クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

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「おい、どうなってんだこれ」

 マジックミラー越しに取り調べを見ていた柳内は、思わず声を上げた。

 最初に聞いていた話と、まったく違う。

 麻植小百合を重要参考人として取り調べをしたいと言ってみたかと思えば、実際に取り調べが始まると容疑者は後藤田晋也だと言い始め、いまは友思を守るために後藤田晋也の罪を麻植小百合が被ろうとしているときた。

 頭がこんがらがり、事件の着地点がまるで見えない。

 柳内は焦燥の矛先を、隣に立つ内海と日向に向けた。

「お前らなんも聞いてないのか」

「聞いてないっスね」と、日向。

「ったくあいつ……また勝手なことしやがって」

 そこへ、捜査員が入室してきた。

「柳内係長、県警からデータが送られてきてます」

 タブレットを差し出され、柳内がそれを受け取る。つい先ほど、別の捜査員から北鳴門署に監察官が入ったことが報告された。同じタイミングで、取調室にいる藍にも連絡が入っていた。

 そして、白峯村駐在所のキャビネットから、新たに人身売買に関わる重要なファイルが見つかったこと――その中に、中井友思の名前があったことも報告に上がっていた。

 タブレットには、そのファイルの中身がデータ化されたものが映し出されていた。

 内海と日向も、柳内の両脇から画面を覗き込む。

 そこには友思の顔写真とともに、名前、生年月日、身長、体重、既往歴、両親の名前が記載されており【A】というスタンプが押されている。

 それだけ見ればそのアルファベットが何を示しているかは見当もつかなかったが、このファイル名が【外注児童・血統分類別名簿】とあることから、健康状態や家系を考慮した上での評価ということが推測できた。

「そういうことか……」内海がぽつりと呟く。「麻植小百合は友思が村に売られることをどこかのタイミングで知った。それを阻止するために、今回の計画を遂行した」

「ちょっと待て」柳内が止める。「売るって、誰がそんなこと……」

「中井夫妻以外に、考えられません」

 柳内は絶句した。

 自分の子を売るなど、明らかに常軌を逸している。

「実和子さんは、村を出た同志たちに金を無心するほど困窮していました。それはおそらく、岳郎さんの収入が激減したことが原因でしょう。桶田工務店に聴取に行った際も、腕の良い職人を解雇しなければならないほど経営が傾いていたと証言を得ています。しかし岳郎さんは、家計にまで影響を及ぼしていることなどは知らなかったし、その収入が不倫に使われているとまで誤解した。でも、実和子さんのことは追及せずに口座からお金だけを引き落とし、暗に『気づいてるぞ』と伝えたかった。しかしそれが、今回の悲劇を生んでしまったんです」

 柳内の眉間に、皺が寄る。

「小百合は、実和子が金に困っていることを晋也に伝えたんじゃないでしょうか。晋也自身、すでに失踪宣告を受けており死んだことになってますから、実和子を直接助けることはできない。無念さを味合わせるための愚行に過ぎなかったが、小百合の予想に反して、晋也は実和子に会いに行った。そこで晋也は、実和子に友思を村に売るように助言したとしたら――」

「そんなこと、あり得るか?」

「あり得るでしょう。まったく知らない土地だったらまだしも、村は実和子さんにとって故郷です。幸枝さんだっている。売ったところで、完全に自分の視界からいなくなるわけではないと考えたら、ハードルはかなり下がります。喫茶店の防犯カメラ映像のときは、その話をしていたのではないでしょうか。実和子さんが泣いていたのも、いくら安心材料が多いと言えど、息子を売るという決断をしてしまった自分を責めていたからだと思います」

「そんなの、ただの憶測に過ぎないだろ。それに、だからといって、小百合が殺人の罪を被ってまで友思を守ろうとする理由はなんだ?」

「……それは、彼女の口から聞きましょう」

 そう言い、内海は取調室へと視線を戻した。