辺境の小さな村が初めて襲撃を退けてから、十日。
 村人たちは畑を耕しながら柵を修復し、石を積み上げて防壁を整えていた。戦の爪痕はまだ残るが、人々の顔には確かな誇りが宿っている。
 カイルは木剣を振るう腕に力を増し、ミラは弟と共に井戸の水を汲む。老人たちは子どもたちに民謡を教え、夜には焚き火を囲む笑い声が絶えなかった。

「リディア様、見てください。芽がこんなに大きくなりました!」
 オルグが誇らしげに苗を示す。
 リディアは泥にまみれた両手でその葉を撫で、微笑んだ。

「ええ。きっと豊かな収穫になるわ。ここは……もう、廃墟ではない」

 一方その頃、王都。
 大理石の廊下を抜けた先の謁見の間では、王太子アルベルトが苛立ちを隠さずに玉座に腰かけていた。

「辺境に“奇跡の村”があると噂が広まっている。商人どもが口々に語り、民草まで騒ぎ立てているらしい」

 臣下の報告に、王太子は拳を握りしめた。
 隣には、あのセリーヌが座っている。絹のドレスに身を包み、嘲笑を浮かべていた。

「きっと誇張ですわ、殿下。あの方――リディア姉さまがそんなことをできるはずがありません」

 声は甘く響いたが、その内心は焦りに満ちていた。
 セリーヌは知っている。リディアが知識と術において自分を凌駕していたことを。
 だからこそ、もし本当に噂の村の中心に彼女がいるなら――自らの立場が危うくなる。

「セリーヌ、だが噂はただの風ではない。井戸が湧き、作物が育ち、追放者たちが集まっていると商人どもは口を揃えている」

「……もしそれが真実なら」
 セリーヌの瞳に恐怖の色が浮かぶ。

「ならば潰すまでだ」
 王太子の声は冷たく響いた。
「辺境の集落ごときが、王家の威信を脅かすことなど許さぬ」

 再び辺境。
 リディアは夜の焚き火を囲んで村人たちを見渡していた。アレンが剣の手入れをし、オルグが新しい畑の区割りを話している。
 村人は増え、今では三十を超える。子どもたちの声は賑やかで、かつての廃墟が生きた共同体へと変わっていた。

 だが、リディアの胸の奥には不安が芽生えていた。
 商人がもたらす物資は便利だが、同時に村の存在を外へ広めている。
 やがてその噂が王都に届けば――。

「……来るわね、必ず」
 リディアは小声で呟いた。

 その時、アレンが顔を上げた。

「リディア様。心配は分かる。だが俺たちはもう一人じゃない。皆で立ち向かう覚悟がある」

 焚き火の炎に照らされるアレンの眼差しは、確かな力を宿していた。
 リディアはその視線を受け止め、頷いた。

「ええ。だから私も恐れない。――この村を、必ず守る」

 夜空には無数の星が輝き、その光がまるで未来を照らすようだった。

 そして翌朝。
 村の見張り台から、遠くの街道を行く馬車の列が見えた。
 旗には、王都の紋章。

 リディアは深く息を吸い込む。
 王都はついに、この村の存在に気づいたのだ。