どこか心許なそうな表情で姿を現した篠田に、藍は駆け寄った。
つい一週間前、感動的な別れをしたばかりの相手が、なぜここに――。
今回の事件の捜査で、誰よりも藍のことをそばで支えてきたのはこの男だった。
きっとまた会えると確信していたが、まさか再会がこんなに早いとは思わなかった。これでは感動も薄れてしまう。本当は、同じ場所で働けるということに喜びを見せたいところだったが、藍の口から出てきたのは「どうしてここに」という疑問の言葉だった。
困ったように微笑む篠田に代わり、布施が答える。
「今回の捜査で、菱沼管理官からのお墨付きを得た。シノさん、返り咲きですね」
「おそらく、ここが私の刑事畑の締めくくりとなるでしょう。まさか、最後を捜一で迎えるとは思っても見ませんでしたが」
「シノさんには、千木良と組んでもらいます」
布施の声に、藍と篠田の視線がどちらからともなく交わる。
なんだか照れ臭くなって、藍は人差し指で鼻下に触れた。
「えぇ、またですかぁ?」
その反応に、篠田は口元に小さな笑みを浮かべた。
「身を尽くします」
「尽くされても困ります」
なぜこの人は、こんなにも無条件に支え続けてくれるのだろうか。前世か何かで、篠田に恩を売っていたのかもしれない。
「またあなたと一緒になるとは……」
横から、内海が入ってくる。
げ、と藍はあることを思い出した。
そういえば、この二人の相性は極めて悪い。
いや、内海からの一方的な敵対心のようにも思えるが、あまり感情を露呈しない内海がここまで嫌悪感をむき出しにしているのには、それ相応の理由があるはずだ。
嫌な予感を抱く藍をよそに、意外にも内海は篠田に手を差し出した。
「また、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
思っていた以上に深刻ではなさそうだ。
なんて思ったのも束の間、ふと繋がれた手に視線を落としてみると、お互いの手に爪が食い込むほどの力が加わっているように見えた。
前言撤回。きっと、思っている以上に事態は深刻だ。
いずれ二人の間に何があったのかは、自分の口から聞いてみるとしよう。
「飲み物買ってくる。何かいるか?」
二人の空気を察してか、布施が財布を掲げながら言った。
お言葉に甘えて、と各々が飲み物を注文すると、布施は部屋を出て行った。
突き動かされるように、藍はその後を追う。
「布施さん!」
光量が少ない廊下を歩くその背中を呼んだ。
「一人じゃ持てないでしょ。手伝う」
自販機にお金を入れて、注文された飲み物のボタンをひとつずつ押していく。藍はその隣で、布施の横顔をちらりと見やった。
――俺と藍ちゃんの、これからに関わる大事な話。
帳場が立った日の夜、布施に言われたその言葉を思い出して頬が熱くなった。
「ねえ、布施さん」
「ん?」
顔は自販機に向けたまま、布施は藍の言葉に耳を傾けた。
「全部終わったら、話したいことがあるって言ったでしょ」
あぁ、と布施が思い出したような仕草を見せる。
「それって……その、いま聞かせてもらえるの?」
たどたどしく訊く藍に、布施は困ったように微笑んだ。
「ごめん。まだ言えない」
「そんなに焦らさなくったって――」
「終わってない」
静かで、低い声だった。
「まだ、事件は終わってないだろ」
布施の言うとおり、まだ後藤田晋也は見つかっていないし、特捜本部が解散となったわけではない。
でも、この事件にいつ幕が下りるのかもわからない。
だとしたら、いつまで待てばいいのだろう。
「必ず言うから。だから、それまで待ってて」
布施の真剣な眼差しに、藍は黙って頷くことしかできなかった。
食い下がることもできたが、いまはまだそのときではない。
警視庁捜査一課第九係布施班は、今日から新たな形となった。
休む間もなく、新たな事件が舞い込んでくるだろう。
こうしている間にもどこかで悲劇は生まれ、暗闇を彷徨っている人々がいる。警察官はその暗闇に光を灯し、手を差し伸べるのが使命だ。
――この話は、しばらくお預けか。
いまは二人の未来の話など、暢気にしている場合ではない。
遺された者たちを、未来へとつなぐために。
彼らが人生の岐路で正しい道を選べるように。
千木良藍は、そのために警察官になったのだから。
