毒の騒動から数日。
 村には重い空気が漂っていたが、人々は決して折れてはいなかった。
 亡くなった仲間を弔ったあとの沈黙の中で、誰もが胸に刻んだのだ。――「もう王都には屈しない」と。

 リディアは広場の中央に立ち、胸元のコンパスを握りしめていた。
 彼女の周りには、アレン、カイル、ミラ、オルグをはじめ、村の者たち全員が集まっている。

「皆さん。これまで私たちは剣で戦い、毒や闇の刃にも耐えてきました。けれど、王都は何度でも襲ってきます。ならば私たちは“国”としての形を、もっとはっきりと作らなければなりません」

 ざわめきが広がる。
 リディアは深く息を吸い、力強く続けた。

「この国に“掟”を定めます。
 一、互いを守ること。
 二、働いた者は報われること。
 三、弱き者は必ず守られること。

 ――これを守る者こそ、この国の民です」

 沈黙のあと、オルグが太い声で頷いた。
「よい掟だ。わしら農夫も、騎士も孤児も皆、これなら胸を張れる」

 カイルが槍を掲げ、声を張り上げる。
「僕は、この国の民として誓います!」

 人々は次々と応じ、やがて広場は誓いの声で満ちた。

 さらにリディアは布を広げた。
 そこには白地に金糸で縁取られた新しい旗が描かれている。
 中央には星を模した模様――コンパスの針を象った印。

「この旗を掲げましょう。辺境の国の証として。そして、この旗のもとに集うすべての者を、私は守り抜きます」

 歓声が沸き起こる。
 その瞬間、追放された寄せ集めは完全に「民」となり、辺境は真に「国」として歩み始めた。

 一方その頃、王都。
 玉座の間には怒声が響いていた。

「掟を定め、旗を掲げただと!? リディアはついに王国を冒涜する“逆賊”となった!」
 アルベルトの顔は憤怒に染まり、拳を握りしめている。

「父上、もはや兵の一部を送る程度では足りませぬ。総力を挙げ、この辺境を叩き潰さねばなりません!」

 王は沈黙を守っていたが、その眼差しは揺れていた。王都の民の間でも、すでに噂は広がっている。
 ――「辺境の女王リディアは民を守り、王都の軍を退けた」と。

 その声は、王国の威信を揺るがしつつあった。

 夜。
 王宮の一室で、セリーヌは鏡の前に立ち、震える唇を押さえていた。
(姉さま……どうして。婚約破棄で落ちぶれるはずだったのに、どうして王都すら揺るがす存在になれるの……?)

 嫉妬と恐怖。
 そして、心の奥に芽生えつつある、言葉にできぬ感情。

 彼女は震える声で呟いた。
「もし姉さまが……本当に国を作り上げたら……私は……」

 答えはまだ出ない。
 だが、セリーヌの心は確実に揺らいでいた。

 辺境。
 リディアは旗を見上げ、静かに誓った。

「王都がどんな大軍を差し向けようとも、私は負けない。この国の未来を……必ず守り抜く」

 夜空の星々が輝き、風が旗を大きくはためかせた。
 それはまるで、新たな時代の幕開けを告げるかのようだった。