戦の傷跡がまだ残る村に、朝日が差し込んだ。
 修復された柵には新しい木材が組み込まれ、畑には芽吹いた作物が再び緑を広げている。
 子どもたちは笑い声を上げながら水を運び、老人たちは歌を口ずさみながら布を織る。

 リディアは広場に立ち、胸元のコンパスを握りしめていた。
 目の前には、戦を共にした仲間たち――農夫、孤児、老人、そして元騎士アレン。
 皆の視線が彼女に注がれている。

「皆さん」
 リディアは一歩前に進み、声を張り上げた。

「私たちは追放され、奪われ、居場所を失った。けれど、この地で力を合わせ、畑を耕し、家を建て、王都の軍さえ退けた。――もう、私たちはただの寄せ集めではありません」

 広場に沈黙が落ちる。
 リディアは深く息を吸い、続けた。

「私はここに宣言します。この村は“辺境の国”です。王都が認めなくとも、私たち自身が認めるのです。そして私は、その責を担います」

 アレンが剣を掲げる。
「我らの主はリディア様だ! この方こそ辺境の女王!」

 カイルが槍を突き上げ、ミラが声を震わせて叫ぶ。
「リディア様万歳!」
「辺境の国万歳!」

 歓声が広がり、村の空気は熱を帯びた。
 追放されし者たちは、この瞬間に「民」となり、国の礎となった。

 一方、王都。
 宮廷はざわめきに包まれていた。
 敗北の報は隠せず、商人や兵士たちの口から「辺境の女王」という噂が広まっていたのだ。

「……リディアが“国”を名乗ったと?」
 国王は玉座の上で震えるように問う。

「はっ。辺境の村は既に城壁を築き、旗を掲げております。商人どもは“女王リディア”と呼び……」

「黙れ!」
 アルベルトが叫ぶ。
「あの女に国など作らせてなるものか! 暗殺だ。密偵を送れ。村ごと焼き払え!」

 臣下たちは怯えながらも頷く。
 その隣でセリーヌは微笑んでいたが、その指先は小刻みに震えていた。

(姉さま……どうしてそこまで……。王都が焦るほどに、あなたは力を持ってしまった……)

 辺境の夜。
 リディアは焚き火のそばで星空を見上げていた。
 アレンが隣に座り、低く言う。

「王都が黙っているはずがない。次は兵だけでなく、刺客や謀略を送ってくるだろう」

「ええ。それでも、もう退けない。私たちは国を名乗ったのだから」

 リディアはコンパスを掲げ、炎にかざした。
 針が北を指し、淡い光が夜空に溶ける。

「この光は消えない。王都が何をしようとも、私たちは前へ進む」

 遠くで狼の遠吠えが響き、夜風が焚き火を揺らした。
 その炎は、確かに小さな国の未来を照らしていた。