ギルドの掲示板に貼られた依頼書。
 そこに書かれた文字は、俺の心臓を強く締め付けた。

『王都より緊急指令――影に潜む賊の討伐を要請』

「……影に、潜む……?」

 思わず声が漏れる。
 俺と同じ“影”を扱う存在が、他にもいるというのか。

 その夜、路地裏でリクとルナを前に相談した。

「ただの偶然とは思えない。俺と同じ力を使う奴がいる」
「じゃあ、おじさんの仲間?」
 ルナの無邪気な言葉に、俺は首を振った。
「仲間か敵か……それすらわからない。だが王都が討伐依頼を出した時点で、ろくでもない相手だろう」

 リクが眉をひそめる。
「影を操る奴が複数? もし本当なら……あんたの力は珍しくも何ともなくなるな」
「だからこそ、確かめる必要がある」

 俺は強く拳を握った。

 翌日。
 市場の片隅で情報を集めると、不穏な噂が耳に入った。

「最近、この街の近くで商隊が襲われたらしい。しかも犯人は、どこからともなく現れては消える影の集団だとか」
「影に呑まれて、兵士が丸ごと消えたって話もあるぞ」

 ただの尾ひれかもしれない。だが確かに、俺と似た力を持つ何者かがいる。

 ルナが不安そうに囁いた。
「ねえ……おじさんが疑われたりしない?」
「……可能性はあるな」

 胸に冷たいものが落ちる。
 俺が盗賊団を倒したことで人々の信頼を得たが、それも脆いものだ。
 一度“影の賊”と混同されれば、すぐに立場を失う。

 その日の午後。
 ギルドの受付嬢に呼ばれた。

「……あなたに依頼が届いています」

 差し出された封筒には、王都の紋章が刻まれていた。
 嫌な予感がする。封を切ると、そこには命令文が記されていた。

『影潜りの冒険者へ――王都へ出頭せよ。影を巡る異変の真偽を確認する』

 事実上の召喚令状だった。

 帰り道、リクが舌打ちする。
「出頭しろって……まるで犯罪者扱いじゃねえか」
「無理に逆らえば、本当に罪人になるだけだ」

 俺はため息をついた。
 影を巡る騒動に巻き込まれることは避けられない。
 それならば――自分の意思で確かめるしかない。

「王都へ行こう。真実を、この目で見るために」

 ルナが不安げに俺の袖を握った。
「でも……危ないんじゃ?」
「危ないのはわかってる。でも、ここで逃げればずっと“無能”のままだ。俺は……影を証明する」

 その言葉に、ルナの瞳が少しだけ揺れ、やがて強く頷いた。

 出立の準備を進める中、影の中で俺は新しい感覚を覚えた。
 複数の影を結ぶとき、意識の奥に別の“気配”が混じるのだ。
 それは自分のものではない、冷たい視線のような……。

「……誰かが、見ている?」

 影の深淵に潜む、未知の存在。
 王都の噂と、この感覚は決して無関係ではない。

 俺は闇の中で小さく呟いた。

「神よ。無能と切り捨てた俺の“影”が……お前の知らないものを掴んでいるぞ」

 返事はない。
 ただ闇が、静かに震えていた。

第7話ここまで