ピンポーン、ピンポーン、とチャイムの鳴る音がする。
 意識の遠くで鳴っていたチャイムが現実だと気づくには時間がかかってしまうほど、深く眠ってしまっていたようだ。時計を確認すると、まだ30分も経っていなかった。
 まだ目を閉じたばかりだというのに、俺の睡眠を邪魔するのはどこの誰だ。

 重い身体を無理やり起こし、さっき通ったばかりの階段を下りる。
 叔父が使わなくなったからと譲ってくれた、俺には手に余ってしまう家のチャイムを鳴らす人なんて宅配便のお兄さんくらいしかいない。
 でも、今日届く荷物なんてあったか?まあ、母さんがたまに鍵を忘れてくることがあるから、きっとその類だろう。
 だけど、母さんがこんなにチャイムを連打することはない。宅配のお兄さんも。だとすると、一体誰なんだ?

 「なに?母さん?また鍵わすれ、た…」
 「あー、マユさんじゃなくて、ごめん?久しぶり、コウ」

 顔を上げると、人馴染の良い笑顔でこちらを見つめる、見知った顔。

 「え、な……ぎ?」

 俺のことをコウ、と呼んでくる人間なんてこの世にたった1人しかいなくて、その姿、表情、声色を聞いただけで、あの頃の記憶が俺のことを飲み込んだ。

 記憶のひとつひとつから流れ込む、あの時の匂い、手を繋いだ時の感触、太陽の逆光で上手く見えない彼の表情。

 ずっと前の記憶のはずなのに、脳裏から離れない。

 早く忘れてしまいたいと思ってしまうのは、きっとこの思い出があまりに綺麗で、眩しくて、今の俺には似合わないからだろう。