「可愛いねぇ。本当に可愛いわよ、鈴ちゃん」

「スカートスースーする。母さん、これやだ」

 メイド服を着せられていた僕がそう言っても、母さんは笑いながら猫耳のカチューシャをつけて、首にチョーカーをかけた。僕が可愛らしい顔をしているから、ついついしたくなっちゃうの。許してねと言って。

 そしてそんな変態的な趣味に五歳の時から、僕は十五歳になるまで耐え続けた。

「っ、……母さん?」

 ある日家に帰ったら、母さんは死んでいた。 母さんを殺したのは、人形のように美しい顔をした一人の青年だった。

 怖くて腰を抜かした僕を見ると、青年は「助けてもらえてよかったね、鈴谷」と意味深な言葉を口にした。

 母さんを殺したのは、母さんのお兄さんだった。昔から善良な人だったから、影で僕を助ける計画を練ってくれていたらしい。

 ただそうなってから、僕は時々母さんが現れる夢や幻覚を見るようになった。

 僕は今、自首をしたお兄さんがくれた金とマンションの一部屋を使って、一人暮らししている。

**

「鈴谷くん、もう学校は慣れたかな?」

 保健の先生がかけてきた言葉に、こくこくと頷く。

「はい。でも教室は落ち着かないです。女子生徒を見ると、僕を女装させた母さんを思い出すから」

 目を見開いてから、保健の先生は顔を伏せる。

「そう。早く教室に行けるようになるといいわね」

 僕は首を振る。

「ううん。まだ、いいです」

 僕は先生にしていいか聞いてから、保健室のカーテンを開ける。

 すると、校庭でサッカーや野球が行われている景色がとても鮮明に見えた。 肌が程よく焼けた黒い青年が、サッカーゴールに何度もゴールを決めていた。連続で五回くらい決めている。

「すごい。僕もスポーツしたいなぁ」

「あぁ、あの子上手よね。一年生の原口透くん。サッカー部のエースなんですって」

 先生が教えてくれる。

 顔から流れている汗を拭っている腕には筋肉がついていて、瞳はめずらしい灰色。手足は細長く、背が高い。

「彼、身長僕よりずっと高いです」

「うん。身体測定では確か……百八十センチメートルだったかな?」

じゃあ僕より二十センチメートル高いんだ。

「いいなぁ」

 眺めていたら、透くんと目が合う。え、見てたの気づかれた? 恥ずかしくなり、慌てて目を逸らす。
 
 透くんはあまり気にしなかったのか、すぐに部員の子達に話しかけられ、部活動を再開した。

「鈴谷くん、今四時だけど、今日は何時までいることにする?」

「……五時くらいに帰るんでもいいですか? まだサッカー部を見てたくて」

「ええ、いいわよ。それじゃあ私は職員室に行くから、何かあったら呼びに来てね」

 お辞儀をする先生の言葉に頷く。先生は笑って、保健室を出て行った。