クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

 新宿には、いまだホームレスが多い。

 一九九〇年代には、新宿ダンボール村というホームレスコミュニティが存在したほどだ。一九九八年に発生した不審火による火災をきっかけに、そのコミュニティは解散となったが、いまでもダンボールを敷いた路上生活者は散見される。

 新宿署から川原健二の捜査に出た日向と内海が片っ端から聴取をしているのは、そういった路上生活者の中でも年嵩の者たちだった。

 どこにそんなお金があるのかはわからないが、昼間から缶チューハイで乾杯している集団の中の一人に、川原健二という名を知る男がいた。

 新宿大ガード下、鼻が曲がりそうな異臭に堪えきれなくなった日向に代わり、内海はときたま息を止めながら、その男に二人の川原健二の顔写真を提示した。

「あぁ、こっちだこっち! 健ちゃんのこったろぉ?」

 男が反応を見せたのは、本物と思われる川原健二の写真だった。

 歯垢(しこう)を飛ばすほどの興奮から見て、相当濃い間柄であったことが窺える。

 いますぐにでもこの場から立ち去りたいほどの激臭を堪え、内海は続ける。

「この人が、川原健二。間違いありませんか?」

「間違いねぇ。十年前くらいに急に居なくなっちまったけど、それまでは同じ釜の飯を食う仲だった」

「あなたと川原さんは、いつから一緒にいたんですか?」

「んーいつだったかなぁ……あっ、たしか震災のあとだったな。ほら、東日本の」

 ということは、十五年前。
 ちょうど、川原が実家を出た時期と重なる。

 そうなると、実家を出てすぐに路上生活者になっていたということになる。

 焦って実家を出たはいいものの、社会に適合できなかったのだろう。

 続いて、十年前に川原の実家に届いたというはがきを見せてみる。

「このはがきは、川原さんが書いたもので間違いないですか?」

「んぁ?」目を細めながら、男がはがきを受け取る。「……うーん。申し訳ねぇけど、筆跡まではわかんねぇなぁ」

「……そうですよね」

 当たり前だ。

 路上で生活していて、文字を書くということは滅多にないだろう。

「あっ。でも、ここの写真の場所ならわかる。すぐそこのビル群だな」

 男は、はがきに印刷された写真を見て、JR新宿駅の新南口の方角を指した。

「お詳しいんですね」

「二十年もここに棲みついてりゃ、地図も何も必要ねぇさ」

 どんな経緯で、現在の生活に至ったのか。

 気になるところではあったが、それを聞いてしまえばその分長くこの場に拘束されることになる。

 十五年前から、川原健二はここにいた。

 そして、はがきの消印も新宿駅最寄りの郵便局名が入っている。

 間違いなく、川原健二は十年前までこの地で生活していたのだ。

 そして、どこかのタイミングで偽物の川原健二に戸籍を売った。

 そこまでわかれば、あとはただ一つ。

「この男が誰かは、ご存知ないですか」

 内海は男が下にして持っていた偽物の川原健二の写真を引っこ抜くと、もう一度その顔写真を眼前に突きつける。

 しかし、男は唸るだけで、それ以上の情報を聞き出すことは出来なかった。

「最悪っスよ。においが鼻に染み付きました」

 大ガード下から出てもなお、日向は心底不快そうな顔で内海の隣を歩いた。

 ぶつぶつと文句を言う部下の隣で、内海はただじっと偽物の川原健二の顔を見つめる。

 十年前。

 おそらく、十年前にこの二人は出会った。

 本物の川原健二が戸籍を売ったと仮定して、では偽物の川原健二はなぜ他人の戸籍が必要だったのか。

「何日風呂に入ってなかったら、あんな悪臭を放てるんスかね。……って、内海さん聞いてます?」

 反社会的勢力の人間か、前科者か――。

 あとは、なんだ。
 どういった人間が、戸籍を欲する?

「あんなやつら、死んでるも同然でしょ」

 ふと、内海の歩みが止まった。

「日向、」

「はい?」

「お前、いまなんて言った」

「え? ……あぁ、どうしたらあんな悪臭放てるのかって――」

「そのあとだ」

「……死んでるも同然」

「それだ」

 内海は、日向の目の前で人差し指を立てた。