外に出て駐車場に向かうと、小刻みに前進後退を繰り返す不審なシルバーのクラウンが目に留まった。紛れもなく、今日自分たちが乗ってきた警察車両だった。
運転席側の車窓から、やや強張った藍の顔が見えた。
コンコン、とノックして、ようやく篠田の存在に気づいた藍が窓を開ける。
「遅い」
「若生巡査からP検の裏話を聞きましたよ」
「……余計なことを」
「むしろ聞けてよかったです。事故を未然に防げました」
「そんなに信用ないですか」
「安全が最優先です。さあ、替わってください」
「はいはい」
藍は不服そうにしながらも、どこかほっとしたような表情で運転席から降り、助手席側へと回った。
篠田は、そのまま運転席に座った。
小柄な藍仕様にセッティングされた座席を、自分の体躯に合わせながら問いただす。
「突然、実和子さんの鑑取りに戻るなんて、どういう風の吹き回しですか」
「どんな風も吹いてないです。今日も聴取を拒否されたら、係長の指示なんか無視してすぐさま鑑取りに戻るつもりでした」
「私の目には、何か閃いたように見えましたが」
「それは……」
探るような視線を、ひしひしと感じる。
歪ではあるものの、藍の中には完成間近のパズルが浮かんでいる。しかし、その中には絵柄のないピースが紛れており、無理矢理はめ込んでいる状況だ。中途半端なものを、披露するわけにもいかない。
「そんなに、頼りないでしょうか」
ふいに、いつもより低い深く沈んだ声が車内を支配した。
それが篠田から発せられた声だと認識するのに、少々時間を要した。おもむろに顔を上げた藍を、篠田は愁いを帯びた顔で見つめている。
「あなたの考えていることがわからなければ、私はあなたを守ることができない」
「……守ってほしいとは思っていません」
「あなたが思っていなくても、周りの人間はそう思っているはずです。布施主任にしろ、内海巡査部長にしろ、若生巡査にしろ――あなたのことを大切に思っている人間は、あなたが思う以上に多いんですよ」
篠田の言葉に、藍は耳を疑った。
どこに行っても、一癖も二癖もある性格から人は寄り付かなかった。いま自分の周りにいる人間たちも、職務上で仕方なくであったり、多少の情けから離れないでいてくれているものだと思っていた。
「誰かに守ってやりたいと思われるほど、わたしは大層な人間じゃないですよ」
「大層な人間ではないから、ですよ。だから、周りの人間はみんなあなたに構うんです。放っておけないんです」
「……ディスってます?」
「そんなつもりは毛頭はありません。ただ、あなたはもっと自覚すべきです。自分がいかに未熟な人間であるかを」
「この前は、立派な警察官って言ってくれたのに……」
ああ言えばこう言うといった調子で言葉を返してくる藍に、それでも篠田は生真面目に言葉を繋ぐ。
「私は、あなたを見ているとときどき怖くなります。突拍子もない行動に出て、もし何かあったときには……そう考えると、一瞬たりとも目を離すことができません」
「ちょっと、大袈裟じゃないですか」
「大袈裟じゃありません」
きっぱり言い切った篠田の顔は、いつになく険しい。
その顔は、記憶にないはずの父親を彷彿させる。自分にも父親がいたら、このように叱られることは少なくなかったはずだ。
少々感情が入ってしまったことに反省したのか、篠田は軽く咳払いをすると居住まいを正した。
「……さあ、話してください。あなたの頭にはいま何が見えていて、どこに向かおうとしているのか」
なぜこんなにも必死になっているのか篠田の心の裡をすべて推し量ることは出来なかったが、せめて彼の思いには応えたいと思った。そんなことを思ったのは、恩人である布施以外では初めてだった。
「わかりました、話します。ただ、その前に一件だけ電話を掛けさせてください」
「向かう場所は?」
藍はスマホを操作しながら、篠田に告げる。
「葛西です。谷美空に会いにいきます」
運転席側の車窓から、やや強張った藍の顔が見えた。
コンコン、とノックして、ようやく篠田の存在に気づいた藍が窓を開ける。
「遅い」
「若生巡査からP検の裏話を聞きましたよ」
「……余計なことを」
「むしろ聞けてよかったです。事故を未然に防げました」
「そんなに信用ないですか」
「安全が最優先です。さあ、替わってください」
「はいはい」
藍は不服そうにしながらも、どこかほっとしたような表情で運転席から降り、助手席側へと回った。
篠田は、そのまま運転席に座った。
小柄な藍仕様にセッティングされた座席を、自分の体躯に合わせながら問いただす。
「突然、実和子さんの鑑取りに戻るなんて、どういう風の吹き回しですか」
「どんな風も吹いてないです。今日も聴取を拒否されたら、係長の指示なんか無視してすぐさま鑑取りに戻るつもりでした」
「私の目には、何か閃いたように見えましたが」
「それは……」
探るような視線を、ひしひしと感じる。
歪ではあるものの、藍の中には完成間近のパズルが浮かんでいる。しかし、その中には絵柄のないピースが紛れており、無理矢理はめ込んでいる状況だ。中途半端なものを、披露するわけにもいかない。
「そんなに、頼りないでしょうか」
ふいに、いつもより低い深く沈んだ声が車内を支配した。
それが篠田から発せられた声だと認識するのに、少々時間を要した。おもむろに顔を上げた藍を、篠田は愁いを帯びた顔で見つめている。
「あなたの考えていることがわからなければ、私はあなたを守ることができない」
「……守ってほしいとは思っていません」
「あなたが思っていなくても、周りの人間はそう思っているはずです。布施主任にしろ、内海巡査部長にしろ、若生巡査にしろ――あなたのことを大切に思っている人間は、あなたが思う以上に多いんですよ」
篠田の言葉に、藍は耳を疑った。
どこに行っても、一癖も二癖もある性格から人は寄り付かなかった。いま自分の周りにいる人間たちも、職務上で仕方なくであったり、多少の情けから離れないでいてくれているものだと思っていた。
「誰かに守ってやりたいと思われるほど、わたしは大層な人間じゃないですよ」
「大層な人間ではないから、ですよ。だから、周りの人間はみんなあなたに構うんです。放っておけないんです」
「……ディスってます?」
「そんなつもりは毛頭はありません。ただ、あなたはもっと自覚すべきです。自分がいかに未熟な人間であるかを」
「この前は、立派な警察官って言ってくれたのに……」
ああ言えばこう言うといった調子で言葉を返してくる藍に、それでも篠田は生真面目に言葉を繋ぐ。
「私は、あなたを見ているとときどき怖くなります。突拍子もない行動に出て、もし何かあったときには……そう考えると、一瞬たりとも目を離すことができません」
「ちょっと、大袈裟じゃないですか」
「大袈裟じゃありません」
きっぱり言い切った篠田の顔は、いつになく険しい。
その顔は、記憶にないはずの父親を彷彿させる。自分にも父親がいたら、このように叱られることは少なくなかったはずだ。
少々感情が入ってしまったことに反省したのか、篠田は軽く咳払いをすると居住まいを正した。
「……さあ、話してください。あなたの頭にはいま何が見えていて、どこに向かおうとしているのか」
なぜこんなにも必死になっているのか篠田の心の裡をすべて推し量ることは出来なかったが、せめて彼の思いには応えたいと思った。そんなことを思ったのは、恩人である布施以外では初めてだった。
「わかりました、話します。ただ、その前に一件だけ電話を掛けさせてください」
「向かう場所は?」
藍はスマホを操作しながら、篠田に告げる。
「葛西です。谷美空に会いにいきます」


