白城の医療事務所は、霧の立つ島国らしい静けさに包まれていた。窓辺に置かれたランプが淡い光を落とし、深山蓮の白い髪を優しく照らす。屈強な体躯に白い瞳が鋭く輝く彼は、赤ピンクのネクタイを緩め、黄緑と赤ピンクのマフラーを肩にかけながら、机に向かっていた。事務所の長として、数多の奇病を診てきた深山だが、今日のカルテは特別に重い。患者の名は榛名——白城の白の上級保安官。屈強な男が、恋慕の毒に蝕まれ、病床に伏せっている。
深山はペンを走らせ、カルテに記す。手は確かだが、瞳には微かな影が差す。
症例番号:WC-0257 患者名:榛名
性別:男性 / 職業:白城の上級保安官
主訴:左胸部痛、幻肢様感覚、進行性呼吸困難
既往歴:特記事項なし。三笠(同僚保安官)への一方的恋愛感情を自認(詳細非開示)
診断名:1薔薇咲き病(Rose Blooming Disease)
2感情転移性幻肢症(Emotional Phantom Limb Syndrome)
◦併発例として稀有。両症の共存は、愛情の投影が肉体・精神の両面で加速する要因を示唆。
発症経過: 患者は約2ヶ月前より、三笠への想いが募り発症。初期症状として左胸に薔薇状アザ(直径3cm、赤黒色)出現。患者自陳「三笠の視線を感じるだけで、胸が熱く疼く」との記述あり。以降、アザはツタ状に右肩・頸部へ拡散。触診時、皮膚下に硬結を認める——まるで棘の絡まる蔓。
進行第2期:血液検査でヘモグロビン変質を確認。末梢血塗抹標本に花弁様構造体(赤紫色結晶)検出。患者は「血を吐くと、花びらが混じる」と訴え、花吐き症状発現。胸部締め付け痛(VAS 8/10)が持続、頭部圧迫感を伴う。幻肢症状として、三笠の不在時「彼の指が背に触れる感覚」が残存——触れられていないのに、皮膚が熱を持ち、鳥肌立つと記述。
悪化要因:負の感情(寂しさ、報われぬ想いの苦痛)が顕著。三笠の巡回シフトと重なる夜間に症状悪化、幻肢切断痛(焼けるような精神的苦痛)が誘発。患者は「彼の影が離れると、腕が千切れるようだ」と涙声で語る。愛の投影が、喪失の痛みを幻肢として具現化。
治療経過: 標準治療(感情抑制薬投与、カウンセリング)施行も効果薄。恋愛感情の消去が唯一の治癒法であるが、患者の想いは深く、拒否反応強。3ヶ月経過目前、胸腔X線で肺野に薔薇状影複数確認。頭部MRIにて、脳梁付近に花弁様異常信号。予後不良。
予後: 発症から約3ヶ月で窒息死の経過を辿る。最終観察時、患者の口元に赤い花びらが散らばり、瞳に穏やかな諦念を認める。薔薇咲き病は肉体を花へ変え、幻肢症は精神を蝕む——愛は美しく、毒である。
所見: 本併発例は、恋愛感情の二重投影を示す。治療の鍵は「想いの断絶」か「死」か。白城の霧のように、愛は絡みつき、解けぬ。追跡調査要。
担当医:深山蓮
深山はカルテを閉じ、ため息をつく。事務所の奥室、患者のベッドサイドへ足を運ぶ。榛名は白いシーツに横たわり、かつての屈強な保安官の面影を残す白い髪が枕に広がっていた。白い瞳は虚ろに天井を仰ぎ、頰は薔薇の棘のように赤く染まる。ツタ状のアザが首筋を這い、息は浅く、時折口から赤い花びらが零れ落ちる。深山はベッド脇の椅子に腰を下ろし、静かに観察する。黄緑のマフラーが肩から滑り落ち、赤ピンクのネクタイが彼の胸に影を落とす。
「榛名くん、どうかな。痛みは?」
深山の声は低く、穏やかだ。患者はゆっくりと視線を移し、弱々しく微笑む。
「深山先生……三笠くんの夢を見たよ。彼の指が、僕の胸に触れて……薔薇が咲くんだ」
言葉の端に、花びらが舞う。深山は脈を測りながら、幻肢の痕跡を探る——榛名の腕に、触れられぬはずの温もりが残るように、皮膚が微かに震えている。切断痛の名残か。患者の瞳に、愛の棘が映る。
「想いは、美しい毒だ」
深山は呟き、注射器を手に取る。鎮痛剤を静注するが、それは一時しのぎに過ぎない。榛名の胸が締め付けられ、息が乱れる。
「先生……彼に、伝えて。僕の薔薇は、彼の色だよ」
深山は頷き、カルテに追記する。負の感情が病を養う——寂しさが、花を膨らませる。
