朝の黒板の見出しは、ひときわ太かった。

 ――商隊連合・年次契約(公開会議)

 宿場ハブの会議室は、板張りの床に魔灯の淡光が二度だけ満ち、壁一面に貼られた「標準装備」と「時間割」の図を照らしている。椅子は背が低く、机は脚が太い。落とす音が重くなる家具は、議論を短くする。短い議論は、長い運用を守る。

 席順は黒板の下段に貼った通り。中央に商隊連合の代表たち――黒い外套のベドル、飾り紐の目立つコルナ、無口な古参アガル。対面に遼、エイダ、関所長ガルド、監査院の賢者と教授。壁際にはサラが書記として白墨を握り、ロックは窓辺で旗竿を立てかけ、ダルは「検数刻」の束を胸元に差し込んでいる。扉近くには、灰手(はいで)の会からの意見聴取者として、幹部ライオットが帽子の庇をやや深くした顔で立っていた。

「年次契約は“仕組みの多重化”だ」と遼は冒頭で言った。「一本の契約で全部を縛ると、一本折れたときに全部折れる。――だから“区分契約”を提案する」

 黒板に四つの枠が現れる。

 ①運搬(定時便・臨時便)
 ②護衛(随時入札・名札制)
 ③関所・通行(抽出率・顔指数・旗)
 ④遅延保険(基金・緊急便)

「護衛込み一括料金は魅力に見えるが、剣が帳簿の上に座る」と遼。「剣は剣の席に、帳簿は帳簿の席に。――区分することで、交渉を短くする」

 ベドルが鼻を鳴らした。「短くするために増やすのか」

「短い“単位”で増やすと、全体は早い。――“網”は一本の縄ではない。節を増やして、絡ませる」

 彼の指が空に一本、二本と線を描くと、窓の外の《路標》が視界の隅で緑の筋を増やす気配を見せた。緑は細いまま、しかし断ち切れない。

「まずは①運搬から」と遼。白墨が走る。
 ――定時便:路線・時刻・積載上限公開/“券”運用継続
 ――臨時便:黒板申請→抽選+危険度補正/“緊急便”は④保険から出動
「定時便は今の仕組みを年単位に延ばすだけ。臨時便は“抽選+補正”。抽選で公平、補正で現実。――危険度、季節、路面の状態、匂い旗の性格。補正は“注”ではなく“数字”の欄に置く」

 サラの字が横で補う。「注:補正の根拠三語。『凍結』『共鳴』『旗欠』など」
 詩は注に、数字は前に。会議室の空気に、いつもの合言葉が布の裏地みたいに縫い込まれる。

「②護衛は“公開入札”に切り替える」と遼。「最低要件――路線の旗訓練修了、刻印石の扱い、関所の顔指数の基準理解――を満たした者だけが入札できる。入札票は黒板の“護衛欄”に貼る。名札制。誰が高値で誰が安値か、誰の星が多くて誰の黒点が薄いか、街路に晒す」

 ロックが窓から半身を乗り出し、旗を二度ひらひらさせる。「名が見えれば、声が届く」

「“護衛込み一括”のほうが交渉は楽だ」とコルナ。「うちは剣と荷をセットで出せる」

「楽は、脆い」と遼。「君らの剣が病気をしたら? 荷が道半ばで止まる。――分ければ、代替が利く。剣は剣同士、荷は荷同士、別の節が受け止める」

 アガルが静かに口を開いた。「分ければ、責任の押し付け合いになる」

「だから③関所の“顔指数”を合同で使う」と遼。「顔指数は元々、挨拶・説明・旗の朗読だが、適用範囲を“契約顔”へ拡張する。遅延や事故が出たとき、各区分の代表が黒板前で一言を言う。『私の責任はここ』『次の手はこれ』。その短さが星になる。星は“基金”の掛け金に影響する」

「基金?」とベドル。
「④“遅延保険”を創る。――今、遅延は“予告”で薄くなったが、ゼロにはならない。ゼロにしない。ゼロを目指すと嘘になる。だから、遅延を“つなぐ”保険だ」

