盗賊団を倒した翌日、街はざわめいていた。
 広場では人々が声をあげ、子供たちは影の遊びを真似て笑っている。

「影から出てきたぞ! やっつけろー!」
「きゃー! 飲まれちゃう!」

 その光景を見て、俺は苦笑した。
 神に無能と烙印を押された俺が、今や子供の遊びの題材になっている。皮肉だが、悪くない気分だった。

 その夜、俺は路地裏で影の実験をしていた。
 ルナとリクも付き合ってくれている。

「よし、試すぞ。ルナ、その石を投げてみろ」
「うんっ!」

 ルナが小石を放る。それは俺の影に触れ、すっと沈んだ。
 俺は手を突っ込み、別の影から石を取り出す。

「……やった!」
 ルナが拍手する。

 影と影を“繋ぐ”だけでなく、物を移動させることができる。
 さらに影の中に“留めて”おくことも可能だ。

 リクが腕を組んだ。
「つまり、簡単な収納袋みたいなもんだな」
「ああ。制限はあるが……使い道は多い」

 俺はナイフやパン、水袋を影に入れてみせた。
 重さは感じない。影が勝手に抱えてくれるのだ。

「影の倉庫……って感じだな」
「うわぁ……便利!」

 ルナは目を輝かせる。
 彼女の笑顔を見るたび、俺は力を試す意味を実感する。

 だが、甘いことばかりではない。

「おい、あんたら……ギルドに来い」

 昼下がり、突然声をかけられた。
 鎧姿の男が二人。冒険者ギルドの使いだ。

「盗賊団を潰したってな。なら報告義務がある。未登録者が勝手に動けば、処罰対象だぞ」

 俺はリクと視線を交わす。
 これは……逃れられない流れだ。

「わかった。行こう」

 冒険者ギルドは、街の中心にそびえる大きな石造りの建物だった。
 中に入ると酒場のように賑やかで、武器や防具を身につけた冒険者たちが行き交っている。

「おい見ろ、あいつが影潜りの……」
「バルゴを倒したって噂の……」

 視線が集中する。
 嘲りはない。だが試すような、値踏みするような眼差し。

 受付嬢が書類を差し出した。
「スキルを確認します。――“影潜り”ですね?」
「ああ」

 彼女はわずかに目を細めた。
「珍しいスキルですが……記録では最低等級扱いです」
「……だろうな」

 だが、次の瞬間。
 後ろからリクが声を張り上げた。

「こいつは最低どころか、盗賊団を壊滅させた英雄だ! 見くびるなよ!」

 ざわめきが広がる。
 受付嬢は驚きつつも、記録に目を走らせた。

「……事実ならば、昇格試験を受ける資格があります」

 試験は単純だった。
 指定された魔物を討伐し、証拠を持ち帰ること。

 俺たちは森に向かった。
 昼間でも薄暗く、木々の影が地面に複雑な模様を落としている。

「いい練習場だな」

 俺は影に潜り、木の影から飛び出した。
 狙いは森狼――灰色の毛並みを持つ凶暴な魔物だ。

 牙を剥いて襲いかかる。
 だが俺は影に沈み、狼の背後から現れ、首筋を掴んで地面に叩きつけた。

「ガウッ!」

 リクが短剣で止めを刺し、ルナが小石を影に落として合図する。
 俺はその影を繋ぎ、背後に迫っていた別の狼に石を叩きつけた。

「ギャンッ!」

 連携は完璧だった。

 夕暮れ、狼の牙を証拠として持ち帰った俺たちは、無事に昇格を果たした。
 ギルドの冒険者たちがざわめき、誰かが口笛を鳴らす。

「最低スキルだと? 笑わせるな」
「影潜りの三人組、なかなかやるじゃねえか」

 俺は拳を握った。
 無能と切り捨てられた俺に、初めて「冒険者」という肩書きが与えられた。

 ルナが笑顔で言う。
「ねえおじさん、これからもっと強くなれるよ!」
「ああ。影の先には、まだまだ可能性がある」

 その時、ギルドの掲示板に張り出された依頼が目に入った。

『王都より緊急指令――影に潜む賊の討伐を要請』

 俺の胸に冷たい予感が走った。
 影を使うのは俺だけじゃない。
 この世界には、俺と同じく“影を操る存在”がいるのかもしれない。

第6話ここまで