事件の全容が見えてきたわけではない。
ただ、これでパズルのピースはすべて揃った。
あとはそれを、形に合わせて置いていくのみだ。
すぐさま柳内に報告しようとしたところで、日向のコートポケットの中から聞き覚えのある軽快な電子音が鳴った。
相手は藍だ。
人通りの少ない路地裏に入り、スピーカー通話にする。
「もしもし」
「千木良、内海だ」
「内海さん? お疲れ様です」
「何か進展があったか」
「はい」
電話越しに、すうっと息を吸う音が聞こえた。
「偽物の川原健二の身元がわかりました」
「奇遇だな。実は俺も見当がついている」
「えっ、そうなんスか⁉」日向が横で騒ぎ立てる。
「さっすが内海さん、長年捜一にいただけありますね」
「で、誰だった。答え合わせがしたい」
緊張を孕んだ沈黙が、電話越しに流れる。
「――後藤田晋也。殺された実和子の、実の父親です」
「……マジか」
「やっぱりそうだったか」
後藤田晋也は十四年前に突如姿を消し、七年前に幸枝の手によって失踪宣告がなされている。もし本人が生きていた場合、家庭裁判所にその取り消しを申し立てることもできるが、川原健二、もとい後藤田晋也はそれをしなかった。
おそらく、十四年前の失踪は晋也による意図的なものだ。そこに、幸枝や実和子が関わっていたのかどうかはわからない。
どちらにせよ、晋也は後藤田晋也としての人生を手放さなければならないほど、一筋縄ではいかない状況に追い込まれていたのだろう。
「わたしたちはこれから、白峯村の半成式で晋也から指南を受けていたという麻植小百合の聴取に向かいます」
「了解」
「それで、内海さんたちには二つほどお願いがあるんですけど」
「なんだ」
「一つ目。布施主任に、コバタミノルという男に聴取をするよう伝えてください。小さいに本八幡の『幡』、のぎへんに念じるで『稔』――小幡稔です。後藤田家の近所に住んでいて、半成式で谷美空の指南役をしていた男性です。後藤田晋也の失踪について、村の因習について、きっとすべてを話してくれます」
藍の断定的な言い方に、内海は首を傾げた。
「根拠は?」
「内海さん、お子さんいましたっけ?」
「いない」
「じゃあ、想像で構いません。内海さんに、何にも変え難いと思えるほどの愛娘がいるとします。そんな愛娘が、のんだくれる異性の大人と一日中個室に閉じ込められたとしたら、何を危惧しますか?」
内海は、わかりやすく眉を顰めた。
愛娘どころか愛妻すらいないが、想像するだけでも反吐が出る。
その密室ともいえる周囲の目がない中で、冷静な判断力を失った男が、思春期の少女を前に何をするか。人間には理性というものがあるが、それを持ち合わせていない者は、悲しいことに少なくはない。たとえ持ち合わせていたとしても、突然タガが外れてしまう者だっている。人生の半分を警察官として過ごしてきた内海は、そんな人間をいままで山ほど見てきた。
「……麻植小百合が、指南役だった後藤田晋也に暴行を受けた可能性がある。……いや、何も麻植小百合に限ったことではない、ってことか」
「ええ。しかし谷美空は、小幡稔からは何もされてないと話しています。小幡は二年前に妻に先立たれましたが、四十になるまでは妻と二人三脚で妊活に励んでいた。谷美空たちの半成式は二十年以上前ですから、まだ小幡が三十代のころです。子宝を求めていた小幡は、少女に手出しをすることについて強い嫌悪感を持っていたはず」
藍の説明に、内海は納得が言ったように何度か頷いた。
「口を割る可能性は高いな」
「ちょっと待てよ」日向が横から入る。「なんか状況よくわかんねぇけど、それが中井夫妻殺しとなんか関係があんのか?」
電話越しに、藍の呆れたようなため息が漏れてくる。
「ある可能性が極めて高い、としかいまは言えない」
納得のいっていなさそうな日向をよそに、内海は続きを促す。
「二つ目は?」
「いますぐ、後藤田幸枝と中井友思に会いに行ってほしいんです。そこで、確認してほしいことが二点ほど――」
電話越しからの藍の依頼を、日向が隣でメモをした。
一点目、後藤田晋也の足はいつから悪かったのか。
そして、二点目――。
一点目の確認の意図は、なんとなくわかる。しかし、二点目についてはあまり必要性が感じられなかった。
そんな内海の心の裡を読み取ったのか、藍は「ちゃんとお願いします」と念を押す。
「この二点の結果によっては、事件解決への拍車がかかります」
その言葉を最後に、終話した。
内海は、唖然とする部下を鼓舞するように背中を叩くと、路地裏を抜けた。