 遼は別の板を立て、数字を短く並べる。

 ――遅延保険(基金)
 ・保険料:運搬契約額の〇・五%(基本料)+季節係数(凍結期+〇・三)
 ・支払い:予告なし遅延→代替便費用の七割/断路突発→緊急便全額
・運用:黒板公開/監査院+商隊+関所三者監督
・特典:金星三つで次期保険料一部減免
・縛り:黒点多発時、料率自動上げ(黒点連動係数)

「基金は袋を三つに分ける。『平時補填』『緊急便』『予防投資』。予防投資は“滑り止め刻印”や“匂い旗の予備”、子どもの“旗朗読教室”に使う。袋は三つとも透明。昼下がりに日差しで中身が見える袋を作って、会議室に吊るしておく」

 教授が片眼鏡を光らせ、「袋の透明化は詩にしたい」と呟く。賢者は杖の石を軽く鳴らし、同意を短く伝える。

 ベドルが机の縁を指で叩いた。「……で、値段は」

「値段を“見える”から始める」と遼。「“護衛込み一括”は、剣の都合で値が跳ねる。区分にして名札に晒せば、跳ねれば跳ねた名に星が減る。――値は“市場の声”だ。黒板が声を拾う」

 ライオットが帽子の庇を指でなぞり、にやりとも笑わずに言った。「声だけで、道は守れない」

「だから剣は“席”を得る。――入札で、顔で、旗で」



 午前の休憩。会議室の外、黒板前の広場には、すでに臨時の「護衛入札欄」が立っていた。板の下段に見えるのは、護衛候補の名札。ロック、灰手の若い衆イセル、宿場在住の古参護衛ルチ、そして「旅回り傭兵ギド」。名の横に、星の数と黒点の薄さ。黒点の薄い名の前で、人の足が止まる。星の多い名の前で、小さく笑う声がする。

 サラが白墨をくるくる回し、入札のやり方を三行で添える。
 ――名札・希望区間・単価・“朗読可否”
 ――掲示→昼過ぎ締切→夕刻評定
――“朗読可否”:旗の合図文(三語)を現場で出せるか

「朗読できない剣は、夜だけに回す」と遼。「夜は郵便、朗読は匂い旗が語る。昼の“滑り”には、人の言葉が要る」

 その時、遼の視界の端で、《路標》が薄く脈打った。緑が揺れていないのに、胸の内の線がひとつ震えた。感覚の震えは、紙には載らないが、現場では生き延びる。

「トオマは?」
「定時便二本目を出して、黒板裏の“先読み表”を更新してる」とサラ。

 遼は頷き、会議室へ戻る前に黒板裏へ回った。人目の届く場所にあるのに、視線が触れにくい「裏側」。そこに、トオマの“二つ先読み表”が挟まれている。細い字、無駄のない矢印、空欄を器と見る目。

「――遅延窓、先置き済み。交差2:混→回れ。関所抽出:〇」

 白墨は乾き、まだ温い。温さは、ついさっきまで“走る前の呼吸”がここにあった証拠。



 第二部、議題は「ペナルティ条項」。机の木目が緊張の皺に見える。ペナルティは、争いの種でもあるが、争いを手順に変えるための“注”でもある。

「ペナルティを“厚くする”と聞けば、嫌な顔になる」と遼。「だが、厚いのはリストであって、罰ではない。リストを“薄く”すると、解釈が“濁る”。濁りは賄賂の餌だ」

 黒板が条項の短冊で埋まっていく。

 ――遅延(予告なし)=単価×遅延係数×(区間係数+季節係数)
 ――荷損(積付起因)=修繕費実費+星剥奪(復権条件:三十日無事故)
 ――護衛不履行(旗不朗読)=即時降板+次回入札凍結
 ――虚偽申告=黒点固定化(三月)+保険料率個別上げ
 ――共鳴区間の時間割違反=関所通過停止(夜)/指導受講後復帰

