 目を閉じた僕は、静かに深呼吸をした。
 戦いは終わったのだ。

第49話 戦いの果てに ― 修繕士の選択
 夜空に月が戻り、闇は消えた。
 だが王都の大地には深い傷跡が残っていた。
 崩れた城壁、焼け焦げた街並み、そして倒れ込む人々。
 それでも――人々の瞳には光が宿っていた。
 絶望を超えて、生き延びたという希望の炎が。
「リオン!」
 仲間たちが駆け寄る。
 ルシアは剣を収め、膝をつきながら僕を支えた。
「……よくぞ、ここまで」151
 ロイは盾を叩き、笑みを浮かべる。
「お前の修繕、ちゃんと届いてたぞ」
 セリーヌは涙を拭い、震える声で言った。
「命を削ったのに……それでも笑っているあなたが、いちばんの希望よ」
 アレンは僕の肩に手を置き、静かに頷いた。
「ありがとう。君がいたから、僕は人に戻れた」
「……僕は」
 声を出した瞬間、胸の奥に激痛が走った。
 視界が霞み、膝が折れそうになる。
「リオン!」
 皆の声が重なった。
 分かっていた。
 限界を越えて修繕を使った代償は、決して小さくない。
 命そのものを繋ぎ直した代償が、僕の中を蝕んでいた。
「大丈夫……」
 必死に笑みを作り、僕は仲間たちに言う。
「たとえ僕がここで果てても、修繕は繋がった。未来は……みんなに託せる」
「馬鹿言わないで!」
 セリーヌが声を張り上げた。152
「あなたがいなきゃ、意味がないのよ!」
「そうだ!」
 ロイも叫ぶ。
「お前は英雄なんかじゃない。俺たちの仲間なんだ!」
 その時、アレンが僕の手を握った。
「なら、僕が繋ぐ。かつて命を奪う修繕をしてきた僕が……今度は命を渡すために」
 彼の体から光が溢れ出し、僕の中に流れ込む。
「アレン! やめろ、それじゃ君が――!」
「いいんだ。僕は一度影に堕ちた人間だ。それでも……君と一緒に未来を繋ぎたい」
 光が胸を満たし、痛みが和らいでいく。
 命が削れていたはずなのに、温かな力が僕を包んだ。
「アレン……」
 僕は震える声で彼の名を呼ぶ。
「生きろ、リオン。修繕士としてじゃなく……ひとりの人間として」 その言葉は、夜空に響く祈りのようだった。

第50話 繋がる未来 ― 修繕士の物語
 王都を覆っていた闇は消え、静かな朝が訪れた。
 傷だらけの街並みにも、人々の声が戻っていた。
 泣き声と笑い声が入り混じり、再び生活が始まろうとしている。
 玉座の間で、国王は深く頭を下げた。
「リオンよ。お前こそ、この国を救った真の英雄だ」
「……僕は英雄なんかじゃありません」
 僕は静かに答える。
「繋ぎ直したのは、僕一人の力じゃない。仲間がいて、人々の願いがあったからこそ……」

 その言葉に、ルシアが微笑む。
「まったく、最後まで謙虚なお方です」
 セリーヌが歩み寄り、優しく肩に触れる。
「でも、あなたが光を示したから、みんなが立ち上がれた。それだけは忘れないで」
 ロイが豪快に笑い、背中を叩く。
「そうだ! お前がいたから、俺たちは一歩も退かなかったんだ!」
 アレンは隣に立ち、深く頷いた。
「僕も……君に救われた。だから今度は僕が、誰かを繋ぐ修繕士になる」
 戦いは終わった。
 けれど傷跡は、まだ街にも人の心にも残っている。
 修繕が必要なのは、これからだ。
「なら……僕は続けます」
 胸に手を当て、静かに言葉を紡ぐ。
「壊れたものを繋ぎ直すだけじゃない。人と人との絆を、未来へ繋いでいく。
 それが僕の……修繕士としての生き方だから」
 王都の空に、柔らかな朝日が差し込む。
 光の糸が空を舞うかのように見え、人々はその下で笑顔を取り戻していった。
 パンを焼き、街角に花を植え、子どもたちが駆け回る。155
 そのすべてが、繋がる未来の証だった。
「リオン!」
 村の子どもたちが駆け寄り、小さな手で僕の手を握る。
「ありがとう!」
 僕は微笑んで答えた。
「こちらこそ。……これからも、ずっと一緒に歩こう」
 仲間たちと、人々と。
 そして、まだ見ぬ未来と。
 ――命を削るだけの〈修繕〉ではない。
 命を繋ぎ、未来を築く〈修繕〉の物語。 その始まりは、追放された辺境の地で、小さな修繕を重ねた日々からだった。
 今、ようやく分かる。
 僕はあの日からずっと――未来を繋ぎ続けてきたのだ。
 空を仰ぐ。
 朝日が眩しく、涙が滲んだ。
「これからも――繋いでいこう」 そう誓い、僕は歩き出した。
・・
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