正直、当たったときは本当に信じられませんでした。懸賞なんて、これまで一度も当たったことがなくて。ましてやあんな立派な旅館に、無料で泊まれるなんて思ってもいませんでした。

襖を開けた瞬間、思わず声が漏れましたよ。
これが『幸せを呼ぶ部屋』かって……。
畳の匂いがふわっと鼻に抜けて、視界いっぱいに広がる和室。障子越しに差し込む光が、部屋全体をやわらかく染めていて、どこを見ても非日常だった。
思わずスーツケースを置いたまま、部屋の真ん中でぐるぐると見渡してしまいました。天井の梁、整った座布団、きちんと折り目が揃えられた浴衣……全部が高級って感じで、テンションが一気に跳ね上がりました。
これ、自宅に帰れなくなるなって、独り言と一緒に笑いが込み上げてきて。

食事もすばらしかったですよ。見た目も味も申し分なくて、普段なら絶対に手の届かないような料理ばかりでした。ここだけの話、ホームページに載ってる料理よりも、ずっと豪華でしたよ。
女将さんの応対も丁寧で、まるで自分が大切なお客様になったみたいで。あの夜は、久しぶりに心から安心して眠れました。

それからなんです。不思議なくらい、物事がうまく回り始めました。会社では昇進の話が舞い込み、長年くすぶっていた案件がすんなり片付いて、結婚を考えていた相手との話もトントン拍子に進みました。普通に考えれば偶然なんでしょうけど……やっぱり、あの部屋に泊まったことがきっかけだとしか思えないんです。

ただ、ひとつだけ。妙に心に残っていることがあります。チェックアウトのとき、女将さんが見送りに来てくださったんですよ。穏やかな笑顔で頭を下げた後、こう言われました。
『お部屋に気に入られたんでしょうね』
その瞬間、理由もなく背筋がぞくっとしたんです。
部屋に“気に入られる”なんて、普通は言わないですよね。けれど、そのときはただ、愛想のいい冗談だろうと笑って済ませました。
……でも、今になって思い返すと、あれは一体どういう意味だったんだろうって。ときどき、考えてしまうんです。

ほら、あの旅館。変な噂も聞くから……ね。