夜の街に、ざわめきが広がっていた。
 盗賊団が動き出したのだ。
 頭バルゴを失ったことで統率を欠き、残党が勝手に暴れ回っている。店を荒らし、民家に押し入り、女や子供を狙う。

 俺たちはそれを見過ごせなかった。

「……やるぞ」

 リクが短剣を構え、ルナが影に潜り込む。
 俺は路地裏に広がる夜の闇を見渡した。
 影が、ざわりと蠢く。
 まるで「今こそ逆襲の時だ」と告げるように。

 最初に狙ったのは、酒場を占拠していた盗賊たちだ。
 酔っ払いながらも刃を振り回し、店主を殴っていた。

 俺は影に沈み込み、カウンター下の暗がりから飛び出す。
 拳で顎を砕き、再び影へ。
 背後に回って一人を引き倒し、リクがすかさず短剣を突き立てた。

「ひっ……な、何だコイツら!」
「影だ! 影に呑まれる!」

 恐怖に駆られた盗賊たちは逃げ出し、酒場は解放された。

 店主は震えながら頭を下げた。
「た、助かった……! あんたは……」
「ただの影潜りだ」
 そう告げて去る俺の背に、民衆の視線が集まった。

 次は広場。
 子供を連れ去ろうとする盗賊を、ルナが影から突き飛ばした。

「や、やめろ!」

 まだ幼い体で必死に立ちはだかる姿に、俺は胸を打たれる。
 影の中から俺が現れ、盗賊を殴り倒す。
 子供たちは泣きながらも、ルナを「すごい!」と抱きしめた。

 ルナの頬が赤く染まる。
 その顔は、俺がかつて欲しかった「居場所」を思い出させた。

 だが――。

「よくも好き勝手やってくれたなァ!」

 咆哮と共に、巨大な影が現れた。
 バルゴだった。
 まだ完全に倒れていなかったのだ。
 巨体は包帯だらけで、片目に血が滲んでいるが、その斧は健在だ。

「影潜り……今度こそ叩き潰してやる!」

 斧が振り下ろされる。地面が裂け、石畳が砕ける。
 俺は影へ飛び込むが、奴の動きは速い。出口を読まれ、斧が迫る。

「おじさんっ!」
 ルナの声。

 その瞬間、俺は閃いた。

 影は“繋がる”。
 ならば、複数の影を同時に繋いだらどうなる――?

 俺は市場の屋台、街灯、家々の隙間。すべての影を一気に結びつけた。
 闇がうねり、巨大な網のように広場を覆う。

「なっ……!」

 バルゴの足元が沈む。斧を振り上げる腕も影に絡め取られる。
 奴は必死に抗うが、俺は全身の力を込めて影を締め上げた。

「お前の暴力はここで終わりだ!」

 最後の一撃を叩き込み、バルゴは血を吐いて崩れ落ちた。

 静寂。
 広場に人々の歓声が広がる。

「盗賊団が……倒れた!」
「影潜りの男がやったんだ!」

 誰もが口々に叫び、俺を見上げる。
 侮蔑の視線は、もうどこにもない。

 ルナが駆け寄り、笑顔で抱きついてきた。
「おじさん! 本当に勝ったんだね!」
「ああ……」

 リクも笑みを浮かべ、肩を叩いた。
「これで俺たちは……ただの最下層じゃなくなったな」

 だが俺は知っている。
 この勝利は始まりにすぎない。
 街を蝕むのは盗賊だけではない。
 王都から流れてくる陰謀の影――それが、じわじわと迫っているのだ。

 神に無能と切り捨てられた俺。
 だが今は胸を張って言える。

「俺は……影と共に、生き抜く」

 ルナとリクが頷き、闇が静かに寄り添った。

第5話ここまで(第1章完)