裁きから数日。王都は目に見えて変わり始めていた。
 「薬草令嬢」の噂は広がり、街の人々がわたくしを見れば、嘲笑ではなく期待の色を浮かべるようになった。

 王城の一角、陽当たりのよい庭地が新たに整えられている。そこが、王から下賜された“薬草園”であった。

「ここが……私の新しい畑になるのですね」

 わたくしは畝を指でなぞり、胸にこみ上げるものを感じた。
 辺境の痩せた土地で芽吹いた草が、今度は王都の中心で根を下ろす。
 ――婚約破棄で奪われたはずの居場所が、こうして違う形で返ってくるとは。

 王弟殿下は杖を手に、まだ完治しきらない体で視察に訪れていた。
「ここで草を育てれば、病に苦しむ者たちを救えるのだな」

「ええ。薬草は国境を選びません。井戸も、子どもも、兵も、皆に効きます」

 殿下の瞳に、柔らかな光が宿る。
「リリアーナ。君はもう、誰よりも国のために働いている。……どうか無理はするな。君を失えば、この国は再び闇に沈む」

 その声の温かさに、わたくしの胸はかすかに揺れた。
 辺境で、あれほど孤独だったわたくしが、今はこんなふうに“支えられている”のだ。

 だが、全てが順風満帆ではなかった。
 王都の医官たちの中には、わたくしを敵視する者もいたのだ。

「薬草など、素人の慰めにすぎぬ」
「我ら王家の医術こそ正義。追放令嬢の出る幕ではない」

 彼らは陰でささやき、やがて表立って妨害を始めた。薬草園に必要な物資の搬入を遅らせ、配下の見習いを遠ざける。
 ――そう、ここからは“権威”との戦いが始まる。

 その夜、レオンが薬草園の囲いに背を預けながら言った。
「噂を聞いた。医官どもが、お前を潰そうとしている」

「想定の範囲内ですわ。草は、踏まれてもまた芽吹くものですから」

 強がって答えると、レオンはふっと笑った。
「そういうところが、奴らには一番恐ろしいんだろうな」

 彼は剣を腰に差したまま、月明かりの下で続けた。
「近々、東の港から船が戻る。その船には、疫病の噂がある。……医官どもは手をこまねくかもしれない。お前が再び前に立つ時が来る」

 港から――新しい病。
 胸の奥に冷たいものが走ると同時に、熱い炎も燃え上がった。

「……ならば、鍋をもっと大きくしなくてはなりませんわね」

 薬草園の片隅で、小さな芽が土から顔を出していた。
 辺境から持ち帰った薬草の種が、王都の地でもしっかりと根を張ろうとしている。
 その姿を見て、わたくしは心に誓った。

 ――王都であろうと、辺境であろうと。
 薬草令嬢は、命を救うために草を育て続ける。

 そして来る新しい脅威にこそ、この力を示してみせるのだ。