翌朝。
 目を覚ますと、石畳の冷たさが背中に残っていた。
 夜の路地裏で眠り、何度も蹴飛ばされそうになりながらも、どうにか追い出されずに済んだ。

 腹は空っぽ。
 食い物を探すしかない。だが金もない。

「……やるしかないな」

 俺は試しに近くの屋台に近づいた。香ばしいパンの匂いが腹を刺激する。
 手を伸ばしたい衝動をこらえ、影に意識を沈めた。

 ――ズブリ。

 自分の影と、屋台の下に落ちる影とが繋がる。
 そこから手を伸ばすと、まるで闇のトンネルを通るように、パンの底に触れた。

「……マジか」

 取り出したのは小さなパン。手の中に温かさが残っている。
 罪悪感が胸を刺したが、背後で小さな声がした。

「……おなか、すいた」

 振り返ると、昨日助けたあの少女が立っていた。
 髪はぼさぼさで、服は擦り切れ、足は裸足。年は十歳にも満たないだろう。

「お前……昨日の……」
「わたし、ルナ。助けてくれて……ありがとう」

 彼女はぺこりと頭を下げた。
 その動作で、骨ばった背中が見えてしまう。痩せすぎだ。

 俺は迷わずパンを差し出した。
 ルナは目を輝かせ、一口かじると涙をこぼした。

「……あったかい……」

 胸の奥に熱いものが広がる。
 盗んだパンでも、彼女にとっては生きる糧になる。

 それから俺とルナは一緒に過ごすようになった。
 路地裏の隅に、廃材を積んだだけの寝床を作る。
 俺が影を使って食料を調達し、ルナが洗濯や片付けをしてくれる。

「おじさん、すごいね」
「……おじさん、って歳か? まあ、否定はしないけど」

 笑い合う。
 だが現実は厳しい。路地裏の最下層には盗賊崩れや乞食が溢れていて、弱者はすぐに食い物を奪われる。

 俺は考えた。
 影潜りの応用を――。

 ある夜。

 盗賊がルナの持っていた食料を狙ってきた。
 俺は咄嗟に影に潜り、そいつの背後に現れ、拳で沈める。

 さらに影に引きずり込み、足を縛るように絡め取った。

「うわっ!? なんだこれ! 足が抜けねぇ!」

 盗賊はパニックになり、仲間が助けようとしたが、影の中に手を入れた瞬間、腕ごと沈みかけて悲鳴を上げた。

 俺は言った。

「影は俺の領域だ。ここで俺に敵うと思うな」

 盗賊たちは青ざめ、食料を放り投げて逃げ出した。

 ルナは怯えながらも俺を見上げた。

「……こわかった。でも……守ってくれて、ありがとう」

 俺は拳を握りしめた。
 あの時、神は俺を無能と断じた。
 だが――。

「この力で……生き抜いてやる」

 自分のためだけじゃない。
 目の前の小さな命を守るために。

 影は俺を包み込み、背中を押すように揺らめいた。

第2話ここまで