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 週明け学校へ行くと毎度ながら愁は机に突っ伏して寝ていた。近くまで行って「愁おはよ」と声をかける。

「おはよ……」

 今日の一限目はロングホームルームになっていて、修学旅行についての話題だろうし起きていた方がいい。うつらうつらとしている愁に苦笑混じりに時折り話を振りながら、教師が来るのを待った。

「遅くなったが、詳細を記載したしおりを配る。お前らの希望したテーマパークも行ける事になったから安心しろ。一日目は大阪、二日目は京都、三日目に帰るぞ。部屋は二人一組部屋。班は既に決めて貰った班、部屋割りになっているはずだ。これから各自確認して間違えている箇所があれば声をかけてくれ」
「やった‼︎」

 教師の言葉にクラス内から大歓声が上がる。二泊三日という短い期間だけど、個人的にも行きたかった所なので嬉しかった。



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 流れるように一ヶ月経ち、とうとう修学旅行当日になった。
 午前中に高速バスで大阪へ行く事になっている。初日は大阪のホテルで一泊して、二日目に京都へ移動、観光した後に京都のホテルで一泊して次の日に帰る予定らしい。

 修学旅行の目的としては探究型プログラム方式にのっとって、選んだ課題を材料に情報収集や情報の整理、または分析や結論をまとめる事だ。生徒自ら積極的に取り組むことで、必要とされる判断力や思考力を養う学習なのだと長々と説明を受けた。

 が、そんな教師たちの思惑や意図はそっち抜けに、全員が初日に行く大型テーマパークを存分に満喫する気満々だ。自分も同じく。愁とテーマパークに行くのが楽しみで仕方ない。

 ——どこから回ろう?

 それしか考えられなくて、バスの隣の席にいる愁に視線を向けた。

「愁は何が楽しみ?」
「光流と一緒なら何でも楽しい。何ならホテルだけでもいいよ」

 ギョッとした顔で周りから見られる。

「愁……そのセリフで確実にいま皆に誤解を与えたから言い方を改めてくれる?」
「くくっ、ふはっ、態とだよ」

 一人楽しそうにしている愁の頭を軽く小突く。

「ズラずれるからやめて」

 ——それもどうかと思う。

「ね、先に何からやる?」
「ゾンビに追いかけられたい」
「ハニポタじゃねえの?」
「ミルオンでしょ!」
「お前ら遊ぶのはいいけどちゃんと課題も出せよー!」
「「「はーい」」」

 上の空の返事だけがこだます。
 昨夜は愁と旅行に行くような気分だったので楽しみ過ぎて眠れなかった。おかげで寝不足だ。バスの中で眠ろうかなと思いつつも、せっかく愁と一緒なのだから起きていたい。どうしようか……究極の選択だ。

 頭を悩ませていると、愁がコチラをジッと見つめているのに気がついて「僕の顔になんかついてる?」と問いかける。

「ついてないよ。光流、オレの肩に頭乗せて?」
「ん? 僕が乗せればいいの?」
「そ、寝不足なのオレ。光流も寝よ? 光流の頭が肩にあるとオレ的にちょうど良い枕の高さになる」

 うぐっと言葉が喉につまった。

 ——ダメ。そんな姿勢で寝ると心臓がドキドキしまくって眠れそうにない……。ウッカリとそのまま昇天しそうだ。

 内心呟く。寝不足なのと推しからの供給が過多で頭が回らない。微動だにせずに体を硬直させてしまった。隣に座っている愁を見上げる。

 ——この角度から眺める推しも最高!

 すかさずスマホで撮る。

「こら、光流は大人しく寝て」

 愁にスマホを取り上げられてしまった。寝ると言う割にはあまり眠く無さそうな雰囲気なのが分かって首を傾げる。

 ——もしかして寝不足なのは僕の方だって気付かれてる?

