「内海さん、何でいるんスか」
「そっちこそ、何でいるんだよ」
日向と内海は、板橋区一丁目にある株式会社桶田工務店の軒先に立っていた。
一見、ただの民家に見える外装だが、外壁に取り付けられた錆びれた看板が、かろうじてそこが会社であることを示していた。
実和子の旦那で、もう一人の被害者でもある中井岳郎の職場だ。
捜査員は、原則として二人一組で捜査を行う。基本的には所轄と一課の刑事でペアを組むし、日向も内海も今朝はよく知らない所轄刑事と署を出てきたはずだった。
「どっちのミスだ」
「いや、絶対俺らじゃないっス。昨日、柳内係長から指示もらいましたから」
日向は手帳を開くと、それをひらひらさせて内海に見せた。
桶田工務店の住所と電話番号、社長である桶田克昌の名前が、日向特有の筆圧の濃い字で書かれている。一本一本に力がこもった線からは、今回の事件にかける熱が窺えた。
誰にも負けたくない、このホシは俺が捕まえてやる――そんな意思が漏れ出ている。
「内海さんのほうは? 昨日の報告のあと、今日の指示もらいましたよね」
「あぁ……今日の指示については、西が聞いてるはずだ」
「はず――?」
「無駄に後輩力が高いんだ」
昨日、内海は若手刑事の那由多と岳郎の交友関係を当たっていた。被害者の地元が埼玉ということもあり聴取対象者が埼玉県内に点在していたのだが、お互い慣れてない土地とUターンラッシュに巻き込まれたということもあり、帰庁は二十二時を過ぎた。那由多も疲れているはずだったが、報告を終えるなり「俺聞いとくんで、内海さんは先休んじゃってください!」とグッドサインを送ってきた。その言葉に甘えて、内海は先に仮眠室に足を運んだのだが――。
「いや、戦犯そいつじゃないっスか、絶対に」
「いま確認取ってるから、少し待とう」
内海が淡々と答えると、日向は肩をすくめてため息をついた。
裏の駐車場で、那由多と、日向が組んでいる折原大智巡査部長が柳内に確認を取っているところだ。
「そういえば、ずっと気になってたことがある。聞いてもいいか?」
不意に、内海が切り出す。
「……なんスか」
「千木良のことだ。お前、あいつのこと好きなんだろう?」
日向の眉が、ぴくりと動く。そして、誤魔化すように鼻の横を人差し指で掻いた。何か隠し事をしているときの、日向の癖だ。
「図星か」
「いや、そんなんじゃないっスよ」
「見ていればわかる。お前の千木良に対する態度は、男児が好きな女の子にちょっかいをかけるときのそれに似てる」
「ちょっかいって……俺は本当に、あいつが気に入らないだけっスよ」日向は目を逸らしながら、語気を強める。「誰のコネだか知りませんけど、あいつだけ特別待遇っつーか」
文句を垂れる日向の横顔を見て、内海は「なるほど」と呟いた。
「愛憎相半ばってやつか」
「いや、だからそんなんじゃ――」
「まぁまぁ。嫌われたくなきゃ、意地悪もほどほどにな」
妙に大人しくなった日向の態度を肯定と見て、内海は小さく微笑んだ。すると、日向は「俺からも聞いていいっスか」と、何やら遠慮がちに切り出した。
「布施主任と千木良って、どんな関係なんスか? この前、廊下で親しげに話してるところを見たって言ってるヤツがいて。たしか内海さん、布施主任とはだいぶ長いんですよね?」
「あぁ……まあな」
「何か知りません?」
内海は、言葉を探すように黙り込んだ。
曇天の下、ひゅう、と冷たい風が吹き、コートの襟元に顔を埋める。
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみたらどうだ」
しばらく考えたのち、内海はそう返した。自分の口から話していい内容ではないと判断したからだ。日向も、その意図を汲み取ったのか、それ以上掘り下げることはなく、黙って引き下がった。
そのとき、裏手から那由多の声が響いた。
重くひんやりとした空気を裂くような、溌剌とした声だった。
「内海さーん! やっぱり合ってたみたいですー!」
その横には、やれやれといった様子の折原もいる。年齢は内海の四個下の四十二歳らしいが、もう少し若く見える。
「柳内係長の伝達ミスだそうです。どっちにも同じ指示を出してしまったとか……正月ボケですかね」と、折原。
「ボケる暇もなかったと思いますけどね……なんかすみません」
内海は、軽く頭を下げた。
「捜査範囲広げるらしくて、岳郎さんが関わった現場の取引先についても聞き出せって言われました。そこからは手分けして取引先を当たってくれ、と」
「で、社長の聴取はどっちが請け負うんだよ」
那由多に対し、日向が高圧的な態度を取る。少々怯みながらも、那由多は小さい声で続けた。
「好きなようにしてくれ、と……」
「なんだそれ」と、日向が鼻で笑う。
「片方が請け負うにしても、もう片方は手持ち部沙汰になりますからね」
「そしたら、内海さんと日向さんで社長の聴取をしていただけますか。我々所轄は、周辺の聞き込みに回りますので」
判断をしかねていた内海に、折原が提案する。
捜査一課の面子を潰さないようにと配慮をしたのかもしれないが、所轄同士で動いたほうが何かと都合がいいという事情もあるのだろう。日向との相性が悪いという可能性もある。
内海は三人の顔を見渡しながらそんなことを考えていたが、やがて折原の案が一番の最善策であると納得し、小さく頷いた。
「では、そうしましょう。ただ、ペアの入れ替えについては他言無用でお願いしますよ」
もちろんです、と頷くと、折原は那由多とともに去っていった。
