路地裏に、しんと静けさが戻っていた。
 倒れ伏す盗賊団の頭・バルゴを見下ろしながら、俺は息を整える。拳に走る鈍痛と、影にかけた負荷が全身に重くのしかかっていた。

 ルナが恐る恐る近づいてくる。
「おじさん……ほんとに、勝ったの?」
「ああ。まだ息はあるけどな。とりあえず脅威は去った」

 ルナの小さな手が俺の袖を握った。
 その瞳は怯えと、同時に確かな信頼で揺れている。

 翌朝。
 街の広場に足を踏み入れると、人々の視線が俺に集まった。

「影潜りの奴だ……」
「バルゴを倒したって噂、本当なのか?」

 侮蔑の眼差しは消え、代わりに畏怖と好奇の混じった視線が突き刺さる。
 俺は肩をすくめ、パンを二つ買い、路地裏へ戻った。

「ほら、朝飯だ」
「ありがとう!」

 ルナが笑顔で頬張る。
 俺もひとかじりしながら、言葉を探した。

「なあ、ルナ……お前、これからどうしたい?」
「どうって?」
「家族とか……帰る場所は?」

 ルナは首を横に振った。
「もういない。ずっとひとりだった。でも……おじさんが助けてくれた」

 言葉は幼いが、その声音には覚悟があった。

「だったら、俺と一緒に来るか? 影に潜れば、ある程度の危険は避けられる。二人なら、生きやすくなる」

 ルナの瞳がぱっと輝いた。
「いいの? わたし……足手まといじゃない?」
「足手まといじゃない。お前は……俺にとって必要だ」

 ルナは涙をこらえながら大きく頷いた。

 それから、俺たちは本当の「相棒」になった。

 俺は影潜りで食料を調達するだけでなく、影の中に物を収納できることに気づいた。
 小さなナイフやパン、ルナの古びた人形さえも。

「わぁ……! 便利だね!」
「お前の荷物も持てる。影は無限じゃないが、工夫次第でどうにでもなる」

 俺が影の練習を重ねる間、ルナは市場で情報を拾ってきた。子供だからこそ、目立たずに人々の会話に耳を傾けられるのだ。

「ねえおじさん。盗賊団、バルゴが倒れたせいで分裂しそうだって」
「……そうか」

 力を示した結果、街に波紋が広がっている。
 俺は考えた。単に生き延びるだけでは駄目だ。この街で居場所を作るためには、盗賊団の支配を完全に崩さねばならない。

 ある夜。
 俺たちの前に、一人の青年が現れた。

「おい……お前ら、影潜りの奴だろ?」

 痩せぎすだが、目は鋭い。腰には短剣を帯びている。

「俺はリク。バルゴの手下だったが、あんたの戦いを見て決めた。……あんたに仕えたい」

 予想外の申し出に、俺は目を細めた。

「裏切り者が信用されると思うか?」
「それでも構わねぇ。盗賊団のやり方にはうんざりしてた。俺は……あんたと一緒に、この街を変えたいんだ」

 リクの眼差しは真剣だった。
 ルナが不安げに俺を見上げる。

 しばしの沈黙のあと、俺は頷いた。
「……いいだろう。ただし裏切ったら、影が容赦なく飲み込む」
「上等だ!」

 こうして俺たちは三人になった。

 その夜、ルナが俺の影からひょっこり顔を出した。

「ねえおじさん。わたし、強くなりたい」
「強く?」
「また盗賊が来たら、わたしも守れるようになりたいの。隠れてるだけじゃ、いやだ」

 その瞳には幼さを越えた強い光が宿っていた。
 俺はしばらく黙り込んだが、やがて笑った。

「わかった。お前にも影の使い方を教えてやる。ただし危険は俺が引き受ける。それが条件だ」
「うん!」

 ルナがにこりと笑った瞬間、影が小さく揺れた気がした。
 まるで彼女を歓迎するかのように。

 こうして俺は、孤児の少女と元盗賊の青年という仲間を得た。
 無能と呼ばれ、神に切り捨てられた俺が、初めて「居場所」を見つけた瞬間だった。

 影は確かに俺を拒まない。
 むしろ――仲間と共にあることで、影はさらに深く広がっていくように思えた。

第4話ここまで