 愁は素っ気ない態度を取る割には気遣い上手なところが多々あるので、そっちの可能性が高いかもと思えた。そのギャップ萌えでこっちの心音は宥められる事がない。

 ——何それ、可愛いにも程がある……っ。

 言葉にするとまた怒られそうだ。
 こんなにドキドキしてしまうのは推しから与えられる優しさが多すぎるからだよね? と自問自答していたが、だんだん分からなくなってきた。ただ、確かに言えるのは愁が好きだという気持ちだけだ。

 ——これってどういう意味の好きなんだろう。

 最近ずっと自分自身に問いかけているセリフだけど分からなくて頭がパンクしそうだ。思考回路と気持ちが噛み合わずに空回りしている。推しなのは変わらない。これからもそうなのだろうと思う。
 でも時折り、推しに対する想いを超えて愁を独占したいと思うようになっている気がした。

 ——推しだけじゃなくて、本気で恋愛対象として好きかもしれないと告げてもいいかな?

 今度は胸の奥が痛くなって、窓の外のどんどん移り変わっていく景色を眺めた。
 愁の良さを皆に知って欲しかっただけだったのに、今は独り占めしてしまいたいなんて今更言えない。もどかしい思いが喉の奥から出てきそうで必死で堰き止めた。

 推していたい。けど、長く付き合える友達関係のままでもいたい。それ以上に独占してしまいたい。
 随分とワガママな発想に自分自身に対して嘲笑する。考えを全て白紙にするように、今度こそ目を閉じた。

「おやすみ、光流」

 低すぎもせず高すぎもしない、ゆったりとした口調の耳触りのいい愁の言葉を最後に意識が途絶えた。




 途中休憩を交えながら移動して、高速バスは目的地に到着した。愁に揺さぶり起こされて目を擦る。

「光流、着いたよ」

 バスを降りてホテルの部屋に荷物を運び、また各々外に飛び出した。
 歩いて行ける距離にSNSや旅行記事でしか見た事なかったテーマパークが広がっている。寝起き早々テンションが上がった。

「楽しみだね! どこから行こうかな」
「順番に回る?」
「うん」

 歩きながら愁と話していると、前に愁と一緒に帰ろうと探しに来ていた山野が班から離れて一緒についてきた。

「いたいた。海堂くん、私も一緒に行ってもいい?」

 愁の左腕に手を絡ませようとしているのが視界に入り、思わず愁を引っ張ってかわしてしまった。空振りした手が行き場をなくして、山野に不服そうな顔で見つめられる。

「なに?」
「あ、ごめん。つい……」

 無意識に取ってしまった行動が自分でも理解出来なくて視線を彷徨わせた。

「私は一緒に行ったら迷惑だった?」
「そんな事……ないよ」
「なら良いじゃない」

 再び愁に腕を絡めた山野に「どこか行ってくれない?」と言わんばかりに見つめられる。どうしようか逡巡し、先に回ってるねと言おうとしたところで手を引かれる。

「海堂くん、私ね……」
「ねえ光流、あそこのショップ行かない? あのカチューシャ光流に似合いそう!」

 山野言葉尻りは愁の言葉でかき消された。

「僕、男だからカチューシャなんて似合わないよ」
「そう? 耳ついてて可愛いよ?」

 反対側の手を繋がれてやや強引にショップに連れて行かれる。山野が居るにも関わらずに、あれこれグッズを漁っては勝手に購入されていく。

 ——どうしてこうなったんだろう……。

 愁に何キャラなのかもはや分からないウサ耳つきのカチューシャをつけられ、首にも花っぽい妙なものをぶら下げられた。これでは一人だけハワイだ。日本なのに……。

「村上、えらい可愛い事になってるな。まあ、お前は少しハメを外すくらいがちょうど良い」

 通りがかった担任の教師に思いっきり笑われてしまった。

「私も何か欲しいな~」
「光流、喉乾かない? オレお腹すいちゃったからカフェ入らない?」

 また手を繋がれて引かれる。山野は視界にも入っていない様子で、こちらにばかり愁が話を振ってくるので流石に不憫になってきた。イラついているような空気が自分にまで伝わってくる。

