クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

 六分割になっているモニター画面を、店長、警備保障会社スタッフ、そして藍たち四人で囲む。

 何度か遷移したモニター画面には、やがて店内の映像が映し出された。

 リアルタイムのものではない。

 日時は、二〇二五年十月二十八日、午前十時五十五分。岳郎の財布の中から見つかったレシートに記載されていた日時だ。

 これに関して、藍は奇跡だと思った。

 防犯カメラの保存期間は、契約者によって変わる。録画期間が長ければ長いほど月額は高くなっていくので数週間から一か月が相場だと言えるのだが、この店はなんと一年間プランを採用していた。治安状況がおおむね良好と言われる中野にしては珍しい。さすが、チェーン店。かなりの太っ腹だ。

 しかし、レジカウンターを映し出す映像に、実和子らしき姿は見当たらない。レジは二箇所開いているようだが、どちらも注文しているのは男性のようだ。背広を着た三十代ほどの男性と、足を引きずった中年男性。岳郎の姿はない。

 ではなぜ、岳郎がこの時間帯のレシートを持っていたのだろうか。そこらへんに落ちていたものを拾ったということはまずありえないので、やはり実和子の財布から抜き取ったものなのだろう。

 しかし一向に姿を見せない実和子に、不発に終わったかと姿勢を直そうとしたところで、日向が「あっ」と声を上げた。骨ばった人差し指がさしたのは、来店するなり客席へと歩いてゆく女性の姿だった。

 巻き戻して、その箇所で停止する。

 横顔がはっきりと見えた。

 ――間違いない。
 中井実和子だ。

 内海と頷き合い、さらに映像を進めるように要求する。

 何も注文せずに実和子が向かった席には、レシートに記載されていた時間にレジで注文をしていた男だった。背広ではなく、足を引きずっていた方だ。

 実和子は席につくなり、テーブルの上に置いてあった紙切れに手を伸ばした。おそらくそれが、岳郎の財布の中から見つかったというレシートなのだろう。表情まではよく見えないが、実和子はそのレシートを見るなり財布の中から小銭を出し、その男に差し出した。少なくとも、二人の間から桃色の空気は感じ取れない。どちらかというと、破局寸前の青く冷めたものを感じる。

 別れ話だろうか。
 当たり前だが映像に音声はなく、二人の会話は憶測の範疇(はんちゅう)を出ない。

 少し早送りをしてもらい二十分が経過したころ、映像からでも確認できる異変が起きた。

 実和子が、肩を震わせながら顔を覆い尽くしたのだ。

「泣いてる……?」

 周囲の席に座っている客たちの注意が二人に集まるところを見ても、やはり泣いているようだ。

 しばらくして、男が先に立ち上がった。実和子はまだ顔を覆っていたが、少しずつ正気を取り戻したのか、五分後には店を出ていった。

 岳郎の同僚から得た証言と映像から見て、愛人に別れを告げられたように見えなくもない、が――。

 後日、該当箇所の映像をコピーで貰えるよう手筈を整え、藍たちは店を後にした。

「あの男、本当に実和子さんの不倫相手?」

「横田さんが聞いた岳郎さんの話では、そうなってる」

 藍の呟きに、前を歩いていた内海が答える。

「でも、そんな関係には見えませんでしたけど」

「終わりかけの男と女なんてあんなもんだ」

 だとしても、はたしてあの男が今回の事件の犯人なのだろうか。

 恨みを持って殺害に走ったとするならば、それはきっと実和子だ。映像で見る限り、別れを告げられたのは実和子のほうだ。

 藍の頭の中にひとつの仮説が浮かび上がる。

 実和子はあの男とどこかしらで出会い、惹かれ合い、夫を持つ一児の母でありながらも女になった。男の懐具合はよく、デート費用はすべて彼が持っており、実和子もそれに甘んじていた。しかしそんな関係性は長くは続かず、男のほうから別れを切り出す。その際に、いままでの交際費と贈与品の一切を返済するよう迫られ、やむを得ず家庭の口座から工面してしまう。結果的に生活が困窮し、同郷の人間を頼らざるを得なくなり、その原因を夫の岳郎になすりつけた。もしこの男との金銭的な関係が二年以上前からあったとしたら、中井夫妻が徳島に帰郷しなくなった理由にもなる。

 そこまで考えたところで、藍はそれらをすべて取っ払うように頭を振った。

 ――いくら何でも、こじつけが過ぎる。

 懐具合のいい男が自ら別れを切り出した女に対し、金銭の返済を要求するだろうか。もしそれが事実だったとしても、二年間という時間を要するほどの返済金額だったのだろうか。実和子の素朴な雰囲気からして、それほど高価なものを買い与えられていた感じもない。そもそも、実和子とあの男が実際に不倫関係にあったのかどうかすら定かではない。

 これまでの聴取で白峯村のことについても情報を得ているが、そのせいか頭の中が散らかっている。すべての情報を無理につなぎ合わせ、綺麗にまとめようとしている自分がいる。

 藍の眉間には、自然と皺が寄っていた。