始業式二日目の朝、校舎の白さがいつもより明るく見えた。雲の縁がまだ夏のかたちをしているのに、風だけが秋の初出勤みたいにきちんとしている。私は鞄の内ポケットに、橋の上で撮ったチェキを一枚と、清書した“条文”を折って入れた。紙は薄いのに、掌に乗せると重さがある。これは持ち歩ける帰り道。迷いそうになったら、ここへ戻ればいい。
通学路の角で、柴犬が一度だけ短く吠えた。パン屋の前を通ると、甘い匂いがまだシャッターの隙間から漏れている。信号が青に変わる瞬間、金属の軽い音がして、私は無意識に呼吸を整えた。ひとつ、ふたつ。昨日より、すこしだけ正確に。世界は去年と同じ音階で鳴っている。違うのは、耳だ。耳が、この夏のあいだに、ひとつ動詞を覚えた――「聞く」。ただ音を受け取るのではなく、いま鳴っている音を選んで聞く。
教室のドアを開けると、新しい座席表が黒板の端にはってあった。昨日決まった配置。私は窓から二列目の真ん中より少し後ろ。瑠衣は斜め前。蓮は窓際の一番後ろ。距離は、遠すぎず、近すぎない。間が置いてあるぶん、呼吸の場所がある。机に教科書の背を揃え、ペンの位置を決める。チャイムの合間、黒板消しの粉が光って舞い、扇風機は相変わらず律義に首を振る。普通が続く。普通は退屈で、光だ。
「ね、秋になったらさ、また写真撮ろ」
授業と授業の間の休み時間、瑠衣が振り返った。指を折りながら提案する。
「紅葉とか、焼き芋とか、校庭の銀杏。あと……」
最後の指を立てる。
「三人の顔」
私は笑ってうなずいた。「撮ろう」。次の季節の予定は、夏の物語を続ける手になる。手は合図であり、修理であり、そうして、連続の印だ。
放課後、蓮と神社へ行った。参道の砂利は、夏の間に踏まれた回数のぶんだけ平たくなっていて、靴の裏で小さく鳴った。祠の前に立って、二人で息を合わせる。紙垂は風に揺れず、かわりにしめ縄だけが微かに軋む。
「契約、更新しよう」
蓮が言った。照れも冗談も混ぜない声。私は折りたたんだ条文を開き、最後の行の下に、新しい行を書き足す。
――条八 季節が変わっても、条一〜七を続ける
書き終えると、蓮は“署名”の横に青い線を一本、ゆっくりと描いた。真っ直ぐではない。ほんのすこし波打った、夏の線。二人で小指を絡めると、祠のしめ縄が柔らかく鳴った。制度は季節で試される。約束は、動詞のままで冬を越せるか。青い線は、そこへ向けた細い橋。
参道を戻って、橋で立ち止まる。欄干の“約束”の刻印は、夕日で黄金色に見えた。去年、冬の光の下では固くて冷たかった文字が、今日はどこか柔らかい。私は欄干に触れず、胸の中で“ありがとうの名簿”を読み上げる。瑠衣、駄菓子屋のおじさん、写真部の顧問、司書さん、祠、橋、灯、雨、海、風、そして――蓮。
「ありがとう」
声に出す。小さく、でも、はっきり。蓮が横顔で笑う。
「どういたしまして」
当たり前の返事が、世界でいちばん過不足がない。ありがとうは魔法ではない。修理の油だ。私は油のにおいみたいに胸の奥が温かくなるのを感じた。
家に帰る前に、二人で河川敷へ降りた。去年、私はここで崩れた。今日は、ここで立つ。草の匂いは乾いていて、遠くのボールが土を跳ねる音が風に混ざってくる。夕焼けは帯になって橋の裏側を染め、その下を電車が通るたび、影の色が一段階濃くなる。
「結衣」
蓮がふいに真顔になった。目だけが、笑っていない。
「もし、いつか、本当に“時間がずれる”ことがあって、俺が見えなくなっても――」
私は頷いた。言葉の途中で、合図がわかる。
「探しに行く。条文持って。手と、言葉で」
蓮は笑って、私の額に軽くキスをした。額の皮膚は、予想より薄く、骨に近い。軽い音はしない。それでも、世界の輪郭をひとつ、確かに塗り直す音がした。
「じゃあ、見失われないように、毎日“愛してる”って言う」
私の喉は、もう詰まらない。去年は言えなかった言葉が、今年は言える。肯定形で。私は「うん」と言い、その「うん」にできるだけの重ね塗りをした。
駅の改札で「また明日」。改札機のランプが緑に光り、短い電子音が鳴る。普通の言葉が、世界でいちばん強い呪文だと私は思う。扉は開くために作られ、鍵はかけ直すために作られている。だから、呪文は短くていい。「また明日」。それで充分だ。
夜。机に向かう。最後のページを開き、ペンを置く。書く内容は決めていない。書けないときは、「ある」を書けばいい――どこかで読んだその方法を、私は今日、やってみることにした。紙の中央に、すこし大きめの文字で、一字ずつ、ていねいに。
――「ある」。