 教授が短冊を一度に読みきると、うなずき、「短いが、詩ではない」と満足げだ。賢者は杖の先で床を二度、静かに叩く。二度だけ――この土地の合図の最小単位。

「あなた方の“護衛込み一括”提示は、ここに当てはめると?」とコルナ。
「当てはめない」と遼。「区分に合わない形は“入札不可”。――“不可”があるから“可”が揺れない」

 ベドルが頬をひきつらせ、「剣が余るぞ」と言いかけたとき、会議室の扉が軽く鳴った。黒い外套――灰手の会の男が一人、帽子を胸に当てて立つ。

「幹部代理、書面提出」とダルが読み上げる。「“夜の保全隊、郵便線専属化案”。切手の現金化権と夜間装備費の補助の対価として、夜に“貨物”を持ち込まない誓約を黒板に掲げること」

 視線がライオットに集まる。庇の下の目は笑っていないが、笑っていない目が嘘を言うとは限らない。

「“専属化”は、剣の席を確保する」と遼。「ただし誓約は詩ではなく、刻印で」

 黒板の端に「夜貨物禁止」の短冊が貼られ、下部に光を返す小さな金属板が埋め込まれる。誓約者の名を刻むと、金属に薄い線が走り、魔灯の眠る時間帯にだけ光る。夜に貨物を押し込めば、光は消える。消えた痕は、翌朝の詩になる。詩は注に。注は恥で温まる。

「では、入札を」と遼。



 夕刻の評定。護衛入札は、予想外に熱く、しかし静かに終わった。ロックは“継ぎ目朗読”の評価で高値を付け、古参護衛は“冬路仕様”の経験値で選ばれ、灰手のイセルは“匂い旗”の扱い巧者として一本を取った。ギドは“朗読不可”で夜専用に回され、本人は文句を言わず、代わりに切手を買った。

「“朗読不可”は侮辱じゃない」と遼。「席替えだ」

 星が足され、黒点が薄くされ、顔指数に小さな+1が付く。板の上で数字は“踊らず、歩く”。歩く数字は、翌日の足を揃える。

 会議の締めは、遅延保険の基金設置。三つの袋が、魔灯の柱の影の下に吊るされる。透明な革で作られ、中身の小銀が薄く光る。袋の口には小さな結びが二度だけ。二度だけ、がここでも信頼の単位だ。袋の手前に、遼は短く書く。

 ――基金袋:平時/緊急/予防(公開・毎夕刻更新)

