無能と神に切り捨てられた俺ですが、唯一授かった“影潜り”スキルで全てを飲み込み、気づけば勇者も王も凌駕してました

 王都からの召喚令状を受け取った翌日、俺たちはギルドに再び足を運んだ。
 朝の広間は人で賑わい、依頼掲示板の前には冒険者たちが群がっている。

 視線が俺に集中した。
 囁き声が聞こえる。

「影潜りの男だ……」
「盗賊団を潰したってやつか」
「でも、王都に呼ばれたんだろ? 危ねえな」

 好奇心と警戒心が入り混じった視線。
 俺は慣れたように肩をすくめた。だがルナが袖を握る小さな手の震えを感じ、心の奥がざわついた。

 受付嬢が俺たちを奥の部屋へ案内する。
 机の上には分厚い台帳が広げられていた。

「これが正式な冒険者登録手続きです」

 俺たちは既に“仮登録”で昇格試験を受けた。だが王都からの召喚に応じるには、正式な身分が必要だという。

 名前、生年月日、スキル、得意分野。
 俺は書き込み、最後に“影潜り”と記した。

 受付嬢はその文字を一瞥してから、静かに告げた。
「正式登録をもって、あなたは冒険者となります。依頼を受け、報酬を得る資格があります」

 木製のカードが手渡される。黒い縁取りに、俺の名が刻まれていた。
 冒険者証――それはこの世界で生きるための通行証でもある。

「おじさん! やったね!」

 ルナが跳びはねるように喜び、リクも笑った。
「これで堂々と街を歩けるな。あんたの名はもう、ただの噂じゃない」

 俺はカードを握り締めた。
 無能と呼ばれた俺に与えられた、初めての“肩書き”。
 小さな木片が、胸の奥でずしりと重い。

 だが安堵は長く続かなかった。
 ギルドマスターが現れたのだ。

 白髪まじりの壮年で、鋭い目をしている。
 彼は俺を見据え、低く言った。

「影潜り。お前の力は確かに役立つ。だが王都が動いた以上、お前は注目されすぎている」
「……わかっています」
「これから王都へ行くのだろう。その前に一つ忠告だ」

 マスターの声は重かった。

「“影”は人を救うこともあれば、呑み込むこともある。……お前がその境界を踏み越えたとき、この街は二度とお前を受け入れんぞ」

 警告とも、期待ともつかない言葉。
 俺は黙って頷いた。

 王都への道は遠い。
 旅の準備を整え、街を出る計画を立てる必要がある。
 その前に――試しに小さな依頼を受けることにした。

 討伐対象は、街の外れの草原に現れる“牙ウサギ”。
 獰猛で跳躍力が高く、初心者が手こずる相手だ。

 草原に出ると、青空の下を風が吹き抜けた。
 群れを成す牙ウサギが、赤い目でこちらを睨む。

「行くぞ!」

 俺は影に潜り、ウサギの足元から飛び出す。
 拳を叩き込むと、衝撃で地面に沈み込む。

「きゃっ!」
 ルナの影から石が飛び出し、別のウサギを直撃。
 リクが横合いから短剣を突き立て、鮮やかに仕留めた。

 三人の連携は、すでに自然なものになりつつあった。

 討伐を終え、証拠の牙を持ち帰ると、ギルドで報酬が支払われた。
 銀貨数枚。
 決して大金ではないが、初めて“正当な対価”を得たことに胸が熱くなる。

「おじさん! これでご飯食べられるね!」
「いや、それだけじゃなく宿代も払える。今日は路地裏じゃなく屋根のある場所で眠れるぞ」

 ルナが目を輝かせる。
 リクも満足げに頷いた。

 夜、宿のベッドに横たわりながら、俺は天井を見上げた。
 影が静かに揺れる。

 神に無能と切り捨てられた俺が――。
 今は冒険者として、仲間と共に生きている。

 だがその影の奥に、まだ不穏な気配が潜んでいるのを感じる。
 王都の召喚、影を操る賊。
 それらは必ず、俺を待ち受けているだろう。

「……行こう。影が示す先へ」

 小さな声で呟き、目を閉じた。

第8話ここまで