翌朝。
 村の空気は昨夜の勝利の余韻に包まれていた。
 だがその和やかさを切り裂くように、村の北門から悲鳴が上がる。

「魔物だぁっ!」

 俺はすぐさま飛び出した。
 柵の向こう、森の影から現れたのは――
 漆黒の体毛に覆われた異形の狼。普通の狼型魔物の倍以上の体躯に、三つの赤い目が爛々と輝いている。

「な、なんだあれは……!?」
「見たことがない……!」

 村人たちが青ざめる。
 俺は眉をひそめた。

「……変異種か。厄介だな」

 ただの群れなら対処できる。
 だが、変異種は力も魔力も桁違いだ。

「全員、下がれ! 戦える者は俺の後ろに集まれ!」

 俺は叫ぶと同時に、右手を掲げる。

「【支援魔法・全体強化(パーティブースト)】!」

 光が広場を包み、戦える若者たちの身体が一斉に震えた。
 腕に力が漲り、視界が鮮明になったように見開かれる。

「す、すげえ……! 体が軽い!」
「こんなの初めてだ……!」

 だが、変異種の狼は一歩踏み出すだけで大地を揺らした。
 赤い三つ目がぎらつき、咆哮が響き渡る。

「【支援魔法・集中力上昇(マインドアクセル)】!」

 続けざまに発動。
 村人たちの視線が鋭くなり、恐怖よりも闘志が勝る。

「行け! 怯むな!」

 変異狼が飛びかかる。
 前衛の若者三人が剣を交差させて受け止めるが、凄まじい衝撃で吹き飛ばされそうになる。

「ぐっ……!」

「【支援魔法・鉄壁の守護(ディフェンスオーラ)】!」

 俺の魔法が間に合い、衝撃を吸収する結界が彼らを守る。
 衝突音が響き、土煙が舞った。

「立て! まだやれる!」

「お、おうっ!」

 若者たちは再び剣を構え、必死に喰らいつく。

 そのとき、狼の尾が鞭のようにしなり、後衛の子供たちに迫った。

「しまっ――」

 俺は駆け出した。

「【支援魔法・瞬歩(クイックムーブ)】!」

 加速した身体が光を裂き、子供たちの前に飛び込む。
 迫りくる尾を紙一重で避け、結界を張り直す。

「大丈夫か!」

「は、はいっ!」

 涙目の子供たちが頷く。
 俺は剣を構え直した。――もっとも、剣術は得意じゃない。だが、この場で退くわけにはいかない。

「アルト様、俺たちに指示を!」

 前衛の若者が叫ぶ。
 そうだ。俺の役目は剣を振るうことじゃない。導くことだ。

「三人で囲め! 右の脚を狙え! 後衛は槍で突いて牽制!」

 村人たちは動いた。
 補助魔法に強化された身体は軽やかに、指示通りに連携を取る。
 変異狼が吠え、暴れ回るが――確実に動きは鈍っていく。

「いいぞ、そのまま押せ!」

 だが次の瞬間、変異狼の口から黒い瘴気が放たれた。
 空気が腐敗し、吐き気を催すほどの悪臭が広場を覆う。

「うわっ……! 体が……重い……!」

「【支援魔法・解呪(ディスペル)】!」

 俺は両手を掲げ、瘴気をかき消す。
 苦しんでいた若者たちが一斉に息を吹き返した。

「すげえ……! 本当に体が戻った!」

 全ての支援が噛み合い、戦況は逆転しつつあった。
 村人たちは恐怖を乗り越え、互いに声を掛け合いながら必死に戦う。

 そして――

「今だ! 一斉に斬りかかれ!」

 俺の号令に合わせ、剣が閃く。
 変異狼の右脚が切り裂かれ、体勢を崩したところを槍が貫いた。

 赤い三つ目が見開かれ、苦悶の咆哮をあげる。
 最後に村の大男が振り下ろした斧が頭蓋を砕き、巨体が崩れ落ちた。

 静寂が訪れる。
 村人たちはその場にへたり込み、勝利を実感するように互いを見つめ合った。

「勝った……! 本当に勝ったぞ!」
「俺たちが……魔物を倒せたんだ!」

 歓喜の声が広がり、誰もが涙を流す。

 俺はゆっくりと息を吐いた。
 胸の奥に、熱いものが広がっていく。

 追放された“凡庸な補助術師”。
 だが、ここでは俺の力が皆を救った。

「……役立たずなんかじゃない。俺の魔法は、こうして人を守れるんだ」

 星空を仰ぎながら、俺は小さく呟いた。