クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

 藍の問いに、小百合は意外にもすんなりと首を縦に振った。

 その表情は、どこか安堵しているようにも見える。

「会うたよ」

「いつ、どこで?」

「大学四年のとき。うちが働いとった店に来たんよ」

 十年前。

 内海たちの報告によれば、川原健二から戸籍を買ったと思われる時期と重なる。新しい人生を手に入れ、村に置いてきた妻や娘のことを忘れて遊び呆けたかったのかもしれない。

「いやぁ、あのときの晋也さんの顔、ごっついおもろかったなぁ。うちが下手なこと話さんようにか、異常にシャンパン入れてくれたし」

 小百合は、そう言ってケタケタと笑った。

「では、十年前からあなたと後藤田晋也は繋がっていた、ということですか?」

「繋がってた、ってほどでもないでよ。大学卒業と同時に店は辞めたし、そこからは会うとらんかった。やけんど、風の噂で晋也さんが失踪宣告されたことを知って、強請(ゆす)ってやろうと思うたんよ。そしたら、頼むけん誰にも言わんでくれって、土下座してきた。やけんど、そんなんで許すわけないよね?」

 それまで楽し気に話していた小百合の瞳に、陰が掛かった。

「半成式の日、うちがやめってって泣き叫んでも、あの人はやめてくれんかった。ほなけん――、」

 そこまで言って、小百合は言葉を途切れさせた。

 言うのを躊躇っているわけではなさそうだ。

 まるで、回答を待っているかのような目で藍の様子を窺っている。

「中井夫妻の殺害を手伝わせた?」

 藍の答えに、わずかではあるが小百合の瞳が揺れた。

「あなたは、後藤田晋也に殺されたも同然。だから、晋也の一番大切なものを奪い、さらにその手伝いをさせることで復讐をしようとした。そういうことでしょ?」

「……すごい。正解」

 小百合は目を見開くと、ぱちぱちと手を叩いた。

「刑事さんの言うとおり、うちがあの二人を殺した。ニュースには出とらんかったけど、二人の口の中に諭吉詰められとったやろ? あれやったんも、うち。お金貸してくれってお願いされとったけん、殺すんなら欲しかったもんで殺したろうと思って……ふふっ、うちってこう見えて慈悲の心はあるんよ」

「初めて聴取をしたときは、お二人のことを殺してないと、そう言ってましたね」

「嘘に決まっとるやん。殺人犯が『はいわたしがやりました』って言うわけないやろ」

「たしかに、それもそうですね」

 小百合に合わせるように、藍も微笑んだ。

 束の間の沈黙が流れる。
 しばらく無言のまま見つめ合っていた二人だが、小百合のほうから先に目を逸らした。

「それで、うちはこれからどうなるの? 送検されて、起訴されて、晴れて犯罪者ってとこ?」

「そうですね」

「ほんなら、早うそうして」

「うーん、それは無理かと」

 小百合の発言に、藍は首を捻った。

 後ろでキーボードを打っていた音も、ぴたりと止まる。背中に、篠田の困惑が伝わってくる。

 それもそうだ。
 藍は、自身が辿り着いた真相を、篠田に伝えてなかった。

 何か計算があってのことではなく、ただたんに説明する手間を省きたかったからだ。

 小百合も小百合で、藍の言葉に固まっていた。

 構わず、藍は続ける。

「無理っていうのは、中井夫妻の殺人容疑での送検が難しいということです」

「……なんで? うちが殺したんよ?」

「いえ、あなたはお二人のことは殺していません」

 小百合が、息を呑んだ。

 藍は、ちらりとマジックミラーのほうを見た。何も見えないが、いまごろ柳内あたりが騒いでいるのだろう。どういうことだ、と。

 皆の困惑具合を想像すると思わず吹いてしまいそうだったが、藍はそっと視線を小百合に戻した。

「間違っていたら、すぐ言ってください」

「……何?」

「あなたが殺したのは――後藤田晋也、ですよね?」

 小百合が、目をみはった。

 その反応は、藍の言葉を肯定しているも同然だった。

 やっぱり、と呟いた藍に、やっと現実に引き戻されたのか小百合がふるふると首を振る。

「ちがう。知らん。そんなの何も知らん」

 テーブルを叩いて立ち上がった小百合に、藍は特に動じることもなく見上げるような視線を向けた。

「何を根拠にそんなこと言うとるん⁉」

 喚く小百合に、藍は淡々と返す。

「初めて聴取をしたとき、あなたはお二人を殺してないと言いました。あなたはそれを嘘だと言いましたが、わたしには嘘に見えなかった。でも、あなたは報道されてないはずの遺体状況を口にしました。お二人が殺されたその日、あなたが殺害現場にいたことは決定的な事実です」

「そうでよ。ほなけん、うちが──」

「中井夫妻を殺したのは、先ほどから言っている通り後藤田晋也です。あなたは、その殺害現場を目の前で見ていた」

「なんで、そのこと……」

 小百合は、腰が抜けたように椅子に座った。

「おかしいなぁ、と思ったんです。憎くて憎くて堪らない後藤田晋也を、なぜあなたが庇っているのか。足が悪いから殺害できないなんて否定せず、すべてを後藤田晋也に擦りつけてしまえば自分が逮捕されることはない。それなのに、あなたは憎い男の罪を被ってまで、自分が殺したと言い切った」

「それは、本当にうちが殺したからで――」

「だったら、その罪を容疑が向けられている後藤田晋也に擦りつけてしまえばよかったのでは、と言ってるんです。わたしだったら、そうします。復讐で捕まるのなんて、あなたに得はないじゃないですか」

 藍の言うことがもっともだと思ったのか、小百合も反論する気配はない。大人しく、目の前の刑事の言葉に耳を傾けている。

「人が他人の罪を被るとき、それは何かしら守りたい対象があるときです。でもそれは、後藤田晋也ではない。殺された二人でもない。では、あなたはいったい誰を守りたかったのか。そして、わたしたちに救ってほしいのはあなた自身ではなく、その人だったのでは?」

 藍が、俯く小百合の顔を覗き込む。

「その人は、実和子さんと岳郎さんの息子――友思くん、ですよね」