点を打つみたいに、ペン先をいったん離す。呼吸をひとつ置き、次の行に、ほんの少しだけ間をあけて、続ける。
――「ここに」。
ページは静かだが、温かい。紙の繊維の中に、夏の湿度が一本、細く残っている。数秒後、その下に細い、けれど確かな字が現れた。
――「いる」。
三語が並んだ。ある/ここに/いる。世界の定義。愛の定義。夏の定義。私は笑いながら泣き、ページに額をそっと寄せる。紙の匂いは、涙で少し濃くなる。濃くなった匂いは、去年の病院の消毒液ではなく、今年の机の木の匂いだ。
机の引き出しから、去年と今年の花火の写真を取り出す。並べる。去年の自分は泣いている。今年の自分は笑っている。どちらも嘘じゃない。どちらも、私だ。私は二枚を重ねず、別々のポケットに入れる。矛盾を持ち歩くことが、強さだ。片方だけを持つと、世界はすぐに傾く。両方を持って歩けば、重さは分散され、足取りは静かに真っ直ぐになる。
ノックの音。母が湯呑みを持って入ってくる。
「お茶、入ったよ」
湯気がひと筋、まっすぐ上へ。私の「ありがとう」を母に手渡し、母も「ありがとう」を受け取る。家の中で、言葉が循環する。循環する言葉は、見えない配管を清める。
窓を開けると、風がページをひとりでにめくった。ぱらり。白紙で止まる。そこには日付も題名もない。私はペン先でそっと触れ、「明日」と囁いた。囁きは外へ出ない。けれど、紙の内側で小さく波紋が広がり、見えないインクの薄い匂いがした。
灯りを消す前、スマホが震える。蓮から。
〈また明日〉
私は拇印みたいな短い返信を打つ。
〈また明日〉
送信の青いバーが端まで走る。世界は、約束で編まれる。約束は名詞ではなく、動詞。動かし続けるかぎり、失われない。私はベッドに横になり、胸に両手を重ねる。心臓が、条文に従って静かに打つ。条一――合図は手。条二――感情は肯定形で。条三――戻る場所は三回折り。条四――写真と言葉は交換。条五――笑いを可視化。条六――謝罪は修理。条七――祈りは段取りへ。条八――季節が変わっても、続ける。
目を閉じる直前、どこか遠くで紙をめくる音がした。去年の私か、来年の私か、名前のないだれかが、同じページを開いている。別の季節の、同じ物語。遠い音は怖くない。むしろ、伴走の足音に似ている。
「おやすみ」
口の中で言う。返事は、風鈴が一回。鳴ったのは音そのものよりも、糸の方だったかもしれない。鳴らない夜に、小さな合図だけが、確かに残る。
夏は、終わった。
そして、続いている。
通学路の角で、柴犬が一度だけ短く吠えた。パン屋の前を通ると、甘い匂いがまだシャッターの隙間から漏れている。信号が青に変わる瞬間、金属の軽い音がして、私は無意識に呼吸を整えた。ひとつ、ふたつ。昨日より、すこしだけ正確に。世界は去年と同じ音階で鳴っている。違うのは、耳だ。耳が、この夏のあいだに、ひとつ動詞を覚えた――「聞く」。ただ音を受け取るのではなく、いま鳴っている音を選んで聞く。
教室のドアを開けると、新しい座席表が黒板の端にはってあった。昨日決まった配置。私は窓から二列目の真ん中より少し後ろ。瑠衣は斜め前。蓮は窓際の一番後ろ。距離は、遠すぎず、近すぎない。間が置いてあるぶん、呼吸の場所がある。机に教科書の背を揃え、ペンの位置を決める。チャイムの合間、黒板消しの粉が光って舞い、扇風機は相変わらず律義に首を振る。普通が続く。普通は退屈で、光だ。
「ね、秋になったらさ、また写真撮ろ」
授業と授業の間の休み時間、瑠衣が振り返った。指を折りながら提案する。
「紅葉とか、焼き芋とか、校庭の銀杏。あと……」
最後の指を立てる。
「三人の顔」
私は笑ってうなずいた。「撮ろう」。次の季節の予定は、夏の物語を続ける手になる。手は合図であり、修理であり、そうして、連続の印だ。
放課後、蓮と神社へ行った。参道の砂利は、夏の間に踏まれた回数のぶんだけ平たくなっていて、靴の裏で小さく鳴った。祠の前に立って、二人で息を合わせる。紙垂は風に揺れず、かわりにしめ縄だけが微かに軋む。
「契約、更新しよう」
蓮が言った。照れも冗談も混ぜない声。私は折りたたんだ条文を開き、最後の行の下に、新しい行を書き足す。
――条八 季節が変わっても、条一〜七を続ける
書き終えると、蓮は“署名”の横に青い線を一本、ゆっくりと描いた。真っ直ぐではない。ほんのすこし波打った、夏の線。二人で小指を絡めると、祠のしめ縄が柔らかく鳴った。制度は季節で試される。約束は、動詞のままで冬を越せるか。青い線は、そこへ向けた細い橋。
