白城の医療事務所は、島国の霧が窓を覆う午後、静かな緊張に満ちていた。深山蓮は机に肘を付き、白い髪を指で梳きながらカルテを睨む。屈強な体躯に白い瞳が冷たく輝き、赤ピンクのネクタイが胸元で揺れる。黄緑と赤ピンクのマフラーが肩に掛かり、事務所の淡いランプ光を反射する。彼は白城の医療の要として、数々の幻想病を記録してきたが、この症例は特に痛ましい。患者の名は山城——白城の白の上級保安官。三笠への重度片想いが、愛の毒を呼び込んだ。
深山はペンを握り、カルテに淡々と記す。手は揺るがず、しかし瞳に微かな哀れみが宿る。

症例番号:WC-0258 
患者名:山城

性別:男性 / 職業:白城の上級保安官

主訴:五感歪曲、認識崩壊、暗所耐性喪失

既往歴:特記事項なし。三笠(同僚)への重度片想いを自認(詳細非開示)
診断名:
愛触性崩壊症(Affection-Induced Dissonance Syndrome)
•恋愛感情を契機とした神経過剰共鳴症候群。自己崩壊と依存の象徴。
発症経過:
患者は約1ヶ月前、三笠への想いが頂点に達し発症。初期症状として視覚乱れ(万華鏡状歪曲)、聴覚選択性(三笠の声のみ明瞭、他音声消滅)。患者自陳「三笠の姿が、万華鏡のように輝き、他の世界がぼやける」との記述あり。以降、感情深化に伴い現実認識崩壊。触覚・味覚・嗅覚も歪み、相手の存在以外を感知しにくくなる。
進行第2期:五感の完全歪曲確認。患者は「三笠の影だけが現実。他は幻」と語り、事務所内でも周囲を無視。生存条件として明るい場所必須——暗闇暴露で即時運動停止、月光接触で凍結様症状発現。象徴的に、愛による自己喪失が進行。依存の崇拝が、境界を溶かす。
悪化要因:想いの深化が共鳴を加速。離別感(三笠不在時)が認識崩壊を促進。最終段階では、相手以外を認識不能に陥り、光喪失で生体維持不能。
治療経過:
感情抑制療法(薬物・認知介入)施行も拒否反応強。恋愛断絶が治癒鍵だが、患者の依存深く、無効。生存条件維持のため、事務所内常時照明管理。予後不良。
予後:
発症から約2ヶ月で「愛ゆえの凍死」経過。暗闇・月光が死の引き金。自己の崩壊が、愛の危うさを示す。
所見:
本症は愛の投影が現実を切り離す。光を失うと生を保てぬ——白城の霧のように、愛は境界を曖昧にし、死を招く。追跡調査要。
担当医:深山蓮

深山はカルテを閉じ、事務所の奥室へ向かう。患者のベッドは明るいランプの下に置かれ、山城は白いシーツに横たわる。かつての上級保安官の屈強な体は今、虚ろに震え、白い髪が枕に乱れる。白い瞳は天井を彷徨い、時折万華鏡のように揺らぐ。深山はベッド脇に座り、黄緑のマフラーを調整しながら観察する。赤ピンクのネクタイが彼の視界に映るが、山城の瞳はそれを見ぬ。
「山城くん、聞こえるかい。三笠くんの名を呼ばないこと」
深山の声は穏やかだが、患者の耳には届かぬ様子。山城の唇が動く——「三笠くん……君だけが、光だ」
視覚の歪みが明らかで、周囲の壁が彼にはぼやけ、深山の姿すら幻のように薄い。脈を測ると、神経共鳴の乱れが触知される。五感の崩壊が、愛の崇拝を加速させる。深山は窓のブラインドを閉め、月光を遮るが、霧の隙間から淡い光が漏れる。
「愛は、自己を失わせるよ」
深山は呟き、鎮静剤を投与する。山城の体がわずかに反応し、瞳に諦めの色が差す。
「三笠くん……暗闇が、来るよ」
事務所のランプが一瞬揺らぎ、月光が患者の肌に触れる。体温が急低下し、凍結様の硬直が始まる。深山は観察を続け、カルテに追記——負の依存が、死を呼ぶ。
霧の夜が深まる頃、山城の息が止まった。白い瞳は閉じ、体は冷たく凍える。深山はシーツをかけ、カルテに「病死」と記す。愛触性崩壊症は、光を失わせ、命を奪う。白城の医療事務所に、また一つの境界が崩れた。
(終)