広場に、緊張が走っていた。
 馬を引いて立つ青外套の男は、背筋を真っ直ぐに伸ばし、氷のような声を放つ。

「王都の名において通達する。このフィオラ村は王国領に属する。ゆえに、すべての収穫物は税として納める義務がある」

 村人たちがざわつく。
 まだ芽吹いたばかりの畑を指さしながら、老人が震える声を上げた。

「で、ですが……まだ収穫は先で……」

「問答無用だ」
 男の声は冷徹だった。
「この地を勝手に治め、村人を指揮しているのは誰だ。名を名乗れ」

 俺は一歩前に出た。

「俺だ。アルト・グランヴェル」

 密使の目が鋭く細められる。
 そして、あざ笑うように口角を上げた。

「やはり。追放された“凡庸な補助術師”が英雄気取りとは、滑稽なことだ」

 村人たちの怒りが爆発しかける。
「アルト様を侮辱するな!」
「誰が守ってくれたと思ってるんだ!」

 だが、密使は眉一つ動かさなかった。
 腰の鞘に手を添えたその仕草だけで、村人たちは一瞬にして黙り込む。

「――抵抗するなら、力づくで従わせる」

 その言葉に、背後の兵士二人が剣を抜いた。鋼が擦れる音が、冷たい風と共に広場に響く。

 俺は息を整えた。
 恐怖はあった。だがそれ以上に、譲れない思いが胸に燃えていた。

「この村は、俺たちが守る。畑も人も、もう誰にも奪わせない」

 密使の瞳がわずかに揺れた。
 だが次の瞬間、冷笑を浮かべる。

「ふん……口だけは勇ましいな。だが、そう長くは持つまい」

 彼は懐から小さな封筒を取り出し、俺の足元に投げ落とした。
 封蝋には剣と鷲の紋章――王都騎士団の正式な印だ。

「一月後、“青の外套”がここに来る。看破の勲章を持つ騎士がな」

 その名を聞いた瞬間、村人たちの間にどよめきが走る。
 “看破”――相手の力や術を見抜く最上位の能力。

 補助魔法の仕組みや限界を見破られれば、俺の優位は容易に崩れる。

 密使は馬に跨り、振り返らずに去っていった。
 残されたのは、重苦しい沈黙。

 村長が杖を握りしめ、俺に問いかける。
「アルト様……どうされますか」

 村人たちの視線が一斉に俺に注がれる。
 恐怖、不安、そして信頼。
 その重さを背負いながら、俺は口を開いた。

「……やるしかない。見抜かれる前に、見抜く。俺は補助魔法を“戦術”に変える。青の外套に勝つために」

 村人たちの顔に驚きが広がり、やがて一人、また一人と頷いていく。
 彼らの瞳に宿る光は、恐怖ではなく決意だった。

 その夜。
 俺は焚き火の前で目を閉じ、これまでの魔法体系を思い返していた。
 支援、治癒、解呪、強化――それらは「支える力」にすぎない。

 だが、それらを組み合わせ、重ね、織り合わせれば……敵の意志すら縛れる“奇跡”になるはずだ。

「――俺の補助は、まだ完成していない」

 夜空に浮かぶ星々が瞬き、静かに俺を見下ろしていた。
 青の外套が来るまで、あと一月。
 時間は少ない。だが、必ずやり遂げてみせる。