参道を戻って、橋で立ち止まる。欄干の“約束”の刻印は、夕日で黄金色に見えた。去年、冬の光の下では固くて冷たかった文字が、今日はどこか柔らかい。私は欄干に触れず、胸の中で“ありがとうの名簿”を読み上げる。瑠衣、駄菓子屋のおじさん、写真部の顧問、司書さん、祠、橋、灯、雨、海、風、そして――蓮。
「ありがとう」
声に出す。小さく、でも、はっきり。蓮が横顔で笑う。
「どういたしまして」
当たり前の返事が、世界でいちばん過不足がない。ありがとうは魔法ではない。修理の油だ。私は油のにおいみたいに胸の奥が温かくなるのを感じた。
家に帰る前に、二人で河川敷へ降りた。去年、私はここで崩れた。今日は、ここで立つ。草の匂いは乾いていて、遠くのボールが土を跳ねる音が風に混ざってくる。夕焼けは帯になって橋の裏側を染め、その下を電車が通るたび、影の色が一段階濃くなる。
「結衣」
蓮がふいに真顔になった。目だけが、笑っていない。
「もし、いつか、本当に“時間がずれる”ことがあって、俺が見えなくなっても――」
私は頷いた。言葉の途中で、合図がわかる。
「探しに行く。条文持って。手と、言葉で」
蓮は笑って、私の額に軽くキスをした。額の皮膚は、予想より薄く、骨に近い。軽い音はしない。それでも、世界の輪郭をひとつ、確かに塗り直す音がした。
「じゃあ、見失われないように、毎日“愛してる”って言う」
私の喉は、もう詰まらない。去年は言えなかった言葉が、今年は言える。肯定形で。私は「うん」と言い、その「うん」にできるだけの重ね塗りをした。
駅の改札で「また明日」。改札機のランプが緑に光り、短い電子音が鳴る。普通の言葉が、世界でいちばん強い呪文だと私は思う。扉は開くために作られ、鍵はかけ直すために作られている。だから、呪文は短くていい。「また明日」。それで充分だ。
夜。机に向かう。最後のページを開き、ペンを置く。書く内容は決めていない。書けないときは、「ある」を書けばいい――どこかで読んだその方法を、私は今日、やってみることにした。紙の中央に、すこし大きめの文字で、一字ずつ、ていねいに。
――「ある」。
点を打つみたいに、ペン先をいったん離す。呼吸をひとつ置き、次の行に、ほんの少しだけ間をあけて、続ける。
――「ここに」。
ページは静かだが、温かい。紙の繊維の中に、夏の湿度が一本、細く残っている。数秒後、その下に細い、けれど確かな字が現れた。
――「いる」。
三語が並んだ。ある/ここに/いる。世界の定義。愛の定義。夏の定義。私は笑いながら泣き、ページに額をそっと寄せる。紙の匂いは、涙で少し濃くなる。濃くなった匂いは、去年の病院の消毒液ではなく、今年の机の木の匂いだ。
机の引き出しから、去年と今年の花火の写真を取り出す。並べる。去年の自分は泣いている。今年の自分は笑っている。どちらも嘘じゃない。どちらも、私だ。私は二枚を重ねず、別々のポケットに入れる。矛盾を持ち歩くことが、強さだ。片方だけを持つと、世界はすぐに傾く。両方を持って歩けば、重さは分散され、足取りは静かに真っ直ぐになる。
ノックの音。母が湯呑みを持って入ってくる。
「お茶、入ったよ」
湯気がひと筋、まっすぐ上へ。私の「ありがとう」を母に手渡し、母も「ありがとう」を受け取る。家の中で、言葉が循環する。循環する言葉は、見えない配管を清める。
窓を開けると、風がページをひとりでにめくった。ぱらり。白紙で止まる。そこには日付も題名もない。私はペン先でそっと触れ、「明日」と囁いた。囁きは外へ出ない。けれど、紙の内側で小さく波紋が広がり、見えないインクの薄い匂いがした。
灯りを消す前、スマホが震える。蓮から。
〈また明日〉
私は拇印みたいな短い返信を打つ。
〈また明日〉
送信の青いバーが端まで走る。世界は、約束で編まれる。約束は名詞ではなく、動詞。動かし続けるかぎり、失われない。私はベッドに横になり、胸に両手を重ねる。心臓が、条文に従って静かに打つ。条一――合図は手。条二――感情は肯定形で。条三――戻る場所は三回折り。条四――写真と言葉は交換。条五――笑いを可視化。条六――謝罪は修理。条七――祈りは段取りへ。条八――季節が変わっても、続ける。
目を閉じる直前、どこか遠くで紙をめくる音がした。去年の私か、来年の私か、名前のないだれかが、同じページを開いている。別の季節の、同じ物語。遠い音は怖くない。むしろ、伴走の足音に似ている。
「おやすみ」
口の中で言う。返事は、風鈴が一回。鳴ったのは音そのものよりも、糸の方だったかもしれない。鳴らない夜に、小さな合図だけが、確かに残る。
夏は、終わった。
そして、続いている。



