日常の中で俺は違和感を感じ始めていた。

 いつもの学食、いつもの美しく可愛い瑞葉、帰宅すれば可愛い真っ盛りの妹の由愛がいる。

 しかし、両親はどうした?
 
 瑞葉のおじさん、おばさんの顔が思い出せないのは何故だ?

 由愛の弁当は美味かった。

 しかし由愛って料理しているところを観たことがないぞ? 料理が美味しいとなると、それなりのキャリアがあって、俺が由愛の料理姿を思い出せるはずだ。エプロンの色すら思い出せないぞ。

「なぁ由愛、お前のエプロンってどんなだったっけ?」

「なに言ってるのお兄ちゃん。黄色のカエルさんだよ」

 そ、そうか。黄色のカエルさんだったか。いや質問の内容が駄目だった。瑞葉がその弁当のおかずを「ちょうだい」と、特にハンバーグを抜き取ってパクリと食べる。

 瑞葉
「おいしいーっ!」

 由愛
「ほんと?」

 瑞葉
「美味しいよ、由愛ちゃん。これは将来、良い奥さんになるわ」

 由愛
「嬉しい、ありがとう!」

 この幸せな可愛い二人のやり取りを観ていると、細かな違和感などは吹き飛んでしまう。まぁ考えるのは止めだ。

 小林が由愛の方を見て、ぎこちなく話しかける。

「由愛ちゃん、ぼくにも作って欲しいなぁ~、なんて。えへ」

 あ、ダメだ。これはアカンやつや。


 ☆

 俺
「昨日の瑞葉と由愛の弁当が重ならなくて良かったよ。さすがに重なると悪いからな」

 食事を終えてマッタリしていると、緊張したガタイのいい男子が近寄ってきた。ギロっと俺の方を睨んでいる。そして由愛の方を向きなおした。

「西之原さん、僕はサッカー部の佐々木です。好きです、お付き合いしてください!」

 ああ、このパターンだったか。いきなりこんな場所で告白するなんて俺には考えられないな。小林の顔は緊張を通り越して真っ白な灰になりそうだった。告白している佐々木より顔が死にそうだ。

 由愛はさっと立ち上がり、頭を下げて返事を言う。

「あ、はい、ごめんなさい」

 佐々木、彼は撃沈だった。

「どうしてですか? 理由を教えてください」

「あの、まずは一つ目。サッカー部の先輩に嫌なことをされた記憶があるので、近寄りたくはないのです」

 サッカー部キャプテンだった木下の事だな。分かる。

「二つ目、私には《好きな人》がもういるので、すみません」

 な、なにぃ! お兄ちゃんは聞いていないぞ! 旅行では誤魔化してたろ。やはり小林なのか? お兄ちゃんじゃなかったのか。

「き、君の時間を貰ってしまって、ごめん、ありがとう。それじゃ」

 佐々木君は帰っていった。

「なぁ、由愛、やっぱ《好きな人》っているんだ。誰?」

「な、何を聞いてくるのよ、お兄ちゃん」

「なにって由愛の好きな人がいるなら俺も応援したいしさ、ハッピーな恋愛が出来るよう協力するぞ。正直、お前が他人に抱き締められてる姿を想像するだけで、お兄ちゃんの心臓はもたないけどな」

「おにいちゃん、デリカシーなさすぎ! ばかっ」

 瑞葉は何故かうんうんと頷いている。

 由愛
「抱きしめるって、いきなりそんな画を想像するの? もっと最初の手を繋ぐとか、頭を撫でるとか、順序ってものがあるでしょ」

 由愛の勢いに押されて俺もタジタジである。

 俺
「ご、ごめん。お詫びに今度、俺が抱き締めて、頭を撫でてやるからな。許してくれ」

 瑞葉
「ちょっと、義孝君、何を言ってるのかしら?」

 ジト目で瑞葉が俺をみる。由愛が顔を真っ赤にしている。そ、そうか。

 俺
「頭を撫でるのはダメだったな。それが許されるのはラノベの世界だけだ。普通のカップルでさえ、頭を撫でると、それイヤ! って拒否されるらしいし。ハグもだな。すまんかった」

「お兄ちゃんのばかっ」

 由愛は走って出て行った。応答の間にちゃんとお弁当箱は片づけていたのが流石である。今日はイチゴケーキかプリンを買っていってあげるか。


 小林
「初めて由愛ちゃんの『お兄ちゃんばかっ!』を聞いたな。癒される」


 ☆

 自宅に戻り、買ってきたイチゴケーキを妹に渡して彼女の機嫌は治った。俺はジャージに着替えてベットの上で寝転ぶ。

 お弁当をキッカケにして違和感を感じ始めた俺。

 料理が美味いのに、彼女らが上手くなるまでの過程が記憶にないのだ。その違和感は、瑞葉のおじさん、おばさんに対するものもあり、はっきり顔も思い出せないほどだ。

 更に思考を進めていくと、今度はもっとハッキリした疑問にぶち当たった。()()()()はどうしてる? 毎朝の食事は……。

 お父さん、お母さんは鉱泉宿に俺たちを連れて行ってくれたのを最後に記憶にない。しかも車での会話や夕食時の仕草や、温泉に一緒に入ったりという、通常はあり得る記憶がバッサリと消えている。

 特定の部分だけ、あらゆる記憶が薄くなっている。

 このことも加え、話をしようと由愛の部屋へ向かった。部屋は二階にあり、階段を隔てて俺の部屋と対になっている。

 コンコン

「なあに、お兄ちゃん」

 ガラっと戸を開けると、黄色のパジャマに着替えた妹が笑顔で迎えてくる。妹は机で勉強していた。

「由愛、ちょっといいか?」

「いいよー」

 俺は部屋に入り、ベットに腰かける。

「お兄ちゃん、イチゴケーキ、ありがとうね。美味しかったよ」

「お礼は渡した時にも言ってただろ。また買ってきてやるよ」

 俺は部活と共にバイトもこなしていたから、お金はわりとある方だ。

「お兄ちゃん、優しすぎだよ。そんなに優しくされちゃ、私困っちゃうよ」

 なぜ顔を赤らめて俯く?