「そっちこそ、何でいるんだよ」
日向と内海は、板橋区一丁目にある株式会社桶田工務店の軒先に立っていた。
一見、ただの民家に見える外装だが、外壁に取り付けられた錆びれた看板が、かろうじてそこが会社であることを示していた。
実和子の旦那で、もう一人の被害者でもある中井岳郎の職場だ。
捜査員は、原則として二人一組で捜査を行う。基本的には所轄と一課の刑事でペアを組むし、日向も内海も今朝はよく知らない所轄刑事と署を出てきたはずだった。
「どっちのミスだ」
「いや、絶対俺らじゃないっス。昨日、柳内係長から指示もらいましたから」
日向は手帳を開くと、それをひらひらさせて内海に見せた。
桶田工務店の住所と電話番号、社長である桶田克昌の名前が、日向特有の筆圧の濃い字で書かれている。一本一本に力がこもった線からは、今回の事件にかける熱が窺えた。
誰にも負けたくない、このホシは俺が捕まえてやる――そんな意思が漏れ出ている。
「内海さんのほうは? 昨日の報告のあと、今日の指示もらいましたよね」
「あぁ……今日の指示については、西が聞いてるはずだ」
「はず――?」
「無駄に後輩力が高いんだ」
昨日、内海は若手刑事の那由多と岳郎の交友関係を当たっていた。被害者の地元が埼玉ということもあり聴取対象者が埼玉県内に点在していたのだが、お互い慣れてない土地とUターンラッシュに巻き込まれたということもあり、帰庁は二十二時を過ぎた。那由多も疲れているはずだったが、報告を終えるなり「俺聞いとくんで、内海さんは先休んじゃってください!」とグッドサインを送ってきた。その言葉に甘えて、内海は先に仮眠室に足を運んだのだが――。
「いや、戦犯そいつじゃないっスか、絶対に」
「いま確認取ってるから、少し待とう」
内海が淡々と答えると、日向は肩をすくめてため息をついた。
裏の駐車場で、那由多と、日向が組んでいる折原大智巡査部長が柳内に確認を取っているところだ。
「そういえば、ずっと気になってたことがある。聞いてもいいか?」
不意に、内海が切り出す。
「……なんスか」
「千木良のことだ。お前、あいつのこと好きなんだろう?」
日向の眉が、ぴくりと動く。そして、誤魔化すように鼻の横を人差し指で掻いた。何か隠し事をしているときの、日向の癖だ。
「図星か」
「いや、そんなんじゃないっスよ」
「見ていればわかる。お前の千木良に対する態度は、男児が好きな女の子にちょっかいをかけるときのそれに似てる」
「ちょっかいって……俺は本当に、あいつが気に入らないだけっスよ」日向は目を逸らしながら、語気を強める。「誰のコネだか知りませんけど、あいつだけ特別待遇っつーか」
文句を垂れる日向の横顔を見て、内海は「なるほど」と呟いた。
「愛憎相半ばってやつか」
「いや、だからそんなんじゃ――」
「まぁまぁ。嫌われたくなきゃ、意地悪もほどほどにな」
妙に大人しくなった日向の態度を肯定と見て、内海は小さく微笑んだ。すると、日向は「俺からも聞いていいっスか」と、何やら遠慮がちに切り出した。
「布施主任と千木良って、どんな関係なんスか? この前、廊下で親しげに話してるところを見たって言ってるヤツがいて。たしか内海さん、布施主任とはだいぶ長いんですよね?」
「あぁ……まあな」
「何か知りません?」
内海は、言葉を探すように黙り込んだ。
曇天の下、ひゅう、と冷たい風が吹き、コートの襟元に顔を埋める。
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみたらどうだ」
しばらく考えたのち、内海はそう返した。自分の口から話していい内容ではないと判断したからだ。日向も、その意図を汲み取ったのか、それ以上掘り下げることはなく、黙って引き下がった。
そのとき、裏手から那由多の声が響いた。
重くひんやりとした空気を裂くような、溌剌とした声だった。
「内海さーん! やっぱり合ってたみたいですー!」
その横には、やれやれといった様子の折原もいる。年齢は内海の四個下の四十二歳らしいが、もう少し若く見える。
「柳内係長の伝達ミスだそうです。どっちにも同じ指示を出してしまったとか……正月ボケですかね」と、折原。
「ボケる暇もなかったと思いますけどね……なんかすみません」
内海は、軽く頭を下げた。
「捜査範囲広げるらしくて、岳郎さんが関わった現場の取引先についても聞き出せって言われました。そこからは手分けして取引先を当たってくれ、と」
「で、社長の聴取はどっちが請け負うんだよ」
那由多に対し、日向が高圧的な態度を取る。少々怯みながらも、那由多は小さい声で続けた。
「好きなようにしてくれ、と……」
「なんだそれ」と、日向が鼻で笑う。
「片方が請け負うにしても、もう片方は手持ち部沙汰になりますからね」
「そしたら、内海さんと日向さんで社長の聴取をしていただけますか。我々所轄は、周辺の聞き込みに回りますので」
判断をしかねていた内海に、折原が提案する。
捜査一課の面子を潰さないようにと配慮をしたのかもしれないが、所轄同士で動いたほうが何かと都合がいいという事情もあるのだろう。日向との相性が悪いという可能性もある。
内海は三人の顔を見渡しながらそんなことを考えていたが、やがて折原の案が一番の最善策であると納得し、小さく頷いた。
「では、そうしましょう。ただ、ペアの入れ替えについては他言無用でお願いしますよ」
もちろんです、と頷くと、折原は那由多とともに去っていった。


