白城の医療事務所は、島国の潮風が窓を叩く朝、静かな重みに沈んでいた。深山蓮は机に座り、白い髪を後ろに流しながらカルテを開く。屈強な体躯に白い瞳が冷静に輝き、赤ピンクのネクタイが胸で結ばれ、黄緑と赤ピンクのマフラーが肩を覆う。彼は白城の医療の守護者として、愛の毒に蝕まれる症例を幾度も扱ってきたが、この患者は特に切ない。患者の名は扶桑——白城の白の上級保安官。三笠への重度片想いが、自己を破壊する免疫の乱れを呼び起こした。
深山はペンを取り、カルテに系統的に記す。手は安定し、瞳に微かな同情が宿る。
症例番号:WC-0259 患者名:扶桑
性別:男性 / 職業:白城の上級保安官
主訴:喉渇、呼吸困難、運動障害、発声喪失
既往歴:特記事項なし。三笠(同僚)への重度片想いを自認(詳細非開示)
診断名: 恋慕性自己免疫錯乱症(Romantic Autoimmunic Collapse)
•恋愛感情が免疫系を錯乱させ、「自己」を異物と誤認。身体破壊の象徴。
発症経過: 患者は約10日前、三笠への想いが極まり発症。2〜4日目:強い喉の渇き出現。患者自陳「三笠くんの声が喉に絡み、乾く」との記述あり。5日目:水接触欠如で呼吸困難発現。6日目:発声障害、言葉が途切れる。7日目:足部運動障害、歩行困難。8日目:完全無声化。9日目:常時水浸でなければ呼吸不能。10日目:溺死経過。
進行の特徴:愛の深化が免疫錯乱を加速。感情の外部転写(詩化)が唯一の抑制法だが、患者の想い深く、試行も不十分。象徴的に、愛が命を蝕む比喩。
治療経過: 感情詩化療法施行(患者に想いを詩として記させる)。初期抑制効果認めるが、進行速く無効。水分補給・浸水管理で延命試みるも、予後不良。
予後: 発症から10日で溺死。救いは感情の外在化にのみ——白城の潮のように、愛は自己を溶かす。
所見: 本症は愛と自己破壊の直結を示す。詩による転写が鍵だが、想いの強さが破壊を招く。追跡調査要。
担当医:深山蓮
深山はカルテを畳み、事務所の奥室へ足を運ぶ。患者のベッドは水槽のような装置に囲まれ、扶桑は白いシーツに沈むように横たわる。かつての屈強な保安官の体は今、弱々しく震え、白い髪が湿った枕に張り付く。白い瞳は虚ろに天井を睨み、喉が渇いたように上下する。深山はベッド脇に立ち、黄緑のマフラーを巻き直しながら観察する。赤ピンクのネクタイが彼の影を落とす。
「扶桑くん、水を飲んで。詩を書くんだ」
深山の声は穏やかだが、患者の耳には届かぬ。扶桑の唇が動くが、声は出ず、ただ喉が渇く音がする。5日目の呼吸困難が悪化し、水に浸かった体がわずかに浮かぶ。足は動かず、7日目の障害が明らか。深山は脈を測り、免疫の乱れを記録——自己攻撃が、愛の名の下に進行する。患者の瞳に、三笠の影が映るかのように涙が溜まる。
「想いを詩に、外へ出そう。それが救いだ」
深山は紙とペンを差し出すが、扶桑の指は震え、わずかな言葉を綴るのみ。
「三笠くん……潮のように、溶ける」
感情の転写が一時的に呼吸を楽にさせるが、9日目の常時浸水を要する段階で限界。事務所の潮風が窓から入り、水の音が響く。
潮の満ちる夜、扶桑の体が水に沈み、息が止まった。白い瞳は閉じ、溺死の痕が残る。深山は装置を止め、カルテに「病死」と追記する。恋慕性自己免疫錯乱症は、愛を蝕み、詩だけが残る。白城の医療事務所に、また一つの溶けた想いが刻まれた。
(終)
深山はペンを取り、カルテに系統的に記す。手は安定し、瞳に微かな同情が宿る。
症例番号:WC-0259 患者名:扶桑
性別:男性 / 職業:白城の上級保安官
主訴:喉渇、呼吸困難、運動障害、発声喪失
既往歴:特記事項なし。三笠(同僚)への重度片想いを自認(詳細非開示)
診断名: 恋慕性自己免疫錯乱症(Romantic Autoimmunic Collapse)
•恋愛感情が免疫系を錯乱させ、「自己」を異物と誤認。身体破壊の象徴。
発症経過: 患者は約10日前、三笠への想いが極まり発症。2〜4日目:強い喉の渇き出現。患者自陳「三笠くんの声が喉に絡み、乾く」との記述あり。5日目:水接触欠如で呼吸困難発現。6日目:発声障害、言葉が途切れる。7日目:足部運動障害、歩行困難。8日目:完全無声化。9日目:常時水浸でなければ呼吸不能。10日目:溺死経過。
進行の特徴:愛の深化が免疫錯乱を加速。感情の外部転写(詩化)が唯一の抑制法だが、患者の想い深く、試行も不十分。象徴的に、愛が命を蝕む比喩。
治療経過: 感情詩化療法施行(患者に想いを詩として記させる)。初期抑制効果認めるが、進行速く無効。水分補給・浸水管理で延命試みるも、予後不良。
予後: 発症から10日で溺死。救いは感情の外在化にのみ——白城の潮のように、愛は自己を溶かす。
所見: 本症は愛と自己破壊の直結を示す。詩による転写が鍵だが、想いの強さが破壊を招く。追跡調査要。
担当医:深山蓮
深山はカルテを畳み、事務所の奥室へ足を運ぶ。患者のベッドは水槽のような装置に囲まれ、扶桑は白いシーツに沈むように横たわる。かつての屈強な保安官の体は今、弱々しく震え、白い髪が湿った枕に張り付く。白い瞳は虚ろに天井を睨み、喉が渇いたように上下する。深山はベッド脇に立ち、黄緑のマフラーを巻き直しながら観察する。赤ピンクのネクタイが彼の影を落とす。
「扶桑くん、水を飲んで。詩を書くんだ」
深山の声は穏やかだが、患者の耳には届かぬ。扶桑の唇が動くが、声は出ず、ただ喉が渇く音がする。5日目の呼吸困難が悪化し、水に浸かった体がわずかに浮かぶ。足は動かず、7日目の障害が明らか。深山は脈を測り、免疫の乱れを記録——自己攻撃が、愛の名の下に進行する。患者の瞳に、三笠の影が映るかのように涙が溜まる。
「想いを詩に、外へ出そう。それが救いだ」
深山は紙とペンを差し出すが、扶桑の指は震え、わずかな言葉を綴るのみ。
「三笠くん……潮のように、溶ける」
感情の転写が一時的に呼吸を楽にさせるが、9日目の常時浸水を要する段階で限界。事務所の潮風が窓から入り、水の音が響く。
潮の満ちる夜、扶桑の体が水に沈み、息が止まった。白い瞳は閉じ、溺死の痕が残る。深山は装置を止め、カルテに「病死」と追記する。恋慕性自己免疫錯乱症は、愛を蝕み、詩だけが残る。白城の医療事務所に、また一つの溶けた想いが刻まれた。
(終)



