「まず、俺がこの家に来た理由からね。端的に言えば、明日から少しこの家に泊まらせてほしい」
 「……は?」

 開いた口が塞がらない。急に来たかと思えば、明日から泊まらせろ?

 「はあ!?いや、え、ちょっ、急に言われても…」
 「一応、マユさんに許可は取ったんだけど、聞いてなかった?」

 母さんがナギのお母さんと未だに連絡を取っていることは知っていたけど、ナギとも連絡を取っていたのか。てか、母さん、大事なことは伝えるの忘れちゃうかなぁ…

 「聞いて、ない」
 「マユさん、言うの忘れちゃってたのかな」

 天然だもんね、なんて付け足しながらナギは笑っている。

 「え、てかなんで俺の家なんだよ。シャタク?とかないの?」

 母さんからナギの話はよく聞いていた。確か、2年くらい前に教育大学を卒業して先生になったと話していた気がする。

 「えー、あるのかな。あったら是非、住みたいんだけど」
 「ないってことか。遠回しに言うなよ」
 「ごめん、ごめん。次の家が見つかるまででいいからさ。この時期だとあまりいい家がなくて、このままだと野宿になっちゃうな」
 「先生に癖に野宿なんて、最悪だな」
 「そう、だからさ。お願い」

 両手を合わせて、小さい子がお母さんにおもちゃをねだるように「お願い」とこちらを見つめる。
 部屋は余っているくらいだし、一部屋を誰かに貸すくらいなにも問題はない。
 ナギはしっかりしているから、夜に騒ぐことも女の人を連れ込んだりすることもないだろう。
 
 うーん、と悩んでいるとナギは「じゃあさ!」と再び口を開いた。

 「掃除、洗濯、炊事、全部俺がやるってのはどう?」

 いい条件でしょ、とまた屈託のない笑顔を俺に向けた。
 正直、家のことを後回しにするし、碌にご飯を食べないせいで母さんから毎週おかずを配達されている俺からすると、かなりの好条件である。

 「すげー助かるけど、ナギが大変じゃん」

 一人暮らしであれば、ほどほど適当にこなして、自分が不満じゃなければそれでいい。が、他の人の分もとなるとまた別だろう。
 食の好みが合わないとか、風呂の温度とか、洗濯をする頻度とか。俺は全部適当で、自分が気になったらする程度だから、やってもらえるならなんでもいい。相手に合わせられる。

 泊まらせてほしいと言っているからには、そこらへん加味してると思うけど。

 「泊まらせてほしい、って押しかけてきたのは俺だし。家事くらいどうってことないよ。毎日してることだし」
 「……ナギが、いいなら」

 交渉成立!と笑いながらナギは俺の手を取った。

 「じゃあ、明日からよろしくね。コウ」