白城の医療事務所は、島国の霧が窓を覆う午前、な絶望の気配を帯びていた。深山蓮は机に肘を付き、白い髪を軽く掻き上げながらカルテを睨む。屈強な体躯に白い瞳が冷徹に輝き、赤ピンクのネクタイが胸で結ばれ、黄緑と赤ピンクのマフラーが肩を包む。彼は白城の医療の証人として、恋愛の幻がもたらす感覚の転移を記録する。患者の名は日向——白城の白の上級保安官。三笠への重度片想いが、幻肢の毒を呼び込んだ。
深山はペンを走らせ、カルテに詳細に記す。手は揺るがず、瞳に微かな憐れみが宿る。

症例番号：WC-0261 
患者名：日向

性別：男性 / 職業：白城の上級保安官

主訴：持続性幻肢感覚、切断痛類似症状、水分接触倦怠感

既往歴：特記事項なし。三笠（同僚）への重度片想いを自認（詳細非開示）
診断名：
感情転移性幻肢症（Emotional Phantom Limb Syndrome）
•恋愛感情関連の精神身体症候群。幻肢転移による感覚異常。
発症経過：
患者は約1ヶ月前、三笠への想いが頂点に達し発症。初期：幻肢感覚出現（触れぬ相手の触覚転移）。患者自陳「三笠の指が、僕の肌に残る」との記述あり。以降、対象者分離時に幻肢切断痛（全身疼痛・抑うつ）発現。水感受性異常：外部水分接触で溶解感覚誘発。外観・運動機能正常のため発見遅延。
進行の特徴：慢性化で感覚混乱・慢性疲労増悪。感情刺激が神経固定を促進。最終的に存在消去現象（身体砂化崩壊、記録抹消）。
治療経過：
薬物・精神療法無効。感情刺激・水分回避管理施行も進行抑制せず。予後不良。
予後：
進行性・不可逆。自然寛解なし。最終的に存在消去による消失。
所見：
本症は感情転移が身体回路を乱す。水分による崩壊は回路不安定化の表れ。愛の喪失が、存在の破綻を招く。白城の霧のように、幻は溶け、事実を消す。追跡調査要。
担当医：深山蓮

深山はカルテを畳み、事務所の奥室へ足を運ぶ。患者のベッドは霧の光に照らされ、日向は白いシーツに横たわる。かつての屈強な保安官の体は今、虚ろに震え、白い髪が枕に広がる。白い瞳は虚空を眺め、幻の触覚を探すように指が動く。深山はベッド脇に座り、黄緑のマフラーを調整しながら観察する。赤ピンクのネクタイが彼の視界に映る。
「日向くん、感覚はどうだい。三笠くんの影を感じるかな」
深山の声は穏やかだが、患者の反応は鈍い。日向は呟く。
「先生……彼の温もりが、切れる。痛い……体が、溶ける」
水分を避けた部屋だが、霧の湿気が肌に触れ、倦怠感が顔を歪める。深山は脈を測り、幻肢の痕跡を記録——触れぬ触覚が、抑うつを増幅。患者の瞳に、三笠の幻が宿る。
「回避して。感情を、抑えて」
深山はアドバイスするが、無力。霧が深まり、慢性疲労が日向を蝕む。存在消去の兆し——体が砂のように崩れ始める。
霧の夜が明ける頃、日向の体が砂化し、崩壊した。白い瞳は消え、記録から事実が抹消される。深山は空のベッドを眺め、カルテに「病死」と記す。感情転移性幻肢症は、幻を残し、存在を奪う。白城の医療事務所に、また一つの消去が刻まれた。
（終）