東京ではおよそ四十八年ぶりと言われたホワイトクリスマスの日、純白の世界に、じんわりと赤黒いものが滲んだ。
下腹部に感じた重み、鼻口を覆われたときの息苦しさ、目の前でチラつく赤に染まった包丁、男の荒い息遣い。五感からひしひしと感じた恐怖は、いまでも忘れられない。
フローリングに押し倒されたわたしの横では、母がすでに息絶えていた。
いや、もしかしたらまだ脈はあったかもしれないが、母を囲む赤い湖のようなそれを見て、子どもながらに手遅れだと諦観した。そしてきっと、わたしも母のように殺されるのだと、その運命を受け入れていた。
しかし、いつまで経っても男がわたしを刺してくる気配はない。ただ、浅い呼吸を繰り返し、ぼそぼそと何かを呟いているだけだ。
よく見てみると、包丁を持つ手は震えていた。その刃先からは母のものと思われる赤い液体が垂れ、わたしの頬を濡らした。
じわりと、股が温かくなるのを感じる。鉄のにおいと、アンモニア臭が混ざり合い、鼻を衝いた。恐怖と羞恥に支配され、気がつけば、わたしは涙を流しながら意識を手放していた。
男の声も顔も、しっかり聞いたし、見た。
それなのに、思い出せない。
わたしの記憶の中の男の声はノイズが掛かり、顔は黒い靄で覆われていた。
――誰なの?
わたしから、母を、幸せを奪ったのは誰?
あれからずっと、探している。
声も顔も思い出せないあの男を、わたしは、ずっと――。
下腹部に感じた重み、鼻口を覆われたときの息苦しさ、目の前でチラつく赤に染まった包丁、男の荒い息遣い。五感からひしひしと感じた恐怖は、いまでも忘れられない。
フローリングに押し倒されたわたしの横では、母がすでに息絶えていた。
いや、もしかしたらまだ脈はあったかもしれないが、母を囲む赤い湖のようなそれを見て、子どもながらに手遅れだと諦観した。そしてきっと、わたしも母のように殺されるのだと、その運命を受け入れていた。
しかし、いつまで経っても男がわたしを刺してくる気配はない。ただ、浅い呼吸を繰り返し、ぼそぼそと何かを呟いているだけだ。
よく見てみると、包丁を持つ手は震えていた。その刃先からは母のものと思われる赤い液体が垂れ、わたしの頬を濡らした。
じわりと、股が温かくなるのを感じる。鉄のにおいと、アンモニア臭が混ざり合い、鼻を衝いた。恐怖と羞恥に支配され、気がつけば、わたしは涙を流しながら意識を手放していた。
男の声も顔も、しっかり聞いたし、見た。
それなのに、思い出せない。
わたしの記憶の中の男の声はノイズが掛かり、顔は黒い靄で覆われていた。
――誰なの?
わたしから、母を、幸せを奪ったのは誰?
あれからずっと、探している。
声も顔も思い出せないあの男を、わたしは、ずっと――。


