クロスロード -警視庁捜査一課・千木良藍-

 指定された喫茶店は、中野駅前にあるカフェチェーン店だった。

 近くのコインパーキングに車を停め約束の店の前に向かうと、そこには内海と日向が立っていた。

 藍は日向を視認すると、体をぴたりと止める。日向は藍の視線から逃げるように顔を逸らすと、店のミラーガラスを見ながら身だしなみを整え始めた。

 所轄刑事と行動をしているはずの二人がなぜ一緒にいるのか不思議に思ったが、昨日の今日、そして今朝のむず痒い仲直りごっこが脳裏を過り、藍は視線を内海に移した。ここは何も触れないのが賢明だ。

「お待たせしました」

「急に呼び出して悪いな。そっちの情報がまったく耳に入ってこないもんで、直接確認してもらうのがいいと思ったんだ」

 内海の細い目が、隣の篠田へと移る。

 いつも不機嫌なのかと思われがちな細く小さい目から、今日は明らかに不快な色が窺えた。

「……篠田警部補、ご無沙汰してます」

 ぽつりと、低く重い声が落ちた。

 篠田は淡々と会釈で返す。

 藍の目には、二人の間に溝があるように見えた。その溝には橋がなければ渡れないほどの距離と、一歩足を踏み外せば這い上がることのできないほどの深さを感じる。

 空気を変えるように、藍が内海に切り込む。

「不倫、どうしてわかったんですか」

「岳郎さんの同僚、営業の横田(よこた)さんの証言だ。昨年の秋ごろから、岳郎さんから相談を受けていたらしい」

 どうやら、妻が不倫しているようだ――と。

「現場を目撃したんですか? それとも、怪しげなレシートが出てきたとか」

「どっちもだ。去年の十月、取引先との付き合いで中野に出かけていた岳郎さんは、店で見知らぬ男と密会している実和子さんを目撃したそうだ。それで、急いで鑑識班に連絡を入れたらビンゴだった。岳郎さんの雑然とした財布の中から、この店のレシートが見つかった」

「え、岳郎さんの財布から、ですか」

「不倫を疑って、証拠集めに勤しんでたんだろう。もともと血の気の多い男だったみたいだが、ここ最近は落ち着いていたらしいからな」

 なるほど、実和子と見知らぬ男の密会を目撃していたという情報、岳郎の財布から出てきたその情報と同時期の中野にある店のレシートが揃えば、岳郎が実和子の不倫を疑っていたことは想像がつく。

 しかし。

「なんでわたしを呼んだんです?」

「防カメのチェックを一緒にしてもらいたいんだ。実和子さんが会っていたという男が、そっちの捜査で得た何かと繋がるはず」

「残念ですけど、男関連の情報は何も得られてませんよ。むしろ、何かにずぶずぶハマっていたのは岳郎さんのほうだと思いますけどね」

「どういうことだ」

 藍は、谷美空から得た情報を内海にそのまま伝えた。岳郎が、無断で口座から金を引き落としていたことだ。

 その話を聞くと、内海は低く唸った。

「……ないな」

「えっ」

「岳郎さんが、ギャンブルや女にハマっていた可能性はない。怪しい名刺やレシートは出てきてないし、同僚からもそんな話は一切出てこなかった」

「怪しまれないように、捨てたんじゃないですか」

「たしかに、普通ならその可能性もありえる」

 意外にもあっさり折れ、ずっこけそうになったが「ただ」と内海は人差し指を立てて続けた。

「岳郎の場合はない。ありえない」

「どうしてですか」

 内海は、立てていた人差し指をそのまま自分のこめかみに押し当てた。

「俺の勘がそう言ってる」

 無論とでも言いたげな表情に一瞬拍子抜けしたが、そういえばこれこそが内海の捜査スタイルだったな、と思い返す。

 三十代で本庁の刑事部に異動してからナンバー課だけを往来しているのは、上層部お墨付きの洞察力があるからだ。アラフィフに差し掛かっても管理職に就かないのは、内海の現場主義もあるだろうが上層部の嘱望(しょくぼう)もあってのことだろう。

 ぜひとも内海の推理を頂戴したいところだったが、気づいたときには先ほどの重苦しい空気に戻っていた。当事者である内海もその空気に耐え切れなくなったのか、「行きましょう」と早々に店内へと足を踏み入れた。

 大手チェーンということもあってか、防犯カメラの確認には少々手こずった。店内の防犯カメラ映像はスタッフルームにてリアルタイムで確認できるものの、録画映像についてはセキュリティサービスを委託している警備保障会社スタッフの立ち合いが必須となった。お昼時になって忙しなく動き回る従業員たちを横目に、藍たちは邪魔にならない場所に身を寄せて待機することにした。寒空の下で待つことは、とてもじゃないが無理だった。

 その間に篠田は店の軒先で、麻植小百合と谷美空の聴取について柳内に報告をした。藍が柳内に電話を掛けようとしたところを、篠田がひったくるような形だった。強引さこそなかったが、藍は言われるがまま篠田に託した。何やら確執がありそうな内海と一緒にいさせるのは、さすがの藍でも酷だと思ったのだ。

 スタッフの到着までは三十分ほどかかるということだったが、先に着いていた内海たちが要請済みだったため待ち時間は十五分ほどだった。機械警備の制服を身に纏った体躯のいい中年男性が【STAFF ONLY】と書かれた扉から姿を現した。裏口から入ってきたようで、藍たちを警察官と認めると共に二階にあるスタッフルームへと上がった。