盗賊団との戦いから一夜。
 村は静けさを取り戻していたが、人々の胸に芽生えたものは昨日までと違う。
 不安と怯えではなく――「やればできる」という確かな自信だった。

「アルト様、柵の補強が終わりました!」
「畑も大丈夫です。芽は無事に伸びてます!」

 報告に走り回る若者たちの声は明るい。
 昨日まで頼りなげだった顔が、今は誇りに満ちている。

 さらに驚くべきことがあった。
 戦いのあと村に残る道を選んだ数人の盗賊が、鍬を手に畑に立っていたのだ。

「おい、もっと深く掘れ。根が張りやすいようにな」
「へっ、元盗賊の俺が農作業かよ……だが悪くねえな」

 村人たちは最初こそ警戒した。だが、アルトの言葉を思い出したのだ。

――人を選ぶのではなく、選ばせる。

 その選択に責任を持つのは、自分たちも同じだと。
 こうして、昨日まで敵だった者たちが村の仲間として汗を流す姿は、人々に大きな感動を与えた。

 夕暮れ時、俺は畑を見回りながら心の中でつぶやいた。

「……これが、俺の補助魔法の本当の価値なのかもしれない」

 剣で魔物を倒すより、力で人を屈服させるより――
 人々の力を引き出し、希望を生み出す。
 それこそが、俺にしかできない“奇跡”なのだ。

 その夜、焚き火を囲んでの食事の最中。
 ひとりの若者が立ち上がり、声を張り上げた。

「みんな聞け! 俺たちは魔物にも盗賊にも勝った! アルト様が導いてくれたからだ!」

 人々は一斉に頷き、声を合わせる。

「アルト様、万歳!」
「英雄アルトに感謝を!」

 思わず頬が熱くなる。
 俺はただの追放者だ。
 だが、この村では確かに必要とされている。

「……ありがとう。けれど、俺ひとりの力じゃない。皆が勇気を出したから勝てたんだ」

 そう言うと、さらに大きな拍手が広場を満たした。

 だが、その幸福な時間を切り裂くように。
 翌朝、村の入口に見知らぬ馬が二頭現れた。

 青い外套を羽織った男が馬から降り、冷ややかな視線をこちらに向ける。
 胸元には――見慣れぬ紋章。

「王都からの密使である」

 その声は広場に重苦しく響いた。
 村人たちの顔が一斉にこわばる。

「ここに、“追放された補助術師”がいると聞いた。アルト・グランヴェル。お前に通達がある」

 俺はゆっくりと前に出る。

「……通達?」

 男は口元に冷たい笑みを浮かべた。

「この村で得た土地も人も、すべて王国のものだ。勝手な支配は許されない。抵抗すれば――反逆と見なす」

 村人たちの怒りと不安が入り混じった声が広がる。
 その中心で、俺は密使の瞳を真っ直ぐに見返した。

「……やはり来たか」

 背筋を冷たい風が撫でた。
 “青の外套”の影は、もう目の前まで迫っている――。