クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

 一週間後、実和子と岳郎の口内から検出された第三者の血液と、白峯村の後藤田宅にある備中鍬から採取された血痕のDNAが一致した。よって、新宿区百人町都営アパート夫婦殺人事件は容疑者を後藤田晋也とし、全国指名手配をかけた。また、麻植小百合は殺人教唆罪で再逮捕されることなった。

 しかし、本庁の大部屋に戻った藍には解せないことがひとつ。

「なんで、全国指名手配?」

 藍は、特捜本部に入っていた間に手つかずだったデスクワークそっちのけで、何か考え事をするように虚空を眺めていた。

「手動かせ、手」

 その様子を横目に、内海がツッコむ。

「いやだって、気になりません? 小百合は晋也の殺害を自白してるから、中井夫妻殺害については、後藤田晋也の被疑者死亡で送検されるのがセオリーですよね?」

 眉間に皺を寄せてそう問い掛けると、内海はキーボードを叩く手を止める。

 藍の言うとおり、後藤田晋也による中井夫妻の殺害を裏付ける証拠は出てきており、かつ麻植小百合が後藤田晋也殺害を明言しているため、普通なら夫妻殺害については被疑者死亡で書類送検、不起訴処分(刑事裁判を起こさないこと)となるのだが――。

「事情が事情だ。ヤツの遺体が出てきていない以上は、生きてると判断して捜査を続ける。それに、お偉い方の面子もあるだろ。新年一発目の殺人事件を、被疑者死亡であれ不起訴処分にしてはい終わりなんて、できるわけがない」

「でも、確実に死んでたと、麻植小百合はそう供述してるんですよ?」

「じゃあ聞くが、死んだ遺体がどうやって歩く?」

 そのことについては、皆目見当もついていない。

 小百合の自供では、後藤田晋也に中井夫妻を殺害させたあと、自らも後藤田晋也の首を絞め殺害したと話している。そして、その遺体は処理せずにそのまま放置した――はずだった。だからこそ、ニュースで中井夫妻の事件を観たときには、放置したはずの後藤田晋也の遺体が見つかっていないことに恐怖を覚えたという。

「たんなる失神を、死亡と誤認したんだろう。それに、小百合と晋也では体格差もある。素手で男を殺せる女なんて、そうはいない」

「じゃあ、後藤田晋也はいまどこに……?」

「さあな。あとは、残ったやつらに任せるしかない」言いながら、内海は自分の書類作成に戻る。「気持ちはわかるが、そろそろ切り替えろ」

 はいはい、とわかっていなさそうな返事をしながら、藍もパソコンに向き直る。

 ふと、布施のデスクが視界に入った。
 ちらりと、腕時計を見る。

 新宿署に報告を上げてから帰庁すると言っていたので、午後には戻るはずだが――。

 と、大部屋の扉が開かれた。

 そこには、ボストンバッグを片手に提げた布施が立っていた。

「ただいま戻りました」

「布施主任!」

 思わず、藍は腰を浮かせた。

「お疲れ。お手柄だったな」

「さすが布施主任」

 デスクに荷物を置く布施に、内海と日向が立て続けに声を掛ける。

 内海の言うとおり、小百合からの自白が引き出せたのは、徳島で証拠を掴んできた布施の功績と言える。彼の働きがなければ、白峯村と鳴門署の癒着も、友思が村に売られかけていたこともうやむやになっていただろう。

「何言ってるんですか、俺の手柄じゃありませんよ」

 布施の視線が、藍に向けられる。

 突然向けられた視線に、胸が高鳴った。

「千木良のおかげだ。ありがとうな」

「……いや、わたしは何も」

「内海さんと日向も、千木良を支えてくれたからこそです。これはまちがいなく、俺ら布施班四人――いや、五人の手柄だ」

 ――ん? 五人?

 布施の言葉の意図が読めず、藍たち三人は顔を見合わせる。

「みんなに紹介したい人がいる。今日から、布施班に加わる仲間だ」

 入ってきてください、という声で、ふたたび大部屋の扉が開かれた。

 そこに立っていたのは――。

「シノさん⁉」