瘴気が渦を巻き、夜空の星すら霞んで見えた。
 異形の主は六本の腕を振るい、柵も大地も粉砕しながら迫ってくる。
 その一撃一撃は、まるで大地震のような衝撃だった。

「下がれ! 散開!」

 俺の声に村人たちが左右へ飛び退く。
 直後、地面に叩きつけられた腕が土を爆ぜさせ、巨大な裂け目を生み出した。

「ひぃっ……!」
「アルト様、もう無理です!」

 恐怖が人々を飲み込みかける。
 だが俺は剣を掲げ、叫んだ。

「大丈夫だ! 俺が支える! 信じろ!」

 異形の眼が赤く光る。
 次の瞬間、俺の展開した【支援魔法・防御結界】が音を立てて消滅した。
 力が“見抜かれ”、打ち消されたのだ。

(やはり、単独の魔法じゃ通じない……!)

 歯を食いしばり、すぐに手を動かす。

「【支援魔法・風壁】と【支援魔法・反響の幕】――重ねろ!」

 突き出された腕が風壁を貫いた瞬間、衝撃が反射し、異形の主が一瞬よろめく。

「効いたぞ!」
「アルト様の言った通りだ!」

 村人たちの顔に希望が戻る。
 そうだ、諦めるな。組み合わせれば必ず隙を作れる。

「ロイ、弓隊を準備!」
「了解!」

 矢筒を背負った猟師ロイが仲間と共に柵の上に駆け上がる。
 俺はすぐに魔力を流した。

「【支援魔法・集中力上昇(マインドアクセル)】!」

 矢を引く腕に震えが消え、狙いが鋭くなる。
 その瞬間、火矢が一斉に放たれ、異形の胸に突き刺さった。

 炎が瘴気を焼き裂き、苦悶の叫びが夜を揺るがす。

 だが、異形の反撃は苛烈だった。
 六本の腕が同時に振り下ろされ、結界ごと広場を粉砕する。
 村人たちが吹き飛び、血の匂いが広がった。

「【支援魔法・衝撃吸収(ダメージシェア)】!」

 俺が結界を展開し、衝撃を肩代わりする。
 肺が焼け、視界が赤に染まる。
 膝が崩れかけたが――必死に踏みとどまった。

「アルト様!」
「まだ立ってる……!」

 村人たちの叫びが耳に届く。
 この瞬間、倒れるわけにはいかない。

「全員、もう一度立て! お前たちの力を、俺が引き出す!」

 俺は全身の魔力を振り絞り、詠唱した。

「【支援魔法・全体強化(パーティブースト)】!
 【支援魔法・癒光再生(リジェネライト)】!
 【支援魔法・勇気の旋律(ブレイブハーモニー)】!」

 光が奔流となって村人たちを包み込む。
 傷が塞がり、折れた心に再び炎が宿る。

「すげえ……体が軽い!」
「恐怖が……消えていく!」

 人々の瞳に再び戦意が宿った。

 異形の主が吠え、瘴気をさらに濃くする。
 夜空に黒雲が広がり、稲妻が閃く。
 だが俺は、剣を構えながら仲間たちに告げた。

「こいつは強い。だが、俺たちで必ず倒す! 英雄なんて柄じゃない。けど――俺は皆の英雄で在り続ける!」

 その言葉に、広場中から雄叫びが響いた。
 槍が構えられ、弓が引かれ、斧が握り締められる。

 村人たちと俺、そして異形の主。
 互いの咆哮が夜を震わせ、決戦の火蓋が切られた。