変異狼を討った翌日、フィオラの村は静けさを取り戻していた。
 村人たちの顔に浮かぶのは安堵と、未来へのわずかな希望。
 だが、柵は破れたままで、倉庫に残る食糧も心許ない。

「戦えたのはいい。でも、このままじゃ村は長く持たないな……」

 俺は村長の家で地図と睨み合っていた。
 村長は深いため息をつき、首を横に振る。

「食糧の備蓄はあと一月が限界じゃ。森は魔物が多すぎて狩りに出られん。畑も荒れ果てて……」

 ――なるほど。
 剣で魔物を倒すだけじゃ、この村は救えない。
 生き延びるためには、“土台”を作らねばならないのだ。

「畑を復活させよう」

 俺の提案に、村長と周囲の村人たちは目を見開いた。

「畑を……?」
「でも、荒れ果てた土地では……」

「俺に任せろ。補助魔法は戦闘だけのものじゃない。土を整え、作物を育てることだってできるんだ」

 村人たちが顔を見合わせる。
 それは半信半疑だったが、希望を見出した瞳でもあった。

 翌日。
 俺は村人たちを連れて、雑草に覆われた放棄畑に立った。
 硬い土を鍬で掘り返す若者たちの顔は、汗に濡れて苦しげだ。

「こんなんじゃ、とても……」

「【支援魔法・大地の息吹(アースブレス)】!」

 俺は地面に手をかざし、魔力を流し込む。
 瞬間、乾いた土が柔らかく解け、黒々とした肥沃な土へと変化していった。

「な、なんだこれは……!?」
「まるで森の奥の肥沃な土地みたいだ!」

 驚く村人たちをよそに、俺は続ける。

「【支援魔法・水脈開放(アクアライン)】!」

 畑の中央に透明な水が湧き出し、自然と小川のように流れ始める。
 村人たちの歓声が響いた。

 数日後。
 芽吹いた緑が畑一面に広がり始めた。
 村人たちは毎朝畑を見に来ては笑顔を見せる。

「アルト様、これで腹いっぱい食べられる日が来るんですね!」
「子どもたちに、もう飢えさせずに済む……!」

 誰もが声を弾ませ、労働の疲れすら誇りに変えていた。
 俺は土の匂いを胸いっぱいに吸い込み、ふと笑った。

「……これだ。俺がやりたかったのは」

 戦いじゃなく、人々と共に生きること。
 補助魔法で築く、ささやかな暮らし。

 その瞬間、胸の奥に確かな幸福感が広がった。

 だが、安らぎの影には必ず不穏が潜む。

 ある夜。
 焚き火の傍で休んでいると、村長が深刻な顔で近づいてきた。

「アルト様……噂を耳にしました。王都の騎士団が、この村を調査に来るやもしれません」

「王都の……?」

「追放された者が、辺境で英雄のように扱われている――その話が、どうやら広まってしまったようで」

 胸の奥がざわめいた。
 俺を追い出した王都の連中が、この村に目をつける?

 補助魔法で得たこの居場所を、再び奪おうとするのか――。

 焚き火の火花が弾け、闇に消えた。
 俺の平穏な日々が、そう長くは続かないことを告げているように思えた。