変異狼を討ち果たしたその夜。
 フィオラ村は、久方ぶりの笑い声に包まれていた。

 村の広場には焚き火が焚かれ、各家から持ち寄られた料理が並んでいる。焼いた獣肉の香ばしい匂い、畑で採れた野菜を煮込んだスープ、そして村人たちの晴れやかな笑顔。

「アルト様、こちらをどうぞ!」
「ささ、いっぱい食べてください!」

 次々と皿を差し出され、俺は苦笑しながら受け取った。
 王都にいた頃、誰かにこんなふうに慕われることなどなかった。
 裏方、地味、凡庸――。俺を形容するのはそんな言葉ばかりだった。

 だが今は違う。
 「英雄様」とまで呼ばれ、皆の中心に座らされている。

「アルト様! 俺たち……いや、俺は、一生あなたに頭が上がりません!」

 血気盛んな若者が立ち上がり、拳を握りしめる。
 昨日まで恐怖に震えていた顔が、今は誇りに満ちている。

「俺の剣じゃ、絶対勝てなかった。でも、あんたがいてくれたから……!」
「そうだ! アルト様が俺たちを強くしてくれた!」

 歓声が広がる。
 俺は思わず俯き、火の粉が舞うのを見つめた。

 ――俺は、ただ補助魔法を使っただけだ。
 でも、その“だけ”が人を救うのなら。

 胸の奥に、小さな自信が芽生える。

「アルト様」

 控えめな声に顔を上げると、昼間に助けたあの少女が立っていた。
 母親の手を引き、はにかむようにこちらを見る。

「……ありがとう。お母さん、もう痛くないって」

 母親も深く頭を下げた。
「命を救っていただき、本当に……」

 少女の瞳はもう怯えていなかった。
 その澄んだ光に、俺の胸が温かくなる。

「礼を言うのは俺のほうだ。君たちのおかげで、俺は自分の魔法の価値を思い出せた」

 宴は夜更けまで続いた。
 村人たちは酒を酌み交わし、歌を口ずさみ、久々の安堵を分かち合う。

 やがて、村長が立ち上がった。
 年老いた身体を支えながらも、その声は力強かった。

「皆の者、聞いてくれ! 本日、我らは変異種の魔物を退けた! これは奇跡ではない。アルト様の力だ!」

 拍手と歓声が沸き起こる。

「アルト様、どうか我らの村を……フィオラを、お守りください!」

 村長が深く頭を下げると、村人たちも一斉に跪いた。
 その光景に俺は息を呑む。

「俺は……追放された身だ。王都では役立たずと呼ばれた」

 その言葉に村人たちはざわめいた。だが、すぐに若者が叫ぶ。

「役立たず? ふざけるな! あんたがいなきゃ、俺たちは全員死んでたんだ!」
「そうだ! 王都の連中のほうが見る目がない!」

「アルト様は、我らの英雄だ!」

 炎に照らされた瞳が一斉に俺を見つめる。
 その視線は重くも温かく、胸の奥に響いた。

 夜空に星が瞬く。
 俺は焚き火の赤に照らされながら、静かに決意した。

「……わかった。俺はこの村で生きる。皆を守り、この場所を良くしてみせる」

 その瞬間、歓声が大地を揺るがした。
 村人たちの笑顔が、俺に未来を約束してくれる。

 追放者の烙印を押された俺。
 だが今は――英雄と呼ばれる存在へ。

 俺の第二の人生は、確かにここから始まったのだ。