王都の大広間に、再び人々が集められた。昨日の裁きは「証言の聴取」で終わり、今日こそ結論が下される。
 王の席の前には、王太子とわたくし。対照的に並べられ、注がれる視線は熱を帯びていた。

 王がゆるやかに口を開く。
「王弟の証言は重い。彼は命を救われたと語った。それに反し、王太子、お前はどう証明する?」

 王太子は声を荒げた。
「証明など不要です! 薬草に人を救う力などありません! この女はただ運よく病の終息と重なっただけ! 私は……私は正しかったのだ!」

 必死の叫びに、観衆はざわめき、やがて冷たい視線を向ける。
 その中で王妃が、静かに立ち上がった。

「……ならば、私も証言を」

 大広間が息を呑む。王妃は優雅に歩み出て、王太子を見下ろした。
「私は昨夜、薬草師殿の作った補水液を飲んだ。わずかな疲れが和らぎ、喉が楽になった。――実感なくして、どうして否定できましょう?」

「母上まで……!」

 王太子の顔は蒼白に染まる。もはや彼の言葉には、誰も耳を貸していなかった。

 わたくしは深く一礼し、静かに声を放つ。
「殿下。あなたは“薬草は泥臭い”とお笑いになりました。けれど泥にまみれた手が、どれほど多くの命を支えたか――その事実は、ここに集う皆が知っています」

 観衆から、どっと拍手が広がった。誰かが声を上げる。
「薬草令嬢だ! 命を救ったのは彼女だ!」

 ざわめきが波となり、大広間を満たした。

 王は重々しく頷いた。
「……リリアーナ・フォン・グレイス。お前の追放は取り消す。今後は“薬草師”として王家の庇護下に置く。王都に薬草園を築き、病に備えよ」

 その言葉に、胸が熱くなる。だが次に響いた声は、さらに大きな波を呼んだ。

「そして――王太子アレクシス。お前は軽率な判断により、国を危うくした。婚約破棄を口実に令嬢を追放し、病を嘲笑し、結果として王弟の命をも危険に晒した。その罪、重い」

 王の声は冷えきっていた。
 王太子の顔が歪む。
「父上……私は……私はっ……!」

「以後、王位継承権を剥奪する」

 その瞬間、大広間が爆ぜるようにざわめいた。

 わたくしは裾を握り、深く息をついた。
 ――これが、“ざまぁ”の結末。

 追放の屈辱も、泥にまみれた日々も、すべてはこの瞬間のためにあった。
 視線が集まる。羨望も、尊敬も、驚きも。
 かつて笑い、嘲った者たちが、いまはわたくしの前にひれ伏すように見えた。

「薬草は、人を救います。……それは、身分や評判より確かな力ですわ」

 拍手が再び広がり、王都の空気を変えていった。

 その夜。
 わたくしは王弟殿下の側で、静かに鍋をかき回していた。
「……殿下。婚約破棄は、もはや過去の話です。わたくしは薬草師として歩んでゆきます」

 殿下は微笑み、柔らかな声で答えた。
「その歩みを、私も共に見届けたい」

 炎がぱちりと弾ける音が、心の奥まで響いた。
 ――薬草令嬢の新しい人生は、まだ始まったばかりだった。