「あの、さ……愁」
「どうしたの? 具合悪い?」

 少し焦った様子で近距離で顔を覗き込まれてしまい、片手で顔を覆う。

 ——これ、本当に気がついていないやつだ。困ったな……。

 愁が通常運転すぎてどうしようか迷った。

「ガチでウザ……! もういい。私班に戻る」

 山野が怒った様子で足早に去って行っていく。何だか申し訳ない思いと同時に少しホッとした。あんな風に愁に触れて欲しくなかったからだ。

「光流、もう一度ちゃんとミルオン見に行こう?」
「お腹すいてたんじゃないの? 何か食べなくて良かった?」
「気にしなくていいよ。後で食べ歩き出来そうなものでも買えばいいし。その前に飲み物だけ買おう?」

 また手を繋がれて来た道を戻っていく。たくさんの人から好意を寄せられる人を独り占めするという事は、その分周りを傷つけるのだという事を初めて知った。

 ショップとショップの間で愁が屈んだのと同時に目の前に影が落ちて、唇を啄まれる。キスされたの分かった時にもう一度重なった。

 ——何でキスされたの⁉︎

「さっきの凄い嬉しかった。襲っちゃってごめんね。我慢出来なかった」

 本当に嬉しそうにふんわりと微笑まれたので何も言えなくなってしまう。

 ——やっぱり愁はズルい。

 自分ばかりドキドキして舞い上がって愁の行動一つで気分を左右される。愁を独占してしまいたい気持ちが膨らんで、繋いでいる手に初めて自分から力を込めた。

「愁が……僕以外に触れられるの……嫌だ」

 呟くように言うと今度は頬に口付けが振ってくる。

「うん。オレも触れられるなら光流が良いよ」

 また微笑まれた。

「友達にこんな事言われて気持ち悪くない?」
「全然。てか、光流のその感情は本当に友達なのかもう一度よく考えてみて?」
「え?」

 やたら熱のこもった瞳にとらわれる。また降ってきた口付けを抗いもせずに受け入れていると誰かの大きな声が響いて我に返った。

「あーー! 海堂が村上襲ってる‼︎」

 生徒のみならずその場にいた人たちからも注目されてしまい慌てふためく。

「バラさないでよ」

 声を上げながら笑い飛ばした愁に腕を引かれて近くのショップへと足を運ぶ。また愁が色々購入してきたものを身につけさせられた。

 揚げ菓子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、ショップの隣に視線を向ける。そこではチュロスが販売されていた。

「良いのあったね。はい、これ光流の分。味違うから半分こしよ?」

 ——半分こって言い方が可愛い。

 先程から上機嫌な愁にチュロスを差し出されて受け取る。歩きながら齧り付き、途中で交換した。

 ——どうしよう。なんか僕いま幸せかもしれない。

 その後、二人で色々見て回って、アトラクションにも幾つか乗れた。楽しいひと時はあっという間に過ぎていき、ホテルに帰る時間になってしまった。

 また徒歩で移動して部屋の扉にカードキーを差し込んだ。ナイトテーブルを挟んだ左右にシングルベッドが置かれている簡素な部屋は、泊まる分には十分な広さがある。中に入るなり、ベッドに腰掛けた。これから夕食を食べに行くのですぐに移動しなければいけないというのに、愁は早速ベッドに転がっていた。

「足ギリギリ」
「愁には狭そうだね」

 シングルベッドはおおよその縦の長さが百九十五センチくらいだ。百九十センチ近い愁には、枕の位置次第で足がはみ出してしまうだろう。

「背が高くていいな。僕ももっと大きくなりたかった」
「光流は今のサイズが可愛くていい」
「揶揄わないでくれる?」
「褒めてるだけ」

 含み笑いで返される。他愛ない会話をしている間に夕食の時間になり、二人で階を移動して会場へと向かった。

 夕食はバイキング形式になっていて、好きなものを好きなだけ食べられる。大阪だけあってメニューにたこ焼きやお好み焼き、カレーや串カツ、豚まんもあってどれも美味しそうで目移りしてしまう。

「海堂、村上、席こっちこっち!」

 同じ班になった井口と高橋カップルと、山本と木村カップルはもう席に着いていて手を振られた。

「ありがとう。皆早かったね」
「お腹空いちゃって……」

 少し恥ずかしそうに木村が笑いながら言った。
 四人はもう食べる物を持って来ていたので、とりあえず食事用の水だけ置いて愁と二人でまた席を立った。

「何から食べようかな。やっぱりたこ焼きと豚まんは食べときたいよね」
「お好み焼きじゃないの?」
「それもありなんだけど、あのサイズだと色んな種類食べられなくなっちゃいそう」
「光流が残したらオレが食べるから大丈夫だよ」

 会話しつつお皿に食べる分だけよそっていく。料理を見るのに夢中で、こちらを睨みつけている山野に気がつくのが遅れてしまった。
 山野との間に黒髪の女子生徒が入り込んだ瞬間、パシャと水音がした。

 ——え? 何いまの?