〈第一部 完〉
つい一週間前、感動的な別れをしたばかりの相手が、なぜここに――。
今回の事件の捜査で、誰よりも藍のことをそばで支えてきたのはこの男だった。
きっとまた会えると確信していたが、まさか再会がこんなに早いとは思わなかった。これでは感動も薄れてしまう。本当は、同じ場所で働けるということに喜びを見せたいところだったが、藍の口から出てきたのは「どうしてここに」という疑問の言葉だった。
困ったように微笑む篠田に代わり、布施が答える。
「今回の捜査で、菱沼管理官からのお墨付きを得た。シノさん、返り咲きですね」
「おそらく、ここが私の刑事畑の締めくくりとなるでしょう。まさか、最後を捜一で迎えるとは思っても見ませんでしたが」
「シノさんには、千木良と組んでもらいます」
布施の声に、藍と篠田の視線がどちらからともなく交わる。
なんだか照れ臭くなって、藍は人差し指で鼻下に触れた。
「えぇ、またですかぁ?」
その反応に、篠田は口元に小さな笑みを浮かべた。
「身を尽くします」
「尽くされても困ります」
なぜこの人は、こんなにも無条件に支え続けてくれるのだろうか。前世か何かで、篠田に恩を売っていたのかもしれない。
「またあなたと一緒になるとは……」
横から、内海が入ってくる。
げ、と藍はあることを思い出した。
そういえば、この二人の相性は極めて悪い。
いや、内海からの一方的な敵対心のようにも思えるが、あまり感情を露呈しない内海がここまで嫌悪感をむき出しにしているのには、それ相応の理由があるはずだ。
嫌な予感を抱く藍をよそに、意外にも内海は篠田に手を差し出した。
「また、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
思っていた以上に深刻ではなさそうだ。
なんて思ったのも束の間、ふと繋がれた手に視線を落としてみると、お互いの手に爪が食い込むほどの力が加わっているように見えた。
前言撤回。きっと、思っている以上に事態は深刻だ。
いずれ二人の間に何があったのかは、自分の口から聞いてみるとしよう。
「飲み物買ってくる。何かいるか?」
二人の空気を察してか、布施が財布を掲げながら言った。
お言葉に甘えて、と各々が飲み物を注文すると、布施は部屋を出て行った。
突き動かされるように、藍はその後を追う。
「布施さん!」
光量が少ない廊下を歩くその背中を呼んだ。
「一人じゃ持てないでしょ。手伝う」
自販機にお金を入れて、注文された飲み物のボタンをひとつずつ押していく。藍はその隣で、布施の横顔をちらりと見やった。
――俺と藍ちゃんの、これからに関わる大事な話。
帳場が立った日の夜、布施に言われたその言葉を思い出して頬が熱くなった。
「ねえ、布施さん」
「ん?」
顔は自販機に向けたまま、布施は藍の言葉に耳を傾けた。
「全部終わったら、話したいことがあるって言ったでしょ」
あぁ、と布施が思い出したような仕草を見せる。
「それって……その、いま聞かせてもらえるの?」
たどたどしく訊く藍に、布施は困ったように微笑んだ。
「ごめん。まだ言えない」
「そんなに焦らさなくったって――」
「終わってない」
静かで、低い声だった。
「まだ、事件は終わってないだろ」
布施の言うとおり、まだ後藤田晋也は見つかっていないし、特捜本部が解散となったわけではない。
でも、この事件にいつ幕が下りるのかもわからない。
だとしたら、いつまで待てばいいのだろう。
「必ず言うから。だから、それまで待ってて」
布施の真剣な眼差しに、藍は黙って頷くことしかできなかった。
食い下がることもできたが、いまはまだそのときではない。
警視庁捜査一課第九係布施班は、今日から新たな形となった。
休む間もなく、新たな事件が舞い込んでくるだろう。
こうしている間にもどこかで悲劇は生まれ、暗闇を彷徨っている人々がいる。警察官はその暗闇に光を灯し、手を差し伸べるのが使命だ。
――この話は、しばらくお預けか。
いまは二人の未来の話など、暢気にしている場合ではない。
遺された者たちを、未来へとつなぐために。
彼らが人生の岐路で正しい道を選べるように。
千木良藍は、そのために警察官になったのだから。
〈第一部 完〉


