*
麻植小百合と顔を合わせるのは、五日ぶりのことだった。
最後、もう来ないように言われていたため、第一関門のオートロックで門前払いを食らうだろうと推測していた。
しかし小百合は、意外にも藍と篠田を快く部屋に入れた。
三連休の中日ということもあってか、小百合は一人で晩酌を始めようとしていたところだった。ダイニングテーブルには豪勢な食事が並べられており、まるで藍と篠田が訪ねてくるのを待っていたかと疑うほどの量だ。
「もしよかったら、刑事さんたちもどう?」
白いフリルのエプロンを外しながら、小百合がこちらに笑顔を向けてくる。
五日前の彼女とは、まるで人が違う。
「お気持ちはありがたいですが、職務中で――」
「いいんですか」
遠慮する篠田の言葉を遮り、藍は目を輝かせた。
何も、美味そうな食事たちに惹かれたわけではない。
ここからの聴取を、滞りなく円滑に進めるためのパフォーマンスだ。
「ええよ。作りすぎてしもうて、どうせ一人では食べれんけん」
「では、お言葉に甘えて」
「安心して」戸惑う篠田に、小百合は雅やかな笑みを向ける。「変なものは入っとらんよ」
ノリノリで席に着く藍に続いて、篠田も小百合の様子を窺いながら腰を下ろした。
ローストビーフ、トマトのマリネ、ミネストローネ、ガーリックバケット。そして、グラスに注がれるシャンパン。美しいペルルに、藍も篠田も目を奪われる。きっと、安くはない代物だ。帰りの運転がある篠田には、ノンアルコールのドリンクが注がれた。
一人の参考人と、二人の刑事。
異質な空間の中で、シャンパングラスが触れ合う音が響いた。
小百合お手製のディナーは、舌鼓を打ちたくなるほど絶品だった。
「お料理、上手なんですね」
「そうは見えんやろ?」
「正直、ウーバー生活かと」
「ふふっ。ほんま、正直な刑事さんなんやね」
皮肉とも取れる小百合の言葉に、藍は苦く笑った。
一見、相性が良さそうにも見える二人の会話に耳を傾けながら、篠田は手元のフォークをぎこちなく動かしている。
あくまで、相手は参考人。
それに、前回の聴取では少々諍いがあったにも関わらず、目の前の小百合は歯牙にもかけない様子だ。
痺れを切らした篠田は、両手に持っていたカトラリーを音を立てずに皿の上に置いた。
「あれ、お口に合わんかった?」
「いえ、とても美味しいです。ただ、少し気になることがあって……食事中で申し訳ないのですが、話しながらでもよろしいでしょうか?」
「ええよ」
「なぜ、家に上げてくれたのですか? 以前の訪問で、麻植さんにはかなり失礼を働いてしまったという自覚があります」
小百合は、テーブル越しに篠田をじっと見つめた。
感情の読み取れない眼差しを向けている。しかし、しばらくして破顔した。
「うち、めっちゃ気分屋なんよ。ほなけん、特に理由とかはないでよ。偶然機嫌が良うて、ご飯も作りすぎてしもうて、そこに刑事さんたちが来たけん上げただけ」
そんな偶然があり得るのかと不思議に思ったものの、小百合が嘘をついているようには見えない。
「私たちは麻植さんに確認したいことがあって、今日やってきました。ご馳走だけしてもらって、なんの収穫も無しに署へ戻ることはできません」
そう言い切った篠田に、小百合はシャンパンのグラスをくるくると回しながら、静かに微笑んだ。
「そらそうやろうね。うちも、そこら辺はわかっとるよ」
どことなく、悲しみの色が浮かんで見える。
小百合はシャンパングラスの中身を空にすると、居住まいを正した。
「……で、何が聞きたいん?」
覚悟を決めたようなその声音に、藍と篠田は視線を交わす。
藍は小さく頷くと、まずは川原健二として写っている後藤田晋也の顔写真を差し出した。
ここからが本題だ。
「この男は、ご存知ですか」
しかし、小百合は意外にも顔色ひとつ変えずに頷いた。
「あぁ……晋也さんやろ、実和子のお父さんの」
「谷美空さんから、白峯村で行われる半成式のことを聞きました」言いながら、次は美空から借りた例の集合写真を出す。「あなたの指南役が、後藤田晋也さんだったことも」
「なんや、もうそんなとこまでわかっとるんや。日本の警察は侮れんね」
沈黙が訪れた。
動揺を見せなかった小百合の表情に、わずかではあるが影が差した。
――お願い。話して。
藍は心の中で念じた。
もし、自分が小百合と同じ立場だったら――。
自分が受けた卑劣な行為を、臆することなく語れるだろうか。
それに、もう二十年以上も前の話だ。いまさら話したところで、とも思っているかもしれない。
「わたしは、あなたの口から聞きたいんです。あの村で、何が起きていたのかを」
「……何もないでよ」
「そんなことないでしょ。わたしには、あなたが白峯村のことを恨み、蔑んでいるように見えました」
「辺鄙な村やったけん、あんな場所に住んどったころの自分は好きやな――」
「逃げるの?」
小百合の言葉を、藍の鋭い言葉が遮った。
