怒号、金属の衝突音、獣の咆哮。
 村の北門は、もはや戦場というより地獄だった。

「【支援魔法・全体治癒(パーティリジェネレーション)】!」

 俺の詠唱に応じて、光が広がり、傷ついた者たちの身体を癒していく。
 だが、同時に胸の奥から熱が溢れ出す。
 魔力の消耗が速い。汗が額を伝い、視界が霞む。

(……まずい。この調子じゃ、長く持たない)

 魔物の群れはなお押し寄せる。
 倒しても倒しても数が減った気配がない。
 槍を握る若者たちの腕は震え、矢筒も次第に空になっていく。

「アルト様! もう限界です!」
「このままじゃ、押し潰される!」

 焦りの声が飛ぶ。
 だが、俺は必死に声を張り上げた。

「まだだ! あと一歩だけ踏ん張れ! その一歩が命を繋ぐ!」

 自分に言い聞かせるように、必死で叫ぶ。

 その時だった。
 柵の上から石を放っていた子供たちのひとりが、声を上げた。

「アルト様! 南の川沿いに……魔物が流れていく!」

「……何?」

 急いで視線を向ける。
 確かに、群れの一部が北門を避け、南側へと流れていた。
 そこには、川沿いに掘った小さな排水路がある。
 普段は畑に水を引くためのものだ。

(あそこは……細い道で狭い。魔物が殺到すれば詰まる!)

 突破口が頭の中で閃いた。

「よし、南へ誘導する! ロイ、十人連れて動け!」

「了解!」

 猟師ロイが仲間を率いて走る。
 俺はすぐに魔法を発動した。

「【支援魔法・風導(ウィンドガイド)】!」

 風の流れを操り、魔物の鼻先へ血と煙の匂いを送り込む。
 嗅覚を狂わされた群れは、怒涛の勢いで南へ向かい始めた。

「塞げ! 水門を開け!」

 村人たちが排水路の水門を叩き壊す。
 川の水が一気に流れ込み、狭い通路を埋め尽くした。
 押し寄せた魔物の群れが足を取られ、次々と転げ落ちる。

「今だ! 火矢を放て!」

 炎が川面を走り、濁流に揉まれた魔物を飲み込んでいった。
 爆ぜる音と焦げ臭い匂い。
 村人たちの顔に、久々の勝利の色が浮かんだ。

「やった……! これで押し返せる!」
「本当に……本当に勝てるかもしれない!」

 歓声が上がる。
 だが、その瞬間、俺の背筋を冷たいものが撫でた。

 森の奥。
 黒い霧のような瘴気が立ち込め、その中心から巨大な影が蠢いていた。

「……まだ終わってない」

 炎に照らされるその姿。
 無数の腕を持つ異形の魔物――まるで瘴気そのものが形を取ったかのような“主”が、ゆっくりと立ち上がっていた。