春が過ぎ、夏が巡った。
それでもルナは、確かに人間として歳を重ねていた。

朝の光にまぶしそうに目を細め、雨に肌を濡らし、冬には風邪をひくことさえあった。
彼女が神だった日々は、夢のように遠ざかっていく。

それに反して、ハルトの姿は変わらなかった。
背丈も、声も、瞳の色も。彼だけが、時間から取り残されたようだった。

ある夜、ふたりは静かに星を見上げた。
月は雲に隠れ、空はやさしい暗闇に包まれていた。

「ねえ、ハルト。あなたは、老いていかないのね」

ルナの声は、穏やかだった。責めるでも、悲しむでもない。

「君が命をくれたからだよ。あのとき、君がこの世界に残るために失った力が、きっと俺の中に宿ったんだ」

「皮肉ね。私が生きることを選んで、あなたを変えてしまったなんて」

ハルトは首を振った。

「違うよ。俺は選んだんだ。君の手を握ったときから、どんな未来でも、君と生きるって」

風が、草を鳴らす。

「じゃあ、私が先に老いても、変わっても、それでも隣にいてくれる?」

「当たり前だろ」

彼は笑った。

「君が誰であっても、どんな姿になっても、君は君だ。ルナだ」

ルナはふっと微笑み、彼の肩に頭を預けた。

「なら、私も約束する。老いて、歩けなくなっても、目が見えなくなっても、あなたを覚えている」

ふたりの影が重なり、静かに夜へと溶けていく。

時の流れに逆らえなくても、愛はそこに残る。
限られた命の中で、選び取った奇跡のような恋。
それは、終わりのある永遠だった。