夜が更け、事務所の霧が窓を曇らせる頃、榛名の息が止まった。口元に最後の花びらが残り、白い瞳は静かに閉じる。深山はベッドを整え、カルテに「病死」と記す。愛は花を咲かせ、命を奪う。白城の医療事務所に、また一つの棘が刻まれた。
(終)
深山はペンを走らせ、カルテに記す。手は確かだが、瞳には微かな影が差す。
症例番号:WC-0257 患者名:榛名
性別:男性 / 職業:白城の上級保安官
主訴:左胸部痛、幻肢様感覚、進行性呼吸困難
既往歴:特記事項なし。三笠(同僚保安官)への一方的恋愛感情を自認(詳細非開示)
診断名:1薔薇咲き病(Rose Blooming Disease)
2感情転移性幻肢症(Emotional Phantom Limb Syndrome)
◦併発例として稀有。両症の共存は、愛情の投影が肉体・精神の両面で加速する要因を示唆。
発症経過: 患者は約2ヶ月前より、三笠への想いが募り発症。初期症状として左胸に薔薇状アザ(直径3cm、赤黒色)出現。患者自陳「三笠の視線を感じるだけで、胸が熱く疼く」との記述あり。以降、アザはツタ状に右肩・頸部へ拡散。触診時、皮膚下に硬結を認める——まるで棘の絡まる蔓。
進行第2期:血液検査でヘモグロビン変質を確認。末梢血塗抹標本に花弁様構造体(赤紫色結晶)検出。患者は「血を吐くと、花びらが混じる」と訴え、花吐き症状発現。胸部締め付け痛(VAS 8/10)が持続、頭部圧迫感を伴う。幻肢症状として、三笠の不在時「彼の指が背に触れる感覚」が残存——触れられていないのに、皮膚が熱を持ち、鳥肌立つと記述。
悪化要因:負の感情(寂しさ、報われぬ想いの苦痛)が顕著。三笠の巡回シフトと重なる夜間に症状悪化、幻肢切断痛(焼けるような精神的苦痛)が誘発。患者は「彼の影が離れると、腕が千切れるようだ」と涙声で語る。愛の投影が、喪失の痛みを幻肢として具現化。
治療経過: 標準治療(感情抑制薬投与、カウンセリング)施行も効果薄。恋愛感情の消去が唯一の治癒法であるが、患者の想いは深く、拒否反応強。3ヶ月経過目前、胸腔X線で肺野に薔薇状影複数確認。頭部MRIにて、脳梁付近に花弁様異常信号。予後不良。
予後: 発症から約3ヶ月で窒息死の経過を辿る。最終観察時、患者の口元に赤い花びらが散らばり、瞳に穏やかな諦念を認める。薔薇咲き病は肉体を花へ変え、幻肢症は精神を蝕む——愛は美しく、毒である。
所見: 本併発例は、恋愛感情の二重投影を示す。治療の鍵は「想いの断絶」か「死」か。白城の霧のように、愛は絡みつき、解けぬ。追跡調査要。
担当医:深山蓮
深山はカルテを閉じ、ため息をつく。事務所の奥室、患者のベッドサイドへ足を運ぶ。榛名は白いシーツに横たわり、かつての屈強な保安官の面影を残す白い髪が枕に広がっていた。白い瞳は虚ろに天井を仰ぎ、頰は薔薇の棘のように赤く染まる。ツタ状のアザが首筋を這い、息は浅く、時折口から赤い花びらが零れ落ちる。深山はベッド脇の椅子に腰を下ろし、静かに観察する。黄緑のマフラーが肩から滑り落ち、赤ピンクのネクタイが彼の胸に影を落とす。
「榛名くん、どうかな。痛みは?」
深山の声は低く、穏やかだ。患者はゆっくりと視線を移し、弱々しく微笑む。
「深山先生……三笠くんの夢を見たよ。彼の指が、僕の胸に触れて……薔薇が咲くんだ」
言葉の端に、花びらが舞う。深山は脈を測りながら、幻肢の痕跡を探る——榛名の腕に、触れられぬはずの温もりが残るように、皮膚が微かに震えている。切断痛の名残か。患者の瞳に、愛の棘が映る。
「想いは、美しい毒だ」
深山は呟き、注射器を手に取る。鎮痛剤を静注するが、それは一時しのぎに過ぎない。榛名の胸が締め付けられ、息が乱れる。
「先生……彼に、伝えて。僕の薔薇は、彼の色だよ」
深山は頷き、カルテに追記する。負の感情が病を養う——寂しさが、花を膨らませる。
夜が更け、事務所の霧が窓を曇らせる頃、榛名の息が止まった。口元に最後の花びらが残り、白い瞳は静かに閉じる。深山はベッドを整え、カルテに「病死」と記す。愛は花を咲かせ、命を奪う。白城の医療事務所に、また一つの棘が刻まれた。
(終)



