公園に急いで駆け付けた。良かった、ちゃんと義孝君、待っててくれた。

「お待たせしちゃって、ごめんなさい」

「いや待っていないよ。ぼーってしてただけ」

「ねぇ、すごいメッセージの量だったけど、どうしたの? チラっと見ただけで心が苦しくなって読むことが出来なかったんだ」

「電話もくれたようだけど、それも怖くて出ることが叶わなくて、ごめんなさい!」

「えっと、つまり、その、嫌な単語が見えちゃって、心が苦しくなったの」

「俺たち別れよう。って内容のやつか」

「うん」ぶわっと涙が溢れる。

 義孝君がその単語を言った際に、私の眼には大粒の涙が溢れだした。こんな日がいつか来るかも、来たらどうしようと恐れていた。とうとう来てしまったんだ。

「ごめんなさい。私が何かやっちゃったんだよね? ほんとゴメンなさい」

「瑞葉、俺が送ったメッセージ、勇気を出してゆっくり読んで欲しい。家に帰ってからでいい。そこに全てが示されてるから」

 涙が止めどなく流れて足元にポタポタ落ちる。こんなに泣いたのは初めてかも知れない。私、たいへんなことを仕出かしてしまったんだ。優しい義孝君から別れを切り出されるほど、酷いことをしちゃったんだ。苦しい。ごめんなさい。

「今は涙が止まらなくて読めないから、部屋に戻ってから読むね。義孝君の優しさに甘えちゃうけど、本当にごめんなさい」

「瑞葉、君は恋人同士の信頼を裏切ったんだ。俺の信頼はもうない。そして壊したのは君だ。壊れたものは二度とは元に戻らないんだよ。だから俺も元には戻らない、決して」

「うっ、うっ、うっ」

「何か飲むか、自動販売機で何か買ってくる」

「私も一緒に行く。離れちゃったら二度と近くに居られない気がするから」

 私は上手く歩くことが出来なくなっていた。足腰に力が入らないからだ。それでも義孝君の服の肘を掴んで一緒に歩く。頑張って歩く、歩きたい。

 義孝君が別れようと言い出した原因に、私は心当たりがあった。確かに不義理であって、私が逆の立場なら怒るに決まっている。義孝君は私の不義理を見て、お別れを決断したんだ。

 私はそれに従うほかはない。とても悲しい。もう二度といつもの楽しい時間は来ないんだ。そう思った瞬間、また足腰の力が抜け、涙が止まらなく続いていく。

 木下先輩、どうして恋人つなぎが必要だなんて嘘を仰ったんですか。元の時間に戻してください。

 頭の中が真っ白になり、強い放心状態が襲ってきた。

 もう普通の状態ではいられない。愛しき彼から「お別れする」というショックが強すぎて、立っていられない。ああ、ダメ。まだ倒れちゃダメ。

「なぁ瑞葉、どうして浮気なんかしたんだ? 理由を教えてくれないか。木下なんかと、どうして……」

「私浮気なんてしてないの、義孝君だけを愛してるの」

「いや具体的に経緯を説明して欲しいんだよ、俺」

「……うん。他校巡回が終わって先輩とカフェでお茶したら頭が回らなくなっちゃって。足もふらついて真っすぐ歩けなかったし、体調よりも頭の方が変だったの。何があったのか、あんまり覚えていないの。今も身体おかしいわ」

「体調、大丈夫か?」

「ううん、ちょっとダメ」

「おう」

「話を続けるね。それで木下先輩から、遊園地みたいな施設で、ゲームやカラオケがあって、食事も出来て、その料理は意外と美味い、眠くなったら直ぐに寝れる、まるで魔法のような世界を教えてあげるって言われて」

「その施設では、ローカルルールがあるらしく、手を繋いで入らないといけないんだって。それで木下先輩と手を繋いでいたの。ごめんなさい。今だとどうして変な話だと思えなかったのか自分が許せない……」

「薬のせいっぽいが」

「可愛い場所だから、恋人つなぎは必須だって。私は最初嫌がったんだけど、今回だけだよって、次は先っぽだけだから大丈夫って言われて。先輩の仰ってた内容がよく分からなくって」

「ちょっとマテ、先っぽだけって何だよ」

「意味が分からないよね?」

「瑞葉が言ってる説明も、俺にはよく分からんのだけど」


 ☆

 俺は察した。思い出した。

 瑞葉の世界は特殊で、結婚してからでなければ、キスはしない、恋人としての肉体関係を深めることもしない、お風呂に一緒に入ることもしない、というスタンスであるという事を。

 俺はそれで一生懸命、俺たちは結婚するのだから、キスぐらいいいだろ? と説得し、一年に一回だけキスが出来るという俺たちルールを定めたのだった。

 今どき、そんな娘はイネーヨ、という評価はさておき。

 瑞葉は、結婚する前に不要な知識として保健体育の”性教育”をスルーしていた。女性の日や友人知人のガールズトークも、瑞葉の中では消化できるように、何らかの特異な説明がなされている筈。

 それはさておき。

「なぁ瑞葉、もし可能なら約束して欲しい。二度と木下とは接しない事、俺以外の男性と、木下と同じようなシチュエーションにならない事。俺と一緒にいるなら絶対にしないで欲しい。約束できるか?」

「できる! 頑張るよ、約束するよ、もう恋人つなぎ何てしないから」

「他の男性と二人きりになることも避けてくれ」

「分かったわ。でもお父さんや親戚の伯父さんは良い?」

「いいよ。ただ先生や自治会のオジサンは気をつけてくれ。人を観るようにするんだ」

「難しそう。でも頑張る! 約束するよ」

 会話に危険な香りがしなくなったためか、瑞葉はホッとして意識が飛びそうになっていた。放心状態に限りなく近づいていた。

 中途半端な会話の状態であったものの、意識を無くされると困ると思った俺は、瑞葉を背中で()()()して彼女の自宅へと歩き始めた。

「ごめんね、義孝君。私、重いのに。ごめんね。本当にごめんね」

 瑞葉は相当な反省をしてくれたようだ。これからは行動でも示してもらおう。

「愛してるよ、義孝君、私から離れないで…わたしから……スースー」

 今日は背中で眠ってしまった瑞葉を部屋まで送り、ベットに寝かせ、隣で一緒に過ごそう。俺としては雨降って地固まるコースになることを期待している。キスは一年に一回という制約だが、二回にお願いしてみよう。

 頭は撫でていいかな。着替えも手伝ってあげよう。おかゆぐらいなら作れるぞ。それから、お風呂に入れてあげるのは駄目かな。おばさんとおじさんはいるのかな。もう何でもいいな。

 眠ってて聞いていないと思いながら独り言ちする。

「瑞葉、俺さ、お前のこと信じるよ。だからさ、今回の件はごめんな。これからは、もっと優しくするからさ、許してな。そして一緒にたくさん思い出を作ろう」

「いっぱい色んな所に遊びに行って、写真を撮ってさ、将来は子供たちに見せて、父さんの若い頃は格好良かったんだぞ、妻はもっと可愛くて美人で素敵だったぞって自慢するんだ」

 俺の心も揺さぶられすぎて正直しんどい。思考が低下している。

 小林に、木下がラブホに入る写真を先生たちに提出してくれるよう頼み、下手を打ってしまえばレイプ事件とか起こしてそうだ、と口添えしておこう。薬混入疑惑もあるし、これで何とか解決なるか。




……何か重要なことに気付いてないような気がする。