ただ、これでパズルのピースはすべて揃った。
あとはそれを、形に合わせて置いていくのみだ。
すぐさま柳内に報告しようとしたところで、日向のコートポケットの中から聞き覚えのある軽快な電子音が鳴った。
相手は藍だ。
人通りの少ない路地裏に入り、スピーカー通話にする。
「もしもし」
「千木良、内海だ」
「内海さん? お疲れ様です」
「何か進展があったか」
「はい」
電話越しに、すうっと息を吸う音が聞こえた。
「偽物の川原健二の身元がわかりました」
「奇遇だな。実は俺も見当がついている」
「えっ、そうなんスか⁉」日向が横で騒ぎ立てる。
「さっすが内海さん、長年捜一にいただけありますね」
「で、誰だった。答え合わせがしたい」
緊張を孕んだ沈黙が、電話越しに流れる。
「――後藤田晋也。殺された実和子の、実の父親です」
「……マジか」
「やっぱりそうだったか」
後藤田晋也は十四年前に突如姿を消し、七年前に幸枝の手によって失踪宣告がなされている。もし本人が生きていた場合、家庭裁判所にその取り消しを申し立てることもできるが、川原健二、もとい後藤田晋也はそれをしなかった。
おそらく、十四年前の失踪は晋也による意図的なものだ。そこに、幸枝や実和子が関わっていたのかどうかはわからない。
どちらにせよ、晋也は後藤田晋也としての人生を手放さなければならないほど、一筋縄ではいかない状況に追い込まれていたのだろう。
「わたしたちはこれから、白峯村の半成式で晋也から指南を受けていたという麻植小百合の聴取に向かいます」
「了解」
「それで、内海さんたちには二つほどお願いがあるんですけど」
「なんだ」
「一つ目。布施主任に、コバタミノルという男に聴取をするよう伝えてください。小さいに本八幡の『幡』、のぎへんに念じるで『稔』――小幡稔です。後藤田家の近所に住んでいて、半成式で谷美空の指南役をしていた男性です。後藤田晋也の失踪について、村の因習について、きっとすべてを話してくれます」
藍の断定的な言い方に、内海は首を傾げた。
「根拠は?」
「内海さん、お子さんいましたっけ?」
「いない」
「じゃあ、想像で構いません。内海さんに、何にも変え難いと思えるほどの愛娘がいるとします。そんな愛娘が、のんだくれる異性の大人と一日中個室に閉じ込められたとしたら、何を危惧しますか?」
内海は、わかりやすく眉を顰めた。
愛娘どころか愛妻すらいないが、想像するだけでも反吐が出る。
その密室ともいえる周囲の目がない中で、冷静な判断力を失った男が、思春期の少女を前に何をするか。人間には理性というものがあるが、それを持ち合わせていない者は、悲しいことに少なくはない。たとえ持ち合わせていたとしても、突然タガが外れてしまう者だっている。人生の半分を警察官として過ごしてきた内海は、そんな人間をいままで山ほど見てきた。
「……麻植小百合が、指南役だった後藤田晋也に暴行を受けた可能性がある。……いや、何も麻植小百合に限ったことではない、ってことか」
「ええ。しかし谷美空は、小幡稔からは何もされてないと話しています。小幡は二年前に妻に先立たれましたが、四十になるまでは妻と二人三脚で妊活に励んでいた。谷美空たちの半成式は二十年以上前ですから、まだ小幡が三十代のころです。子宝を求めていた小幡は、少女に手出しをすることについて強い嫌悪感を持っていたはず」
藍の説明に、内海は納得が言ったように何度か頷いた。
「口を割る可能性は高いな」
「ちょっと待てよ」日向が横から入る。「なんか状況よくわかんねぇけど、それが中井夫妻殺しとなんか関係があんのか?」
電話越しに、藍の呆れたようなため息が漏れてくる。
「ある可能性が極めて高い、としかいまは言えない」
納得のいっていなさそうな日向をよそに、内海は続きを促す。
「二つ目は?」
「いますぐ、後藤田幸枝と中井友思に会いに行ってほしいんです。そこで、確認してほしいことが二点ほど――」
電話越しからの藍の依頼を、日向が隣でメモをした。
一点目、後藤田晋也の足はいつから悪かったのか。
そして、二点目――。
一点目の確認の意図は、なんとなくわかる。しかし、二点目についてはあまり必要性が感じられなかった。
そんな内海の心の裡を読み取ったのか、藍は「ちゃんとお願いします」と念を押す。
「この二点の結果によっては、事件解決への拍車がかかります」
その言葉を最後に、終話した。
内海は、唖然とする部下を鼓舞するように背中を叩くと、路地裏を抜けた。


