それにしてもだ。ウブな俺たちが、これからイチャイチャを本格化する予定だったのに、突如、直前でお預けを喰らった気分だ。

 あれだな、ラブコメなら数週間後、なぜか俺は瑞葉にデートの約束をキャンセルされ始め、放課後も一緒に帰らなくなり、昼飯も「今日は友達と食べるから」、塩対応という予兆が徐々に現われ、その先の展開は……。

 俺が怒って「なんだよ、デートをドタキャンしやがって」と呟きながら駅の周辺に本でも買いに行こうとして、恋人つなぎをした仲睦まじい木下と瑞葉を見つけてしまい、街角で腕を組む姿を見せつけられ、恋で負けた~と呆然とするんだな、きっと。

 更に数週間後、カラオケ帰りの俺が「遅くなったぜ、ふっ」と呟きながら駅裏にフラフラと歩いて行き、ホテルの出入口で偶然、上気した二人が並んで歩いて出てくるのを見てしまい、愕然とするんだろ。知ってる。ラブコメの王道パターンだ。

 それらを乗り切っても、最後は添付ビデオが送られてきて、開いたら木下と瑞葉が合体してるところが映ってるんだ。で、俺は発狂するんだろ。

 最愛の恋人を寝取られ次の日なんて学校へ行けるか。学校で会ってしまったら気まずいどころじゃなく死ねる。どんなに我慢したって無理。ラノベの主人公は、ほら、何やかんや理由を付けて学校へ行って、裏切った彼女と平然と会話するんだよ。復讐するとか言いながら。信じられないな。

 ああ、分かってるって。

 幼稚園からの仲良しこよし、両親公認、中学生から恋人同士に昇格し、十数年もの長い絆があっても、尚、NTR神のお誘いには足掻くことが出来ないのだ。確率的に低い偶然が何回あるんだよ。それを可能にするのがNTR神のお導きって奴だ。ラブホから出てくる彼女と偶然だなんて、マジ恐ろしい……。


 ☆

 ちくしょー、勝手に俺の恋人の身体を触りやがって。

 なに照れているんだよ瑞葉! 木下ごときに腕を回されたからって、そんなに耳まで真っ赤にしてさ。目をウルウルさせるなよ。頼むよ瑞葉。俺の事だけ見てくれよ。

 海の浜辺に行って泣きながら走ろうかと、今日はやる気が霧散してしまい、小林と妹に「俺帰るわ」と言葉を残して着替えをしに行こうとした。

 瑞葉が「義孝くん、ちょっと待って」と俺を止めるために呼んでくる。

 その声に呼応し、瑞葉へ振り返った俺は、彼女にいう。

「瑞葉、愛しい彼女よ。俺はお前のことを信じているぞ」(ニコリ)

「えっ、急に何? 意味不明、エッ、ええっ、何言ってるの?」

 瑞葉は混乱の魔法にかかった。意味不明にもほどがある。


 ☆

 さて、俺は瑞葉の反応を観察して、

「こいつ、すぐ寝取られそうだな」

 という判断を下した。

 残念ながらオレの勘が正解だと教えてくれている。うん、悲しい。悲哀をずっしり全身で受けているみたいだ。

 陰キャ主人公のごとく、瑞葉の幸せを祈って身を引くか、否。

 たまたまホテルから出てきた”恋人つなぎ”の二人を偶然発見して、我慢できるか? そんなのカウンターアタック、速攻だろ。お別れ宣言だ。

 そして道の角で二人が抱き合ってキスしてるの見てしまうんだろ。きっと。しかも恋人レベル接吻じゃない、夫婦チューレベルのキスだ。そんなの見たら発狂だ、ファーストブレイク、速攻だろ。別離宣言。

 浮気現場を見ても直ぐに対処しない主人公はウジウジ、問題がこじれて、まるで逆に寝取った卑劣漢のごとく、クラス中に捏造の悪い噂を流され、イジメになってしまう予定の展開か。

