婚約破棄されたうえに家からも追放されましたが、辺境で始めたスローライフが気づけば最強国家を築いていました

 辺境の村に再び平穏が戻ったかに見えた。
 柵は修復され、畑の麦は黄金色に実り始めている。
 交易に訪れる商人の数も増え、村は日ごとに「国」としての姿を強めていた。

 だが、リディアは知っていた。王都が諦めるはずがないことを。
 暗殺が失敗に終わった今度は、必ず別の手で襲いかかってくる。

 ある日の昼下がり。
 村に新しい商隊がやってきた。
 彼らは見慣れぬ顔ぶれだったが、珍しい香辛料や薬草を積んでおり、村人たちは歓声を上げて迎えた。

「殿下のご慈悲により、辺境へも交易を許されたのです」
 隊商の長がそう口にした時、アレンの眉が僅かに動いた。

「王都の使いか……」
 剣士の目は冷ややかに輝いていた。

 だが、村人たちの多くは疲労と期待に押され、品物を喜んで受け取ってしまった。
 その中には、ワインの樽や干し肉の袋もあった。

 夜。
 広場で祝宴が開かれた。
 火が焚かれ、酒が振る舞われ、歌声が響く。
 リディアも民と共に笑みを浮かべ、カイルやミラと杯を交わしていた。

 しかしその時、隅で酒を飲んだ農夫のひとりが突然、喉を押さえて倒れ込んだ。
 続いて二人、三人――呻き声が広場に広がった。

「な、何が……!」
 ミラが悲鳴を上げ、子どもたちを抱き寄せる。

 リディアはとっさに駆け寄り、農夫の口元の匂いを嗅いだ。
 ――苦い。明らかに不自然な薬臭。

「これは……毒!」

 歓声は悲鳴へと変わり、広場は混乱した。

 アレンが即座に剣を抜き、隊商の長を捕らえた。
「やはり王都の回し者か!」

 長は青ざめながらも嘲笑を浮かべた。
「我らは命を賭して殿下の御意を果たす。辺境の女王など、毒一滴で地に伏すのだ……!」

 リディアは怒りに震えながらも、冷静に叫んだ。
「皆、井戸の水を使って! 胃を洗って毒を吐かせるのよ! ミラ、薬草を! アレン、他の食料をすぐに調べて!」

 村人たちは必死に動き、リディアの指示に従った。
 彼女は祖母から受け継いだ知識で薬草を調合し、毒に苦しむ者たちに飲ませた。

 夜が明ける頃には、多くが命を取り留めていた。
 だが、数人の命は戻らなかった。

 葬儀のあと、広場には重い沈黙が流れた。
 リディアは涙を堪え、声を張り上げた。

「王都は剣で敗れ、闇の刃で失敗し、今度は毒を使いました。彼らは私たちを国と認めず、滅ぼそうとしているのです」

 人々の顔に怒りと恐怖が交錯する。
 だがリディアは続けた。

「けれど、私は屈しません。ここで命を落とした人々のためにも、この国を守り抜きます! だから皆、もう一度誓ってください。――辺境の国の民として生きると!」

 カイルが涙を拭い、短槍を掲げた。
「僕は誓います! 何度でも、この国を守ります!」

 ミラも声を震わせて続く。
「弟と未来のために、私も戦います!」

 次々と声が広がり、やがて広場は怒りと誓いの声で満ちた。

 一方その頃、王都の宮殿。
 アルベルトは報告を聞き、椅子を叩きつけた。

「毒すら効かぬだと!? リディア……貴様はどこまで私を愚弄すれば気が済む!」

 セリーヌはその姿を横目で見ながら、心の奥で震えていた。
(姉さま……あなたはきっと、殿下すら超えてしまう。もしかすれば……王国そのものを……)

 その予感は、もはや嫉妬ではなく恐怖そのものだった。