 視線を向けると、黒髪の女子生徒から水が滴り落ちている。横顔を見てもかなりの美人だというのが分かった。

 ——この子、以前見かけた子だ。

 愁がうちに泊まりに来る事になって、コンビニに行くからと別れた時に見かけた女子生徒だと気がつく。

 どうやら山野にかけられそうになった水から身を挺して庇われたというのは分かったけれど、理由が分からなくて困惑してしまう。それでも助けられたのは事実だ。
 お礼を言おうと「ありがとう」と言いかけたが、言葉を被せるように口を開かれた。

「貴女のご家庭では他人に水をかけろという教育方針なのかしら?」

 淡々とした冷ややかな声が響く。「光流、水かからなかった?」と心配そうに愁に問われ「大丈夫だよ」と返す。相変わらず場の空気を読まない愁に冷や冷やさせられた。

 すぐ隣ではかなり剣呑な空気が漂っているというのに……。苦笑する。

「何よ、アンタが勝手に出て来たんじゃない!」
「愁に相手にされなかった腹いせなんて醜いわね」
「な……っ!」

 ——愁?

 騒つく会場の空気に耐えきれなかったのか、山野は酷く顔を歪めて自席へと戻っていった。

「何してるの、桜花」
「別に。愁には関係ないわ。ただ誰かさんがご執心の村上くんに少し興味が出ただけ……て言ったらどうするかしら?」

 どこかひりついた空気がまた流れた。

 ——え、何これ。何があったの?

「行こう、光流」

 一緒に来るように促される。愁は桜花と呼んだ子の質問には答えずに、席に戻っていった。その後を追いかけて一緒に席に着く。

「何か狙われてたみたいだけど大丈夫だった?」
「ああ、うん。平気だよ。でも庇ってくれた子に謝り損ねちゃった。愁の知り合い?」
「義理の妹。気にしなくていいよ」

 ——ああ、あの子がそうなんだ。

 思っていた通り妹とも仲が良くないというのは、愁の醸し出している空気で察する事が出来た。

「料理を取り終えたら食べ始めていいからなー?」

 そんな重い空気を切り裂いたのは、教師からの声掛けだった。内心感謝する。それぞれ手を合わせて「いただきます」と言葉に変えた。
 たこ焼きを口に頬張ると、外はカリっとしているのに中はトロトロだ。思わず愁を見上げた。

「愁、たこ焼き美味しいよ! これ食べてみて!」

 箸で持ち上げて愁の口元に寄せる。かぶり付いた愁の瞳も同じように蕩けた。

「うまっ!」
「ね? 次は豚まん食べよう! 半分あげる」
「ん。食べる。光流こっちの串カツも美味しいよ?」

 差し出され、かぶり付く。

「美味しい!」

 二人で盛り上がっているとこっちを見つめる視線の多さにやっと気がついた。

「何? どうかしたの?」
「お前らっていつもこうなの? 俺らカップルでさえ食べさせ合いは恥ずくてあまりやらねえよ?」

 山本の言葉に目を瞠る。

「そうだけど……友達は普通しないの?」
「しないしない。友達はしない」
「うん、しない」

 首や片手を振って班の四人それぞれに否定された。

「まさかこんなナチュラルにやられるとは思ってなかったわ。俺らの間に入り込むのを嫌がる奴らの気持ちが少し分かったっていうか……新体験だった。逆に気付きをありがとうって言いたいわ」
「だね。分かっちゃった」