 エイダが杖で床を軽く打ち、言った。「これで“倒れない”を買える」

「倒れないは“遅れない”の親」と遼。「倒れないを買うために、遅れないを売る」

 ベドルが諦めの微笑を浮かべ、「お前の言い回しは腹が立つが、腹に残る」と言った。腹に残るのは、食べ物と詩の仕事だ。



 その頃、会議室の外――裏路地。

 黒板裏の「二つ先読み表」を差し替えにきたトオマの背に、影が一つ貼り付く。影は匂わない。匂わない影は、夜に強い。昼でも、裏路地には夜がある。

「坊主」

 低い声。帽子の庇で半分隠れた顔。ライオットの右手は空だが、左手の指が二度折れる。二度――この土地の合図を、彼も覚えている。

「定時便は、遅らせろ」

 トオマは表を胸に抱え、喉を鳴らす。「……“遅延率”が、落ちます」

「落とせ」

 ライオットは笑わない。笑わないのは、まじめだからではなく、脅しを“仕事”にしているからだ。仕事は笑いで甘くならない。

「代わりに、夜の“専属”を薄くするぞ。――夜の細道に、貨物が乗る。乗れば、郵便が詰まる。詰まれば、朝の黒板が遅れる。遅れれば、“噂”が戻る。噂は俺の仕事だ」

 トオマは唇を噛み、歯に薄い鉄の味が滲む。恐怖は、味を変える。味が変わると、言葉が短くなる。

「……“予告窓”に、置きます」

「置くなと言ってる」

「置きます。――“予告”は、足の呼吸です」

 ライオットの目が細くなる。「坊主、呼吸を止める術を、俺は知ってる」

 風のない裏路地で、旗の布が一度だけ鳴った気がした。鳴ったのは幻か、あるいは、習慣がトオマの耳に付けた保護だ。

「あなたが止める息は、僕のじゃない」

「誰のだ」

「“網”の」

 言い終えて、トオマは自分でも驚いた。言葉が先に走った。走った言葉は、足を前に投げ出す。投げ出した足が地面に合うかどうかは、別の問題だ。

 ライオットは沈黙した。沈黙は、脅しではない。脅しは音を必要とする。音のない脅しは、眠りだ。眠りは、時に成長を促す。

「……“坊主”じゃないな」とライオット。「“朗読者”だ」

 彼は背を向け、裏路地を抜け、昼の光へ出ていった。光は庇の下に滑り込み、目の色を短く晒す。晒された色は、思ったより柔らかい。

 トオマは表を差し込み、“遅延窓”に小さな印を付け、定時便の時刻を守って走った。走る前に、黒板の前で小さく一礼する。黒板に礼をする者は、まだ珍しい。珍しい礼が、習慣になるのに時間はかからない。



 夕刻。“評定”の場に戻ると、護衛入札の結果と、遅延保険の掛け金が黒板に貼られていた。会議室から流れ出た言葉が、壁や柱で温度を下げ、字に固まる。

 ――護衛入札・昼:ロック/ルチ(朗読可)/イセル(朗読可)
 ――護衛入札・夜:ギド(朗読不可・郵便保全)/灰手専属(誓約・装備補助)
 ――保険料率:基本〇・五+季節〇・三(凍結期)→合計〇・八%
 ――基金袋:平時〇〇〇枚/緊急〇〇枚/予防〇〇枚(初期注入)

 ガルドが袋を指さし、短く言った。「袋、重い。――良い重さだ」

「重さは、落ちる先を選ぶ」と遼。「落ちる先が“緊急便”なら、落ちる重さが人を救う」

 教授は「救う重さ」を気に入り、紙片にメモを刺した。賢者は杖の石に光を一度だけ吸わせた。会議が終わる合図。

 ベドルが最後に口を開く。「“護衛込み一括”は取り下げだ。剣は剣の席に座らせる。――座り方が分かっているなら、座ってやる」

 コルナは飾り紐を指で弾き、「一括の方が楽だったけれど、網の上では楽が破れるのね」と肩をすくめた。アガルは無言でうなずき、手の甲の古い傷を一度だけ撫でた。古い傷は、仕組みの根拠になることがある。



 夜。“遅延率”の板は、きれいだった。黒点は一つも増えず、金星が二つ、緑星が三つ。トオマの便は時間どおりに戻り、彼は黒板の前で「予告の影」を短く確認し、星の位置を意識的に見ないまま、給水樽の水で喉を湿らせた。

「裏で会った?」とサラが耳打ちする。
「うん。でも、僕は朗読者だって」
「それ、褒め言葉だよ」

 エイダが杖を突きながら近づき、トオマの肩を軽く叩いた。「“顔”は、朗読を支える。明日も声を出す」

「はい」

 遼は黒板の端に短い詩を置いた。

 ――一括は重し。
 ――分けて座らせ、道は軽く。
 ――軽さは続く力。

 詩は注に落ち、数字は前で光り、袋は透明で揺れ、旗は二度だけ角度を変え、刻印石は冷たく、魔灯は眠った。眠った魔灯のそばで、基金の袋が月の白を飲んで、薄く光った。光は派手ではない。派手ではない光が、最も長い。



 深夜。
 遼は会議室の机に肘を置き、基金の配分案を短く整えた。平時の袋からは“滑り止め刻印”の追加、予防の袋からは“朗読教室”のチョークと旗布代。緊急の袋は――開けない。開けない袋の中身は、開けるべき瞬間のために重くある。

