王都の城門をくぐった瞬間、わたくしは無数の視線を浴びた。
 病の噂はすでに都を覆い、そしてその只中で「追放された令嬢が王弟殿下を救った」という話が火のように広まっていた。人々は好奇の目を隠さず、囁き合った。

「……あれが、あのリリアーナか」
「泥にまみれた草娘だと聞いたが」
「王弟殿下のお命を救ったそうじゃないか」

 賛否入り混じる声が、耳に痛いほど押し寄せる。
 だが、もはや怖れはなかった。辺境で、命の重さを知ったあとでは。

 やがて大広間。裁きの舞台は舞踏会場を改装した場所だった。
 正面には王と王妃、その隣に王太子。かつて婚約者であったその人が、憎々しげにこちらを睨んでいる。
 そして反対側には、まだ回復途中の王弟殿下が座していた。わたくしを守るように、しっかりと。

「リリアーナ・フォン・グレイス。お前は王太子殿下との婚約を破棄され、辺境へ追放された。――だが、その後の行いにより国を揺るがす噂が立った。真偽を、今ここで明らかにする」

 王の低い声が広間に響く。ざわめきが広がり、やがて静まった。

 先に口火を切ったのは、王太子だった。
「父上、母上、そして集った民よ! この女は婚約者でありながら薬草ばかりをいじり、淑女の務めを放棄した! だからこそ私は婚約を破棄したのだ!」

 彼の声は大広間に響き渡り、従者たちは頷いて見せる。
「しかも彼女は、自らを正当化するために“王弟を救った”などと喧伝している! だが真実はどうだ? 草で病を治すなど、戯言にすぎぬ!」

 観衆がざわつく。賛同する者、疑う者。
 わたくしは一歩進み出て、裾を整え、深く一礼した。

「……殿下。ではお尋ねします。あなたは病に倒れた人々の前に立ち、匙を運んだことがありますか?」

「なっ……」

「咳き込む子どもに水を与え、布を絞り、熱にうなされる母親の手を取ったことがありますか?」

 王太子は言葉を詰まらせる。観衆がまたざわめいた。
 わたくしは声を強めた。

「わたくしは泥にまみれました。草を摘み、鍋を煮、布を干し、手を洗わせ、何度も匙を運びました。それが“恥”だというのなら、わたくしはその恥を誇ります!」

 その瞬間、広間の空気が変わった。
 観衆の中から拍手が起こり、やがて波のように広がっていく。

 そして王弟殿下が立ち上がった。
「証言する! 私の命は、リリアーナによって救われた! 草も鍋も、そして彼女の知恵と勇気がなければ、今ここに私はいなかった!」

 王弟殿下の声は堂々としていた。兵や貴族の視線が一斉にわたくしへ集まる。
 王太子の顔色が青ざめ、拳を震わせるのが見えた。

「馬鹿な……! 父上、これは策です! この女が私を陥れようと――!」

 だが王の眉間には深い皺が寄り、王妃は冷たい眼差しで王太子を見つめていた。

「……真実は、もう見えたのではありませんか?」

 わたくしは静かに告げ、深く一礼した。

 その夜。裁きの正式な結論は翌日に持ち越された。
 だが広間を去るとき、観衆の多くはわたくしに向かってこう囁いた。

「ありがとう……」
「子どもを救ってくれて……」
「本当に“薬草令嬢”だ……」

 その声は、王都で浴びた冷たい嘲笑をかき消すほどに温かかった。

 ――屈辱は、もはや力に変わった。
 明日、裁きの結論が下される。その瞬間こそ、真の“ざまぁ”が訪れるのだ。