 苦笑混じりに四人が頷き合っている。

 ——そうなの⁉︎

 衝撃的だった。
 始めによそった量だけで腹が膨れ、もう無理だと箸を置く。愁は相変わらずの食欲で、三回くらいは往復して食べていた。




 部屋に戻って風呂の準備を始める。大浴場もあるみたいで、一緒に行くかどうか確かめようと愁に声をかけた。

「愁、大浴場もあるみたいだけどどうする?」
「んー、オレ部屋の風呂でいい」
「そう? なら僕もそうしようかな」
「うん。光流先に使って良いよ」
「ありがとう。んじゃ先に入ってくるね」

 二人交換でシャワーを浴びて、ベッドに転がる。以前愁の部屋へ行った時に言われた通り、本当にこっちのベッドへお移動してきた愁を見てまた心音が跳ねた。
 部屋の照明を落とされ、正面から緩く抱きしめられたまま腕枕をさせられる。

「愁……本当にこのまま寝るの?」
「うん。また発作出ちゃうかもでしょ?」

 それもそうだが、今日はキスされたりとハプニングがあったので妙に意識してしまう。

 ——心臓の音がうるさい……。

 愁にまで聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにドクドクと脈打っていて落ち着かない。

「ふはっ、脈早過ぎっ」
「~~!」

 気付かれてたのが恥ずかしくて、顔に熱がこもってきた。

「揶揄わないで……」
「光流、キスしていい?」
「え……でも……、うん」

 迷いながら肯定の意を紡ぐと、唇に唇が重なった。角度を変えて何度も繰り返され、どこで息をして良いのか分からなくて口を開いた。

「愁……っ、待っ……」

 下唇を軽く喰まれる。室内に甘ったるい吐息が溢れ、名残惜しそうに離れていく唇を見つめた。

「眠れそう?」

 ——気にするとこソコなの?

「推しに昼間から謎のキスされながら今は腕枕までされてるのに眠れると思う?」

 正直頭の中が大混乱で爆発してしまいそうだ。

「オレは推しってものに対する思いが分からないし想像もできないよ」

 破顔される。

 ——何考えてるのかな……。てか、キスする友達って何だろう……キスフレ?

「愁さ……、あ、いや……何でもない」
「そこ気になるとこなんだけど?」
「言わない。愁だってよくやるでしょ? それに僕ばっかり愁に振り回されて不公平だよ」

 思いっきり笑われてしまった。

「オレの行動一つであたふたする光流って可愛いんだよね。だからつい意地悪しちゃうんかも。ごめんね?」
「絶対悪いと思ってないでしょ?」
「ダメ?」

 大型わんこ風に戯れつかれると可愛くて思わず髪の毛に指を絡めて撫でる。そのまままた唇を重ねられ、キス魔なの? と言いたくなるくらいに何度も口付けられた。息継ぎに慣れた頃に首筋にも舌を這わせられ、寝間着のボタンを外される。

「待って、愁それは待って!」
「あ、つい……ごめんね」

 一度額に口付けられ、密着していた愁の体温が少し離れていく。愁を意識し過ぎて余計に眠れなくなった。

 ——あれ?

 愁が取る行動が嫌じゃなかった事に違和感を覚えて思考を巡らせる。待って欲しいとは思うけど行為自体は嫌じゃない。そこで「ああ、そうか」と腑に落ちた。

 ——もうとっくに愁の事、そういう意味で好きだったんだ。

 推しに向ける思いは恋情と似ている。自分の気持ちは友達に向ける思いじゃない。とっくに超えてた。大切で仕方ないけどこれは友情じゃないんだと思う。

 ——愁が、好きだ。

 自分の発作のトリガーもきっとここにある。〝大切な人〟に置いて行かれたくない不安や恐怖心が出るのだろう。小学生の時は美咲と滋という大切な家族が出来たから発作が出た。今回は愁だ。

 ——体の方が心よりずっと素直だった……。

「愁……どうしよう、僕……」
「オレはちゃんと光流が好きだよ。だから一緒に居たいしキスもしたい」
「僕は……っ」
「いいよ、ゆっくりで。オレに合わせるんじゃなくてホントにちゃんと考えて。どんな答えでもオレは光流の隣にいるから安心して?」
「うん。ありがとう……」

 脈打ちすぎた心臓がこのまま止まってしまいそうだ。再度重なった唇を抗いもせずに受け入れて目を閉じた。