 ロックが窓辺であくびを噛み殺し、「ライオットは?」と訊いた。
「戻る。――敵で在るのが楽な時期は終わった。隣をやるほうが、彼には難しい」

「難しいほうを選ぶか?」
「彼は仕事で動く。仕事の形が変われば、彼も変わる」

 エイダが笑い、「あなたの“殴る”は、相手に気づかれにくい」と言った。
「殴ってない。――席を替えてる」

「席替え、好きだね」
「剣は手に、星は壁に、袋は柱に」

 ガルドが扉のところで短く咳ばらいをし、「“顔指数”に『会議短明』を加点していいか」と言った。
「いい。――加点する代わりに、翌朝の“説明朗読”を“二度だけ”行う。長い説明は眠る。短い説明は、動く」

 教授が「“眠る説明”は詩に向く」とメモし、賢者が「眠る詩は器になる」と返した。サラは白墨で「朗読:朝・夕 二度」を黒板の端に書き足し、トオマが「はい」と一度だけ頷いた。



 夜の底。
 裏路地で、ライオットは帽子の庇を持ち上げ、薄い月を一度だけ見た。月は数字に向かない。向かないが、人の予定を少しだけずらす。ずれた予定が、噂の子を産む。

「――朗読者、ね」

 彼は小さく吐き、笑いはしないが、笑いを押し殺すように、庇の影がうごいた。影は夜の布で、夜の布は冬の冷気を吸う。凍る道の準備は、もう黒板に出ている。彼は黒板を嫌わない。嫌わないが、黒板の“裏”が好きだ。裏は表の兄弟だ。兄弟は、時に殴り合い、時に背中を預ける。

「専属、やってやる。――夜は俺たちの匂いで守る」

 匂い旗の筒に、彼の指が二度だけ触れた。二度――この土地の合図は、彼の筋肉にも根を下ろし始めている。



 翌朝。
 黒板の上段に、見慣れた太字が並んだ。

 ――年次契約:区分採用/護衛入札(名札)/遅延保険(基金)
 ――袋残高:平時〇〇〇枚/緊急〇〇枚/予防〇〇枚(更新)
 ――朗読:朝・夕(短明)
 ――“顔指数”:会議+1/朗読+1

 そして右端に、サラの短い詩。

 ――剣は席、星は壁、袋は柱。
 ――座れば動く、貼れば続く、吊れば守る。
 ――網は、手順で強くなる。

 トオマは定時便の“予告窓”に、いつものように小さな時刻を置き、空欄を器として撫で、走った。彼の背中はまだ細く、しかし影が先に走る。影のあとから足が出る。影の速さは“遅延率”に現れない。現れないが、星の位置に現れる。

 遼は胸の内側のT字に、小さな点をひとつ打った。借方に“命”、貸方に“物語”。その間に“契約”と小さく添え、さらに“保険”と“入札”を重ねる。重ねるのは、重くするためではない。重なり目が、網の節になる。

「次は、氷だ」とエイダ。
「氷は滑る。滑るものは、詩より先に刻む」と遼。
 ロックが旗を肩に担ぎ、「朗読を増やす?」
「増やさない。二度で足りる。二度で足りない朗読は、詩だ」
「詩は注に」
「数字は前に」

 魔灯はまだ眠り、刻印石は冷たく、基金の袋は透明で、旗は二度だけ角度を変え、黒板の白は朝の光を細く弾いた。会議の余熱はもう消えている。残っているのは、手順の温度だ。手順の温度は、冬に強い。

 そして、峠のほうから、乾いた鈴の音が一度だけ響いた。凍る前の、空気の硬さを告げる音。遼は黒板の端に、新しい欄を足した。

 ――次章準備:冬路契約(氷上協定/滑り止め刻印入札/温度窓の保険係数)

 字は短く、しかし、遠くまで届く。届いた先の足音が、網の上で小さく揃い始める。揃うことが、祝祭だ。祝祭は、数字の静けさを温める。

 “商隊連合と契約戦”は、剣では終わらない。終わりはいつも、黒板の白で柔らかく、袋の透明で冷たく、旗の角度で決まり、詩の短さで締まる。そこから先は、次の道具――“氷の朗読”が待っている。