 主人公も堂々と怒ればいいのに、多数の人間に向かって反論も難しい、とか嘆いて我慢を強いられるんだろ。

 いいんだよ、分かってるよ。

 そうならないためにも、重要なのはコミュニケーションだ。早速スマホを取り出し、メッセージを打つべし。

 以上、俺こと主人公の妄想です。

 出だしから変に暗雲な雰囲気が漂い始める義孝は、早くも正常とは言えなくなっていた。それが嫉妬によるものなのか、相手の瑞葉も察することは出来たのだが、経験不足のせいか流されていく。もちろん、それが良い結果を生むかどうかは二人とも分からず、最悪な展開が近寄ってきているのに気づいていなかった。




 俺は瑞葉のNTR妄想で疲弊し、彼女のスマホにメッセージを送る。

「やぁ瑞葉、木下先輩との巡回、頑張ってな」

 うん、ちが~う! ちゃうやんけ。注意喚起をしなきゃ。瑞葉へ向かって追記を即座にする。

「俺は瑞葉が大好きや。俺は君をごっつう信じとるで。とっても愛してるさかいな。ほな、今度デートしよまい」

 いかん、関西弁から乱れていき名古屋弁まで挿入されている。ま、いいか。冷静になってからちゃんと別れ話をすればいい。

 そもそも、まだ瑞葉は浮気してないしな。←

 バスケ部の部室で着替えを済まし、さて帰るかという時、瑞葉が俺を迎えに来たらしい。

「ちょっと義孝君、急に居なくならないでよ。木下先輩からカフェと食事に誘われて大変だったんだからね!」

「あー、ゴメン、ごめん。一緒に帰ろうか」

「うん、バトミントン部で着替えてくるね」

 フッ。瑞葉ってチョロくて可愛いな。顔はアイドル級だし、出るとこ出てムッチリ女性らしさがあるし、早熟だったんだよな。でも精神はまだ子供で、俺たちは一年に一回のキスしかしてない。

 付き合ってから、通算三回しかキスしていない。幼児時代は除く、だけど。

 平たく言えば、瑞葉は貞操観念がしっかりしているという事だな。

 一緒にお風呂に入ったり、抱き合って寝たのも幼児時代しかしてない。早く今の年齢でしてみたいが、「結婚までダメ」と瑞葉は譲らず、お風呂の混浴も、ベットでのイチャコラもなし、キスも軽く触れるだけ、しかも一瞬という条件と相成った。

 そのキスすら通算三回、大人の階段はエベレストより高い。まるでハレー彗星の周回軌道に乗っかってるようだ。

 健全な高校男児としては正直きつい。彼氏の俺ですらこんななのに、木下に瑞葉の初めてを奪われるだなんて、想像しただけで死ねる。

 いや待てよ。瑞葉は本当に《初めてちゃん》なのか? 俺以外にすでにコッソリと卒業していて、それがバレるのが嫌で「結婚してからネ!」とか主張しているのでは。

 考えすぎだな。瑞葉のNTRを夢想すると頭の回転が勢いよく回ってしまう。キリがないほど。

 俺と瑞葉は正直、吊り合っていない。俺は平均的な男子で、運動も努力はしているが飛び抜けてはいない。勉強も残念ながら平均点だ。本来、文句を言える立場ではなくて、お付き合いさせていただいているという姿勢が必要なのだ。

「義孝君、お待たせ、帰ろう」


 ☆

 自宅に向かって二人で歩く。

 途中で小林とさよならの挨拶をし、木下、妹ら運動部の連中と明日も頑張ろうとエールを交換し、二人だけの空間になるのを歩きながら待つ。

 瑞葉は俺の左腕を取り、胸を押し付けながら近づいてくる。

「ふふふ」

「なんだ、楽しそうだな瑞葉」

「好きな人と一緒に居られるのが嬉しいのよ」

「そっか。ところでさ」

「なーに」

「俺って自分で考えていたより独占欲が強くてさ、嫉妬も凄くするんだよ。瑞葉に親しく声が掛かるだけで嫉妬」

「だからさ、今日のように瑞葉の肩に腕を回されたりすると死んでしまうんだ。ウサギのように」



「ウサギは寂しくなったら、だね」