麻植小百合と顔を合わせるのは、五日ぶりのことだった。
最後、もう来ないように言われていたため、第一関門のオートロックで門前払いを食らうだろうと推測していた。
しかし小百合は、意外にも藍と篠田を快く部屋に入れた。
三連休の中日ということもあってか、小百合は一人で晩酌を始めようとしていたところだった。ダイニングテーブルには豪勢な食事が並べられており、まるで藍と篠田が訪ねてくるのを待っていたかと疑うほどの量だ。
「もしよかったら、刑事さんたちもどう?」
白いフリルのエプロンを外しながら、小百合がこちらに笑顔を向けてくる。
五日前の彼女とは、まるで人が違う。
「お気持ちはありがたいですが、職務中で――」
「いいんですか」
遠慮する篠田の言葉を遮り、藍は目を輝かせた。
何も、美味そうな食事たちに惹かれたわけではない。
ここからの聴取を、滞りなく円滑に進めるためのパフォーマンスだ。
「ええよ。作りすぎてしもうて、どうせ一人では食べれんけん」
「では、お言葉に甘えて」
「安心して」戸惑う篠田に、小百合は雅やかな笑みを向ける。「変なものは入っとらんよ」
ノリノリで席に着く藍に続いて、篠田も小百合の様子を窺いながら腰を下ろした。
ローストビーフ、トマトのマリネ、ミネストローネ、ガーリックバケット。そして、グラスに注がれるシャンパン。美しいペルルに、藍も篠田も目を奪われる。きっと、安くはない代物だ。帰りの運転がある篠田には、ノンアルコールのドリンクが注がれた。
一人の参考人と、二人の刑事。
異質な空間の中で、シャンパングラスが触れ合う音が響いた。
小百合お手製のディナーは、舌鼓を打ちたくなるほど絶品だった。
「お料理、上手なんですね」
「そうは見えんやろ?」
「正直、ウーバー生活かと」
「ふふっ。ほんま、正直な刑事さんなんやね」
皮肉とも取れる小百合の言葉に、藍は苦く笑った。
一見、相性が良さそうにも見える二人の会話に耳を傾けながら、篠田は手元のフォークをぎこちなく動かしている。
あくまで、相手は参考人。
それに、前回の聴取では少々諍いがあったにも関わらず、目の前の小百合は歯牙にもかけない様子だ。
痺れを切らした篠田は、両手に持っていたカトラリーを音を立てずに皿の上に置いた。
「あれ、お口に合わんかった?」
「いえ、とても美味しいです。ただ、少し気になることがあって……食事中で申し訳ないのですが、話しながらでもよろしいでしょうか?」
「ええよ」
「なぜ、家に上げてくれたのですか? 以前の訪問で、麻植さんにはかなり失礼を働いてしまったという自覚があります」
小百合は、テーブル越しに篠田をじっと見つめた。
感情の読み取れない眼差しを向けている。しかし、しばらくして破顔した。
「うち、めっちゃ気分屋なんよ。ほなけん、特に理由とかはないでよ。偶然機嫌が良うて、ご飯も作りすぎてしもうて、そこに刑事さんたちが来たけん上げただけ」
そんな偶然があり得るのかと不思議に思ったものの、小百合が嘘をついているようには見えない。
「私たちは麻植さんに確認したいことがあって、今日やってきました。ご馳走だけしてもらって、なんの収穫も無しに署へ戻ることはできません」
そう言い切った篠田に、小百合はシャンパンのグラスをくるくると回しながら、静かに微笑んだ。
「そらそうやろうね。うちも、そこら辺はわかっとるよ」
どことなく、悲しみの色が浮かんで見える。
小百合はシャンパングラスの中身を空にすると、居住まいを正した。
「……で、何が聞きたいん?」
覚悟を決めたようなその声音に、藍と篠田は視線を交わす。
藍は小さく頷くと、まずは川原健二として写っている後藤田晋也の顔写真を差し出した。
ここからが本題だ。
「この男は、ご存知ですか」
しかし、小百合は意外にも顔色ひとつ変えずに頷いた。
「あぁ……晋也さんやろ、実和子のお父さんの」
「谷美空さんから、白峯村で行われる半成式のことを聞きました」言いながら、次は美空から借りた例の集合写真を出す。「あなたの指南役が、後藤田晋也さんだったことも」
「なんや、もうそんなとこまでわかっとるんや。日本の警察は侮れんね」
沈黙が訪れた。
動揺を見せなかった小百合の表情に、わずかではあるが影が差した。
――お願い。話して。
藍は心の中で念じた。
もし、自分が小百合と同じ立場だったら――。
自分が受けた卑劣な行為を、臆することなく語れるだろうか。
それに、もう二十年以上も前の話だ。いまさら話したところで、とも思っているかもしれない。
「わたしは、あなたの口から聞きたいんです。あの村で、何が起きていたのかを」
「……何もないでよ」
「そんなことないでしょ。わたしには、あなたが白峯村のことを恨み、蔑んでいるように見えました」
「辺鄙な村やったけん、あんな場所に住んどったころの自分は好きやな――」
「逃げるの?」
小百合の言葉を、藍の鋭い言葉が遮った。


